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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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王の頼み

「サーマ、魔動を教えてくれぬか?法術でも構わんぞ」 


 ミラナ王女が軽い口調で言った。縁側に立ち、木々の整備された庭を眺めて、サーマに目線は合わせない。


「わたくしは確かに姫様の教育係として命ぜられましたが、魔動や法術を教えろとまでは陛下は仰せではなかったかと存じます」

「何を言うか」


 傍から見れば冗談を交わし合っているようにも見えたが、当人達にとっては半分以上真面目なものである。


「するなとも言われておらんとな?」

「お言葉ながら姫様、やんごとなき御身分のお方はなさらぬと思いまする。法術は恐らく新時代においては過去の遺物扱いになりましょうし、魔動も姫様には必要ないかと」

「ノブレスオブリージュじゃ」


 王女はサーマの方を振り返って、にっこり微笑むのであった。


「は、はあ」

「教えてくれたのはお主じゃ」


 サーマは困ってしまった。魔動を教えるのは、一線を越えるような気がしてならないのだ。


「姫様、新時代を迎えるにあたって、魔動をどう扱うかは非常に難しい問題でございもす。姫様への指南も、時節を見て考えとうございもす」


 王女は顔をしかめた。


「生真面目な奴じゃ」


 サーマは頭を下げた。


「それに、カツマ訛りがまた出たな」


 王女は笑った。


「姫様……」


 動揺したりするとつい出てしまうのである。だとしたって、あまり悪い事だとも思えない。


「からかわないで下さいませ」


 王女はさらに笑うのであった。

 


「サーマ」


 エルリが歩み寄ってきた。

 彼女はサーマと同い年の王女付きの侍女である。

 新サパン暦2年2月5日、サーマは王女のもとに出仕しようと廊下を歩いていた。


「戦が始まるとは、ほんなごてか?」


 ひそひそとエルリは言う。


「さあ、そいは分からんが」


 サーマは苦笑した。

 カツマ城内で、にわかに戦近しとの噂が立ったのである。

 ヤイヅもそう長くはなかろうとの見立てなのである。ただ、新政府内から漏れ出た情報であり、しかもそれは総攻撃が間近であるという事のみである。

 新政府はヤイヅを下した後は、このカツマに魔手を伸ばしてくるであろうと人々は囁きあったのだ。


「ネルア陛下はこのサパン国の王、ないごて新政府は陛下を無下に……」

「陛下も、新政府の幹部が泣きついてくるものと、思うておったのかもしれもはん」


 サーマの口調はどこか冷めている風ですらあって、エルリには予想外であった。


「このまま戦に……?」


 そう訊くと、サーマは困った表情を浮かべるのであった。2人は幼い頃から知り合いであったが、サーマがカナリスに渡る前にエルリは王女付きの侍女として城に上がって以来、久々の再会である。

 実のところ、あまり親しい訳でもなかった。家柄的にはエルリのゼナイ家の方が上で、その家柄もあり侍女として仕える事となったが、エルリにとってサーマは女だてらに学問をやり、法術にも才を示し、留学帰りのサーマは眩しい存在ですらあった。しかし、憧れこそすれ、自分もそうなりたいと思った事はない。エルリにとって学問は男のするものであり、面倒なものであった。法術も無論である。


