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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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降伏

 コン村に布陣したヤイヅ軍は、しばしば繰り出し新政府軍と散発的な攻防を繰り広げた。

 そもそもゼラはコン村を守りたいとの思いからヤイヅ軍と共にある。彼女はヤイヅ藩に何の思い入れも無いし、無論藩士などではない。ただ、それ以上に新政府が嫌いで、信用ならないから戦うだけだ。

 コン村を戦から避けるのは無理としても、新政府軍がもし蛮行を起こさんとするならそれを阻止してやるのだ。ゼラはそう誓っていた。

 だが、このまま抗しきれるだろうか?ヤイヅ兵の間にも焦燥感が見て取れる。

 雪が降り、一面を白く染め上げていた。

 あまり雪が深くなりすぎれば、戦闘そのものが出来なくなる。

 寒さで体力も奪われるに違いにない。

 新政府軍も焦っているだろう。


「ゼラ」


 シルカが碗を手渡してくれる。


「すまねえな」


 吸い物をすっと口に入れると、温かさが口の中だけでなく、全身に広がるようだ。

 なかなか、身体は冷えていたらしい。

 シルカが山をじっと見る。白に覆われた山々は美しい。


「あの山の向こうに敵が……」


 呟くシルカ。


「おら、恐ろしいだ……」


 俯いて、ゼラに目で訴える。

 ゼラは勇気づけてやろうと微笑んだ。自分まで不安そうにしているのはよくない、と思ったのだ。


「心配すんな。おらとヤイズの兵がこの村を守る。敵は攻めあぐねてる」


 肩を叩いてやり、ゼラも山を眺めた。

 これまで幾度か敵に奇襲を仕掛けた。尽く成功しているのは、ゼラの戦闘能力も去ることながら、その感知能力によるものだろう。裏を返せばそれだけ、新政府軍は魔動や法術を使ってきているという事だった。

