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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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覚醒

 小屋の見張りを任された兵士2人は、仲間達が小屋に向かって歩いてくるのを見た。

 彼らはサーベルや棍棒、銃剣を持ち、小屋の前に殺気立った様子で立った。見張り達はそれを黙認し、ニヤついていた。

 兵士らの1人が小屋の戸を開けようとしたその瞬間、彼の身体はぐらついて地面に突っ伏した。


「おのれ!」

 兵士達はサーベルを抜き放ち、サーベルの刀身は月光に煌めいて美しさすらあったが……。その持ち主は醜悪そのものの表情を浮かべ、獲物の思わぬ反抗に苛立ちを隠し切れない。

 小屋の中から、月光に照らされて1人の少女が姿を現した。鮮烈な赤い髪と不敵な表情が彼らの怒気の元であった。


「おいでなすったか。これは逃げる口実が出来たというわけだ」


 ゼラは笑った。


「もし、軍団長殿に命を助けられたとなれば、逃げてしまえば恩を仇で返す事になっちまう」


 ゼラの口調は明らかに皮肉気であった。それは兵士達の感情をさらに逆撫でした。


「黙れ!誰の指示でもない!」

「我ら自らの意思でお前を斬りにきた!」


 兵士達は怒気強く叫んだ。


「これまでの恨み、晴らさぬ訳にはいかぬ!」


 また1人の兵士がサーベルを振り被ると、さっとかわされゼラの伸ばした足につまずき、転び倒れ込んだ。

 即座に後ろ手に締め上げられ、サーベルは彼方に蹴り飛ばされる。


「おっと動くな」


 他の兵士をけん制しつつ、締め上げる力を強くしていくゼラ。


「か、構うな!」


 躊躇しつつもゼラに襲い掛かろうとした瞬間、締め上げられた兵士の腕はへし折られ、絶叫が彼の口から放たれた。

 ゼラが飛び退いてサーベルを掴み取り立ち上がる。

 くるくると回しながら、動きの止まった兵士達を睨み付けた。


「おのれえええ!」

「貴様だけは許せん!」


 兵士達は我に返って怒号をゼラにぶつけた。

 3人が一斉に襲い掛かってきたが、かわされ打ちのめされ、瞬く間に3人分減っただけであった。

 ゼラは兵士達に睨みを利かせながら、背後の小屋も気遣った。中にはシルカとトマイの2人が潜んでいる。

 この兵士達をどうにかしない限り、彼ら3人はここから逃げ出す事も不可能なのだ。

 敵の人数はまだ10人。なんとか倒せない数でもないが。

 また2人向かって来た。

 1人は難なく倒したが、1人は図体の大きい奴で、ゼラの振りかぶった鞘を掴まれ、揉み合う内に、1番恐れていたことが起きてしまった。

 松明が小屋に投げ込まれたのだ。


「や、やめろおお」


 ゼラは押し倒されながらも懸命に足掻く。

 両腕を抑え込まれながらも、噛みついて、相手が怯んだすきに起き上がり、激高して尚も掴みかかろうとする兵を蹴り飛ばす。

 気づくと、もう一本松明が投げ込まれてしまっていた。さらにその上火矢までも彼らは用意していて、松明の火が火矢に移されゆらゆらと輝いている。

 ゼラは小屋に向かって走ろうとした。その瞬間火矢は小屋の茅葺に突き刺さる。


「シルカ!トマイ!」


 ゼラは絶叫した。


「ゼラ!」


 中から返事があった。トマイの声であった。


「2人共無事だ!」

「心配いらねえ!」


 シルカの声も力強かった。


「早くそこから出ろ!」


 ゼラの叫びは敵からは冷笑的に迎えられた。

 銃剣の銃口がゼラに向けられたのを、ゼラは気づかなかった。いつもの彼女のなら咄嗟に対処していたに違いなかった。

 銃声が夜闇に響いた。

 次の瞬間、ゼラは地面に膝つき、倒れぬよう必死でこらえた。

 兵士達は下卑た笑いを発し、勝利を確信しきって、獲物をどう甚振るか思案する余裕すら出来ていた。


「すぐには殺しはせんよ。官軍に刃向かう逆賊にふさわしい死に方を与えねばな」

「何が官軍だ。偉ぶりやがって」


 ゼラは掠れた声で笑った。


