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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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夜雪山の逃走

 イトゴトは目の前の少女が手をかざした瞬間、身体が目に見えぬ枠に納められたかのような感覚を覚えた。


「……っ」


 身動きを取ろうと思っても、ピクリとも動かない身体。


(動き封じの法術!)


 かなりの高等法術のはずだ。しかも、法術師相手に効かせてくるとは。法術師は身体に流れる法力によって、そうした法術への抵抗が強い。法力同士ぶつかって相殺してしまう事もあるのだ。


「やはり危険だ。殺すべきだな…」

「何だ、もしかして助けてくれるつもりだったか?」


 ゼラはイトゴトの横を悠々と通り抜け、小屋から逃げ出してきていたシルカとトマイに笑いかけた。


「さて、行くべ」

「ゼ、ゼラ……。なじょしたぁ……」


 シルカはつっかえつっかえ言って、驚きを隠せていない。

 ゼラの赤い髪は煌々と輝き、その目は鮮烈な空色をしていた。


「戻った。力が戻った」


 そして、シルカとトマイの肩をぽんと叩く。


「それよりも早くここを脱しよう」

「ゼラ、傷は……」


 トマイが心配そうに言う。ゼラは先程撃たれたのだ。


「ああ」


 ゼラがはっとしたように言った。


「心配ねえ。痛くも何ともねえ。貫通したみたいだしな」


 腹の辺りをぽんぽんと叩く。


「どうも、傷も癒えていっているみてえだ」


 確かに、血も止まり、塞がり始めているのだろうか?


「そんな事より」


 そしてニカッと笑う。

 3人は燃える小屋から走り出そうとした。

 その瞬間である。

 ゼラの腕が閃光を弾き飛ばし、甲高い音を立て地面が抉られた。

 イトゴトが動き封じを破り、歯を食いしばりながら手をかざしていた。


「破られるとは…思わなかった」


 ゼラの髪がうねうねと逆立ち、ゼラは手をかざす。

 イトゴトはさらに閃光を放った。

 ゼラの手の先からも閃光が放たれる。ただ違うのはそれは鮮烈な赤色をしていた。

 きぃぃぃぃんよいう甲高い音の後に爆発音。

 周囲は光によって圧された。真昼以上の明るさが轟音と衝撃と共に小屋周辺を支配した。

 ゼラが、怯むシルカとトマイの手を引いた。


「走るぞ」


 3人は走った。


「けっ、あいつの閃光の方が疾えや!」


 ゼラはヤイヅ藩法術指南役にして彼女をこの戦いに巻き込んだ男の事を言っていた。


「ああ、テノンという奴か。俺は気に食わねえ」


 トマイが走りながら吐き捨てる。


「おらもだ!」


 ゼラは同意した。

 シルカも懸命について来ている。雪道を踏みしめながら走る。まだ風は強くない。


「急ぐぞ!」


 彼ら3人は山を登る。

 しばし登り、シルカの様子を見たトマイが休憩を申し出た。

 3人は山の横穴に身を隠した。

 シルカはぜえぜえと息荒かったが気丈だった。


「心配いらねえ。おらは大丈夫。それよりも……」


 シルカはゼラを見た。トマイも同意見の様であった。


「え……。おらなら大丈夫だって……」


 ゼラは横穴の壁に寄りかかって、玉の様な汗を流し、激しい呼吸と青ざめた顔色で2人を見た。


「何言うだ。ゼラは撃たれたでねえか」

「そうだゼラ。しばらく此処へ潜もう」

「いや、今夜中にこの山を越えたい。山狩りがあるはずだ」


 ゼラはすくっと立ち上がって、未だ力強く歩き出して、横穴の出口辺りで振り返ってくる。


「何しとる」


 いつの間にかゼラの髪の赤光が収まり、目も透き通った空色から、普段の赤みがかった茶に戻っていると気付いた2人であった。無論、目立たぬよう意識的に光を発せぬようしているだけかもしれぬが。

 