 それに悔しいが、テノンが法術を以て敵を撃退し続けているのだ。テノンの強さはゼラも認めざるを得ない。

 つくつぐ、額に刻まれた法力封じの紋様が憎らしい。

 しかし、1月30日に至って、ヤイヅ兵らが騒ぎ出した。陣を解体し、陣形を整えつつあった。テノンから聞いた話は、ゼラを驚愕せしめた。

 曰く、コン村からの退却である。


「なじょしてだ!?おら達は負けてねえ」

「城からの命令だ。兵を結集して、一大決戦を挑むのだ」


 テノンは淡々と言った。


「この村を見捨てるのか?」

「ああ、そうだ」


 ゼラはテノンを睨みつけた。


「つまり、あまりよくねえのか?戦況が」


 テノンは、ためらいがちに頷いた。


「お主も、来てくれ。敵軍が城に近づく前に叩くのだ」


 ヤイヅ藩のカラマツ城。ゼラは一度だけ見た事がある。他を圧倒するかの様に聳え立つそれは、城下町の人々の敬意を集めていた。

 だが、ゼラにとっては何の思い入れも無い。


「……。悪いな。この村を守るってんで、ぬしらに協力した。それ以外は勘弁してくれ」


 しかし、申し訳なく思ってしまうのであった。

 勝手にコン村を戦に巻き込んで、戦うよう強要してきた彼らを、ゼラは憎み切れないのである。


「共に戦えて良かった。ぬしらの武運を祈っとる」


 止められはしまい。この村に留まってもらう訳にもいくまい。


「ああ、やむを得んな」


 テノンは呟く。

 物分かりの良い、とゼラは思ったが、もしかすると、ゼラを脅して連れていく程の余裕すら無いのかもしれなかった。


「同じヤイヅの法術師として、その誇りを賊共に見せ付けてやろう」


 テノンは口角を軽く上げて言うのだった。

 ヤイヅ兵が引き挙げて行くのを、コン村の人々は不安そうに眺めた。ゼラも、さてどうしたものか、である。

 新政府軍が攻めかかってくれば、ひとたまりもない。さすがにゼラにも撃退出来る自信など無かった。

 ヤイヅ兵と同様に、新政府軍も迂回して兵を別のどこかへ結集してくれれば良いが。

 山を越えるのを断念してくれれば良いが。


「どうすっべ」

「おら達で守るしかねえべ!」


 村人達は次々に叫んだ。


「ゼラ、どうする?」


 トマイが後ろから訊いてきた。振り向くと、シルカが彼の手をぐっと掴んでいる。


「さて、どうするか……。困ったな」


 ゼラは力なく笑うしかない。


「もう、新政府軍を受け入れるしかねえべ」


 シルカは怯えた様に俯く。


「仕方ねえな。おら達はそうするのが一番だと思う。だが、村の皆は……」


 トマイは血気にはやる村人を眺める。しかし、それは極一部で、ほとんどはどうしていいか分からず、といった様子にも思えた。


「確かに、そうするのが良いと思う。でも、おらはいざとなったら戦うつもりだ」


 ゼラは言った。


「奴らも、兵士がこの村から引き揚げたのは気づいているはずだ。それでも、血を流そうってんなら、おらも意地を見せてやる」


 彼女の口調は力強く、相変わらず頼もしいものにトマイとシルカには思えた。

 そこに、村の長老がやってきて言った。


「この村は、もう新政府とは戦わねえ。藩が戦え言うから村を陣に貸しとった。じゃが、兵隊さんがいねえんじゃ、戦う理由もねえ、勝ち目もねえ」


 ゼラを目を細めて眺める。何とも言えない表情だった。


「ぬしも、戦うな」


 ゼラは唸った。


「そうしたいところだげんじょ、向こうさんの出方次第だな」

「よせ、戦うな」


 長老は念を押した。


「分かった」


 ゼラはにっこり笑った。


「おらは、ぬしらが動かない限り動かねえ」


 長老は頷いた。


「ゼラ……」


 シルカはゼラを見た。


「大丈夫だ」

 

 そうして、翌日新政府軍がやってきても、村は無抵抗だった。

 長老らは粛々と彼らを受け入れた。

 ゼラは、他の村人らと共に人の垣根を作ってその中からじっと見つめていた。


「新時代の為のおはんらの協力、感謝する」


 兵隊長は居丈高に言った。

 幸いな事に兵士達は、夜馬鹿騒ぎする事も無かった。疲れ切っており、村人らのもてなしを有り難そうに受け入れていた。


「うまかぁ……」


 まだ10代と思われる兵士が、シルカから貰った吸い物を啜る。身体を温める喜びを噛み締めるかの様に。


「ありがとう」


 兵士は微笑んだ。

 シルカは戸惑いつつも、他の兵士に配っていく。


「敵と思ってたげんじょ、本当に悪い人らとは思えねえでがらす」

「敵味方に別れれば、戦うだけだ。良い奴もいる。おらも会った事がある」


 ゼラは言った。

 カナリスで会ったサーマの事を思い出す。善良とは聞こえがいいが、お人好しのような少女であった。今、彼女は何をしているのだろう?もし、彼女は敵として自分の前に現れたら……?

 ゼラは、我ながらぞっとする想像だと思った。


(戦うさ)


 そう、心の内で呟き、思わずニヤリとした。


 そして事件が勃発したのである。

 予想していた事ではあるのだが。

 翌日の事である。新政府軍の1人がゼラに見覚えがあり、藩士らと行動を共にしていたゼラを、敵兵と弾劾したのである。


「あの顔」

「あの赤い髪」


 間違いない。と彼は言った。

 ゼラは大人しく縄につき、新政府軍の陣に連れて行かれたのである。

 座らされたのは、地面の上で、寺の境内であった。

 ゼラの目の前に、数人の男が現れ、真ん中の男がその場で最も地位が上の人物と思われた。


「おお、お揃いだな」


 ゼラは笑った。

 その男は、赤髪のかつらを被っていたのである。腰近くまで伸びた偽毛は、赤々と雪景色に映えた。


「これは、イリダ・ナーブ王にあやかる為だ。彼の死後、トトワに取って代わられたが、反トトワの象徴としてな。軍の間では流行っておるのだ」


 その男は堂々と答えた。


「君のは地毛とは驚く限りだ」


 ゼラが会った他の兵士とは、国言葉が違うようだ。訛りも全く違った。


「しかし、目は青くないようだ」

「ぬしらのおかげで、青く出来なくなった」


 ゼラは吐き捨ててやった。


「そうか」


 男は笑った。


「僕はイトゴト。この方面の軍団長を任されている」


 イトゴトは笑みを止めた。


「ところで、君は処刑せねばならん」


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