助命嘆願
「そうか」
ゼラはニヤリとした。我ながら悪い癖で、万事休す参ったと思っても、打開策が思いつかなくても、不敵に笑ってしまうのである。どこかに「どうにかなる」と楽観する自分がいるのだ。
「おらは藩士じゃねえ。奴らに無理やり戦わされていただけだ」
「新兵器を破壊したな」
イトゴトは淡々と言った。
「ああ」
ゼラは頷く。
「何度も我らと交戦したな」
「ああ、歯応えは無かったがな」
侮辱されて兵士達がいきり立つ。
イトゴトはすっと手を上げて抑え込んだ。
「名は何と申す」
「ゼラ」
「そうかゼラ、君を新兵器破壊のかどで、斬首とする」
「ほう、新兵器をこんな小娘に破壊されたとあっては、新政府軍の沽券に関わるか」
ゼラの口調は冷笑的であった。
「そんで、ぬしは叱られてしまったか。お偉いさんに」
イトゴトの顔色が険しくなった。
「君を殺さねば、兵達の気も済むまいて。だから殺す」
ゼラの表情も厳しいものになった。
「誰か死んだか?」
イトゴトは首を振った。
「だが、腕を折られたり、足を折られたり、未だ床につき苦悶する者は多い」
ゼラは、ヤイヅにも新政府にも帰属意識は無かったから、殺さぬようにと努めてはいた。
しかし、よく考えれば、敵にとってそんな事は関係ないのである。名誉を重んじればこそ、傷を負い戦場から離脱を余儀なくされる屈辱に比べれば、戦で華々しく死ぬ方が良いのである。
ゼラにはそんな藩士達の気持ちが理解できない。理屈は知っていてもだ。
「おらが憎いか」
イトゴトは口角を上げた。
「敵は憎い。仲間がやられた敵討ちと言う訳だ」
「攻めてきたのはぬしらだ」
ゼラの目は相手を射抜くかのようだった。
「おらはあの村で、もうしばらく気楽に過ごすつもりだった」
イトゴト声を立てて笑い出した。
「斯様なおなご見た事がない」
ひとしきり笑うと、途端に真面目な表情になった。
ゼラは後ろを振り返った。
陣の中に侵入し兵士に囚われたのは、シルカとトマイであった。
「ゼラを殺さないでくなんしょ!どうか、どうかお願えします!」
シルカは必死に叫んでいた。
「ゼラはヤイヅ藩の人間じゃねえです!無理やり戦わされてた。何も悪くねえ!」
トマイは跪き、頭を打ち付ける。
シルカも一緒になって、跪き頭を地面に打ち付けたまま、ゼラの助命を訴え叫んだ。
「ぬしら……」
ゼラは驚きの余り、目を見開き、口を半開きにしたまま閉じない。
そのまま、イトゴトの方を向き直す。
軍団長のこの男は、じっと侵入者の2人を眺めていた。
少々困惑気味と思われた。
シルカとトマイの2人は、命を賭してまでゼラを救おうとしている。このイトゴトが3人まとめて処刑してしまえ、と命じてもおかしくはないのだ。
あの大人しいシルカが懸命に声を振り絞り、あのお上嫌いで義賊の真似事をしていたトマイが跪いて乞うている……。
「軍団長!」
ゼラは叫んだ。
「2人は解き放ってくれ!どうしてもと言うなら、おらだけ罰しろ!」
そしてシルカとトマイの2人に振り返った。
「なじょして来た!?ぬしらは今すぐ帰れ!」
2人は一瞬茫然とした様であった。しかし。
「ゼラ、なじょしてそげな事言うか!?ぬしは死んでいい人間じゃあない!」
トマイがむすっとして語気強く応えた。
「処刑されるのはおらだけでいい!帰れ!」
「構わねえだ!悪い事してねえゼラを、殺してしまうような連中と一緒にいるくらいなら、ここで殺されても!」
シルカは泣いていた。
「シルカ!よせ!」
「もうよい!」
イトゴトは我慢ならぬといった風に勢いよく立ち上がった。
「閉じ込めておけ」
腹立たし気に陣の奥に引っ込んだのであった。
ゼラとトマイ、シルカの3人は村の外れの小屋に放り込まれた。
縄で縛られ転がされた3人は、離れていく兵士の足音が聞こえなくなるまでじっと黙っていた。
「大丈夫か」
ゼラがシルカに向かって言った。
「大丈夫。おらはしたい事をしただけ」
シルカは無理に微笑むのであった。
「すまねえ、おらのせいで……」
ゼラの声は沈鬱に響いた。彼女らしからぬ声色にシルカとトマイの2人は驚いた。
「あのまま逃げていればよかった」
「何言うだ。ゼラがいなかったら、ゼラが新兵器を破壊しなけりゃ、おら達の村はえらい事になってたかも…」
「シルカの言う通りだ。お前は村を戦場にしない様に戦ったんだ」
「……。ぬしらは優しいな」
3人の顔は互いに見えなかった。
「で、これからどうすんだ」
トマイが言った。
「抜け出す」とゼラ。
「そう言うと思った」
トマイは上半身を起こし、足の縄も外し始めた。
「お、おい。どうやった!?」
「縄抜け教えて欲しいか」
シルカの縄を解きながらトマイは言った。
「ああ、頼む」
「いや、今は抜け出すのが大事だろう。後で教えてやる」
自由になったゼラはすくっと立ち上がり、ニヤリとした。
「すまねえな。無茶するがいいか?」
シルカとトマイは頷いた。
「俺は構わねえが」
そう言ってトマイはシルカを見た。
「おらも、もうこの村にはおれねえから」
シルカは静かに笑った。
「じゃ、行くべ」
月光が白雪に反射し、不思議な明るさのある夜だった。