 だんだんと風が吹き付け始めた。雪と風が彼らの顔面を襲い、顔を腕で覆いながら進む。服装は村で過ごす程度の防寒で、麻を着重ねしている程度だ。

 足も冷たくなってきて、感覚が失われていくようだ。

 風の音がびゅうびゅうと3人を取り囲み、外世界と切り離している。

 3人は懸命に歩いた。歩くしかなかった。冬の山の厳しさ恐ろしさを知らぬ彼らではない。

 運よく風が弱まり始めた頃であった。

 前を歩くゼラがよろつく。トマイはシルカを支えながら彼女の後ろを歩いていた。


「お、おい大丈夫か?」


 そう声を掛けた瞬間であった。

 ゼラが木に手をかけ、ずるずると座り込んでしまったのだ。

 駆け寄ると、ぜえぜえと息が荒く、だがその呼吸も弱々しいのだ。


「大丈夫か」


 次の瞬間には、地面に横たわってしまった。


「ゼラ!」


 シルカが叫ぶ。

 目を閉じたまま、苦しそうに喘いでいる。


「大変……」


 ゼラの額に手を当てたシルカが狼狽した。


「すげえ熱だぁ」


 トマイは周囲を見回した。

 どこか、風雨を防げる場所はないものか。

 トマイはゼラを背中に背負い歩き出した。

 思ったより軽い。

 背もそこまで高い訳ではない。

 ゼラはこんな成りで、これまでずっと戦ってきたのか。

 トマイは溜息をついた。


「トマイ!」


 シルカがある方向を指さした。

 その先にあったのは、粗末な小屋であった。人の気配はない。


「よし!」

「でも、人のだったら…」


 シルカは不安そうな声色だ。


「少し借りるだけだ!」


 トマイは言い切ってゼラを運び込んだ。 

 すぐにゼラを板張りの上に寝かしたが、ゼラは、はあはあと苦悶に喘いでいる。

 シルカとトマイの2人の上の衣を脱いでかけてやったが、気休め程度にはなっただろうか?

 シルカが服を捲る。トマイは外に出た。銃創は開いてしまっていた。


「トマイ!」


 シルカは布を引き裂いて、傷口の上に巻き付けようとする。


「薬草があればいいだげんじょ…」

「冬に薬草かあ……」


 いつの間にかトマイが入ってきていて唸った。


「それより、消毒だ」


 トマイは薪を抱えていて、囲炉裏に放り込み、麻を散りばめ、火打石でさっと火を起こした。


「火打石、持ち出せたんかあ」


 シルカが感心したように言う。


「俺は、放浪暮らしが長いんだ。持ち歩く癖がついてな」


 トマイは短剣を火で炙る。


「さてゼラ、痛えぞ」


 

 イトゴトは立ち上がって裾を掃い、痺れか震えか、ガクガクする腕を抑え込んだ。


「軍団長殿!」


 兵士が駆け寄ってくる。


「あの者たちは如何致しましょう?」


 イトゴトは苛立たし気に振り返って言った。


「まずはあ奴らの処罰が先だ!」


 指を差された兵士達は委縮しきって、俯いている。

 火事は何とか収まったが、未だに煙は燻っていた。


「軍団長殿、お怪我を」


 兵士の指摘にイトゴトは頭を押さえる。血が顔に垂れかかっていた。吹っ飛ばされた時に打ったようだ。

 苦笑いする。


「軍団長殿?」

「もう、あの赤鬘は被れないな」


 あの鮮烈な赤髪の、あの少女はいったい何者なのだろうか。このまま、新政府の敵となるのだろうか。

 同じ赤髪の、伝説の王ナーブと何か関係があるのだろうか?血筋?いや、ナーブ王の血筋は絶えたはずである。生まれ変わり?


(我ながら馬鹿らしい事を考えるものだ)


 苦笑するしかない。

 火はその夜の内に消され、延焼は防がれた。新政府軍の兵士達は軍団長の指示の下、数日後事態が落ち着き次第進軍を開始する事となった。兵士の中に志願者がいて、ゼラ達の捜索隊が結成されたが、徒労に終わった事は先に伝えておく。






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