「大勢でしか来られない弱虫の癖に」

「黙れ!」


 兵士がゼラを蹴り飛ばす。

 さらに思い切り踏みつけ、ゼラはうめき声を上げた。


「仲良く死なせてやる」


 兵士達は銃口をゼラと小屋の双方に向けた。小屋の戸口にはシルカとトマイが出てきていた。


「ゼラ!ゼラ!」


 2人は叫んでいる。


「やめろ……やめろ……」


 ゼラは足掻いた。

 だが、兵士にぎりぎりと頭を踏みつけられ、さらには撃たれた腹に足を入れられる。


「……っ」


 シルカの叫び声が聞こえる。あまりの激痛に気が遠くなりつつあるのを自覚する。


(まずいな……)


 自分はもはや無力であった。歯痒くてならなかった。気絶してはならぬと懸命になるが、薄れゆく意識への敗北を悟りつつあった。


(ちくしょう……。悔しいなあ……)


 テノンに首を絞められ失神した際も死を覚悟したが、今回はシルカとトマイを守れぬままという無念さである。

 銃の先がシルカとトマイに向けられ、2人は慄きつつも自分達よりもゼラを心配し叫び続けていた。そんな2人を……。

 必死に腕を伸ばす。感覚はもう無い。


「……っ」


 声も出ない。血が流れているようだが、何も感じない。

 だが、涙が溢れ出るのは分かった。視界が緩む。

 これではサーマを笑えない。そう思った。自分も泣き虫ではないか。


(笑っちまうような)


 悔しい。悔しい。もし法術を使えたなら、こうはならなかったはずだ。


(力を……。力を……。おらの中の法力よ…。どうか、頼む……!頼む……!2人を助けてえんだ!少しだけでもいい!そんな紋様打ち破って、出てきてくれ!!)


 口が利けたなら、絶叫になっていたに違いない。

 兵士の1人の腕が振り上げられた。次の瞬間には振り下ろされ、弾丸が2人に向かって放たれるであろう。

 ゼラは全身が総毛立つのを感じた。いや、違う。もはや身体の感覚はないはずであった。ゼラが感じたのは、血の沸騰するような……烈々としたものであった。刹那とも呼ぶべき一瞬に全身を駆け巡り、それは……爆発した。

 ゼラの目は闇の中で、壮烈な空色に輝いた。次には髪までも赤光を発していた。額の紋様の抵抗の最後の余光までも赤く輝いていたが、それは瞬く間に溶け去っていった。髪はうねうねと生き物のように舞っている。


「ひぃっ」

 ゼラを踏みつけていた兵士が足をどかし、後ずさりしようとして態勢を崩し尻もちをつく。

 ゼラはぐっと立ち上がった。

 兵士達も、シルカ、トマイも、愕然としてその光景に見入った。


「ひ、怯むな!」


 兵士の1人が震える手で銃口を向けた瞬間であった。

 その銃剣が突然激しく熱を帯びた。

 兵士は慌てふためいて銃剣を地面に叩きつける。すると、バキバキと音を立てて銃剣は鉄塊と化した。


「ひいぃぃ!」


 兵士達は悲鳴に似た声を上げ、赤髪を逆立てた少女を見た。


「ナーブ王…ナーブ王だ!」


 伝説の赤髪の王の名を口走りさらに慄く兵士達。


「何言っとる」


 ゼラの声は淡々としていた。


「どうでもいいか…」


 欄々と青光りする目をぎろりと兵士らに向ける。


「おらは怒っとるんだ。それに、力を取り戻せたようで高揚もしとる。手加減出来んかもしれん」


 低く響く声だった。


「死んでも恨むなよ」


 そこに駆けつける者があった。


「何をしておる!」


 煌々と燃える小屋と騒ぎに気付き、軍団長イトゴトが数人兵士を連れてやって来たのである。村人達も 外に出て、火事に愕然としている。


「何事だ!」

「何事も何も……」


 ゼラは不敵に笑った。


「早く火事を消すんだ。おら達はそれを見届けていいってんなら見届けるが……」

「何を言っておる……」


 イトゴトは状況とゼラの只ならぬ様子に、顔を険しくしている。


「お前がやったのか…」

「違うと言ったら信じるか?」


 イトゴトは黙って答えない。


「だろうな」


 ゼラは手をイトゴトに向かってかざした。

 


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