「さあ、陛下も新政府も避けたいのが本音だと思う。陛下のお気持ちを慮るは不敬かもしれもはんが」


 しかし、その日の事であったのだ。ネルア王にサーマが呼び出されたのは。


「麗しきご尊顔…」

「堅苦しい挨拶はよい」


 王は面倒そうに手を振った。


「さて、呼び出したは何故か分かるか?」

「はて……」


 サーマは考え込む。


「恥ずかしながら見当がつきませぬ」


 王はニヤニヤと嬉しそうに微笑んでいる。


「分からんか」


 すくっと立ち上がる。

 上座をうろうろ歩き出す。


「では単刀直入に言おう。わしはな、このカツマに魔動の軍を創設したいと思うておる」

「陛下、お言葉ながら……」

「構わん、申せ」


 扇子で指して促す王。


「カツマにおいては既に、魔動銃の導入など、魔動により軍の改革は進んでおります」

「それでは不充分なのだ」


 王は首を振った。


「ヨウロで直に学んだ者の教授が無ければ……」

「新政府も同じ事を考えているでしょう。魔動兵器も次々と導入され、軍制改革も進むと思います」

「お主の言う意味が分からんの。カツマの為に軍を精強にするのだ」


 王の反応は予め用意していたと言わんばかりのものであった。


「わしはカツマの藩主でもある。藩主として藩の兵力を増強するの何が悪い?」

「悪いとは申しません……じゃっどん、新政府がどう思いましょうや?」


 サーマは内心震えながら応える。サーマにとっては王であり藩主である相手に、論戦を挑むのは畏れ多い事だった。


「陛下は新政府から距離を置いておいでです。そんな中、カツマにて魔動を以て兵力の増強を図れば、新政府が疑心に駆られもす」

「わしはこのサパン国の王だ。新政府の者共は、王に対して疑心を抱くか!それこそ不忠の極みであり、国を乱す事となろう」


 有無を言わせぬ感で言い放つ。ふと、院の宮に似ているなと思う。もしかすると似た者夫婦かもしれない。いや、それが権力者なのかもしれぬ。


「新政府の幹部にはカツマの者もおりまするが、チャルク藩、タサ藩、ヘイゼン藩の、3藩の者にとっては如何でございましょうや?」

「くどい!」


 国王は一喝した。


「お主の申そうとしている事は分かっておる。だが、今はわしの話を聞いてくれ」

「申し訳ありませぬ。出過ぎた事を申しました」


 サーマは頭を下げる。もはや議論など詮無い事であった。

 こういった場合は、むしろ王を刺激する事こそ危険なのではないか、と考えたのだ。しかし、その考えはサーマ自身、驚くくらい冷めたものであった。


「話を戻す。そこで、ヨウロに留学経験のあるお主に、魔動の教授を頼みたいのだ。留学生はほとんど新政府側におるからな。お主は実は得難い存在なのだ。カツマの為に、わしの為に働いておくれ」


 と微笑むのだ。

 藩士にとって藩主からそういう言葉を掛けられるのは最高の誉れなのかもしれない。一種の殺し文句だ。

 だがサーマは、もう後戻り出来ないところへ向かおうとしている気分になった。

 自分一人国王に味方したところで、何になるというのであろう。新政府側に魔動について学んだ者のほとんどがつき、恐らく彼らの指導によってこの国の軍隊というのは生まれ変わるであろう。それだけでなく、ヨウロの技術者も呼び寄せるに違いない。今のカツマにそれは叶うまいし、まともにやり合えば勝てる相手ではない。そも、この軍事の方針を巡って国王は新政府から離れたのであって、サーマにどうこう出来る話では無かった。

 全ては王の意思のままである。意見できる家臣達も皆、新政府の要人として王都アカドにあった。

 国王にとってはだからこそ故郷に戻ってきたのであろうが。自分の言う事を聞いてくれる家臣のみを連れて。


「どうだ?」


 ネルア王の口調は優しかった。


「わしに力を貸してくれるか?」

「わたくし一人、お役に立てぬかもしれませぬが、微力を尽くさせて頂きもす」


 サーマは恭しく頭を下げた。

 国王は嬉しそうに歩み寄ってサーマの手を握り、涙すら流さんばかりであった。


「頼んだぞ……。頼んだぞ……。姫の教育係もこれまで通り…な?」


 サーマは微笑んで頭を下げた。


「陛下の御信頼に応えるべく尽力致しもす」


 

 その数日後の事である。王に謁見を求める者があった。

 カツマ藩法術指南役のカサツという者が、息巻きながら城に乗り込んで来たのである。

 国王への謁見を求め、それが叶わぬならば自害さえ辞さぬといった剣幕であった。

 その時、サーマはミラナ王女にカナリス語の講義を行っていたところだった。


「サーマ、大変かこつに!」


 エルリは慌てた風に部屋の前に現れた。しかし、王女の手前礼を失すると思ったのか、すぐに赤面して、居住まいを正して再び口を開いた。


「姫様、サーマ殿の事で、城は大変な事に」


 訛り気味であった。


「何があった?」


 王女は立ち上がった。

 サーマと王女は目配せし合った。


「サーマの事で何があった?」


 王女は再度、エルリに尋ねた。


「法術指南役のカサツ殿が、サーマの処遇について不満が御有りの様で、願いが聞き遂げられなければ自害する勢い、それでサーマをお呼びしろと……」


 愕然とするサーマを横に、王女は息をついて苦笑した。


「わらわは奥は出られん。サーマお主1人で行くしかないのう」


 サーマは頷いた。


「姫様、わたくしは行きもす」


 エルリの方を見た。彼女は不安そうにサーマを見続けている。


「心配はいりもはん」


 微笑んで見せたが、どこか引きつった笑顔だった。


「さ、行きもんそ」


 サーマはエルリを促した。


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