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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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母と娘

 ミラナ王女が監禁状態にあったサーマを連れ出した件は、さっそく白日の下に晒された。部屋の中を確認した侍女が驚き慌てて院の宮に報告したのである。

 最初は、サーマが一人で逃走したと思われた。しかし、それもすぐに王女が連れ出した事が判明した。というより、王女自身によって院の宮に明かされたのである。


「母上、わたくしは、わたくしに対する陛下の御心を思えばこそ、母上に背かざるを得ません」


 王女はそう言ってのけたのだ。

 院の宮から呼び出しを受けた際、さすがに王女も表情を硬くし、サーマを見た。


「お主も一緒に来てくれ」


 サーマは頷いた。


「姫様が戦うのでしたら、わたくしも共に戦います」


 不安がる侍女や女官らを尻目に2人は院の宮のもとのいる奥の院に向かった。

 着くと、張り詰めた空気が支配していた。院の宮の侍女達は緊張状態にあって、明らかに委縮してしまっていた。サーマが会った事もある侍女もいたが、彼女らも同様に怯え、会った時のような居丈高な様子は微塵も無かった。

 院の宮はサーマが横にいるのを不快に思ったらしく、サーマをぎっと睨みつけた。

 上座に座る院の宮から発するものが、空間を押しつぶすかのようだ。


「そちは、母の愛を分からんのか」

「いいえ、決してその様な事は…」


 王女は慌てて頭を振った。


「ならば、何故母の言う事を聞けぬ!?」


 院の宮の語調は、矢の如くであった。


「そちを産んだのは誰じゃ?そちを育てたは誰じゃ?この恩知らずめが!!」


 王女は険しい表情をして、耐えていた。

 少なくとも、王女と母親の関係は、サーマとサーマの母のそれとは全く違い、彼女の想像の外にある関係性だった。


「斯様な者を教育係として、側に置く事はなかろう。母が見識も家柄も人となりも立派な者を選ぶゆえ、この者は父上に突っ返せばよいのじゃ」

「母上……」


 王女は困った様に彼女の母を見つめた。


「親不孝はしないでおくれ」


 母はそこに悲痛な表情を娘に叩き込むのであった。

 いや、見せ付けた様にも見えた。

 ミラナ王女は、逡巡している様子であった。決意が揺らぎつつある、そうした心の機敏がサーマにも伝わってくる。


「そちも、どうなのじゃ?自ら引くぐらいの気概は見せて欲しいものよの」


 院の宮が意地悪くサーマに向かって言った。

 サーマを王女が心配そうに見てきた。

 口を開く。


「姫様がわたくしを連れ出して下さった事、はっきり申しますれば、嬉しく思ったのでございます。姫様がわたくしを必要として下さったと」

「サーマ……」


 王女はぽつりと呟き、サーマを見つめる。

 サーマは続けた。


「院の宮様の命に背き、御自らなさった姫様の決意の程、わたくしは軽んじてはならぬと思います。どうか院の宮様、姫様の思いをお汲み取り下さいませ」


 そして恭しく跪く。

 もはや、祈るしかない。これは利によっては解決しないのだ。事は政治的思惑ではなく、院の宮という1人の女性の、個人的感情から引き起こされたのだ。

 恐らく、サーマが城に呼ばれたのも、ネルア国王の軽い思い付き程度ではなかろうか、サーマは邪推と思いつつも、そう感じていた。


「どうか、母上!わたくしからも!」


 王女はぐっと堪えた様子で、母の圧を跳ね返した。


「何故じゃ……」


 院の宮は息を吐いて、首を振った。


「何故、母の言う事が聞けぬ」


 王女は、居住まいを正した。


「それは、母上のやりようが邪道だからでございます!」

「邪道?」

「そうです。邪道です!」


 院の宮は顔を歪め、目をかっと見開いた。


「何が邪道か!」

「邪道です!何度でも申します。サーマに不満が御有りなら、父上に直接申せばよろしいのです。それを、苛め、脅し、追い出そうとするなど……」

「黙れ!」


 院の宮は扇子を振り上げ、サーマをびくっとさせた。

 扇子の先で王女を差し、振って、去るよう合図をする。

 王女とサーマは恭しく退出した。


「よろしかったのですか」


 サーマは思わず訊いていた。


「構わぬ。母と娘、1度はああしてやり合わなければならぬ時もあるのじゃ」


 王女は微笑んだ。

 そして、部屋に戻って、崩れ落ち、大きく息を吐いた。

 サーマは黙って頭を下げた。


「なに、サーマが自分から降りるとなれば、父上の不興を買う。さすればお主の実家もまずい立場になろうからな。そんな酷な事はさせられんよ」


 王女は疲れた様子で言った。


「何とお礼を申せば……」


 サーマは再び頭を下げた。


「礼なら、お主の務めを果たす事で報いてくれ」


 王女はサーマの手を優しく両手で包む。


「はい……。ご期待に添えますよう……」

「じゃが、お手柔らかにな?」


 王女は微笑んで、サーマの肩を叩いて立ち上がった。

 サーマが涙をぽろぽろと流していたのだ。


「お、お恥ずかしい限り…」


 サーマは慌てて目を擦りながら、俯く。

 我ながら、この泣き癖が気恥ずかしかった。だが、この城に来て初めて、自分が本当に必要とされたのだと、自分がここにいる意味はあるのだと思えたのだ。


「この国が火急の事態に、母上は未だ奥しか見ておられぬ」


 ミラナ王女は、重々しい口調であった。


「我が母ながら、恥ずかしい」

「いえ」


 サーマは涙を拭いて言った。擁護する必要に駆られたのだ。院の宮自身の名誉の為にも、王女の為にも。


「いえ、見ているからこその焦りと存じます」

「どうしてそう思う?」


 王女の訝し気に訊いてきた。


「時代が変わりつつあるという恐怖、不安があればこそ、院の宮様は奥に介入した陛下に対する反感から、ああ為さっているのだと」


 そして慌てて頭を下げる。


「出過ぎた事を申しました」

「いや、よい」


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