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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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王女の覚悟

 その夜は、非常に冷えた。真暗な部屋の隅でサーマは寝そべって天井を見上げていた。囚われの身となった我が身を思い、鬱々とした気持ちになる。部屋の外の侍女は交代しながらもずっと見張っているものの、法術や魔動(院の宮の侍女が扱えるとも思えないが)が、発動されて、抜け出た無謀者へ牙を突き立ててくる可能性も否定出来なかった。それに出来るか出来ないか関係なく、サーマが無理やりにでも抜け出せば、今度こそ院の宮の本気の怒りを買うであろう。そうなれば、もはや自分の身だけ案じて済む話では無くなってしまう。

 恐らくは、自分はこのまま教育係を解任され、新たな者が王女のもとに出仕する事となろう。


(もはや、わたしに出来ることは何も無い)


解任されるなら、それで結構だ。むしろせいせいする。

 そもそも、こんな所に来たくなかったのだ。

サーマは内心の荒みを感じて、少し驚いた。

 ここ最近は、平穏な気持ちで過ごした事が1度も無かった。何をしていても心の片隅では鬱々な思いが燻っていた。それは世の中の流れに不穏なものを感じる事であり、許嫁の死であり、ままならぬ自身の身の上であったりした。

 今はそれら全てが心の表面に浮かび上がってサーマを陰鬱にさせた。


「タロ……」


 サーマは許嫁の名を呟いた。新時代の為と言って、王都アカドで戦いに加わって戦死した少年である。

 彼に恥ずかしくない生き方をしよう、と誓ったのに、我が身の無力さは何だろう。

 ゼラは、あのカナリスで会った少女は、どう思うだろうか?

 2人の顔が浮かび、サーマは起き上がってぐっと拳を握りしめた。

 カツマ藩士の娘として育ったサーマにとって、国王にして藩主の妃ともあろう者から、叱責を受け、打ち据えられるのはかなりの精神的打撃であった。封建的価値観に縛られぬ者であってさえ、堪えるであろうものを。

 ゼラなら、むしろ反骨の精神を刺激され、半ば嬉々として戦いに投じようが、サーマがそれを行うには自らを奮い立たせるしかなかった。

 月明かりに照らされ、障子の向こうに座り込んでいる侍女の影が見える。

 

翌朝、サーマは大声で叫び始めた。


「院の宮様に謁見したい。ぜひ、またお会いしたい。院の宮様を!」

「うるさい!静かになされよ!」


 侍女が苛立たし気に反応し、障子を少し開けサーマを睨みつけた。


「そちは自身の立場が分かっておるのか!」

「分かっておるからこそでございます。このまま終わるは口惜しうございます」


 サーマは一蹴して再び叫び始める。

 侍女らはしばらくの間戸惑っていたが、ついに3人の法術女官が駆けつけて何か法術を施したようであった。

 サーマは叫ぶのを一旦止めた。

 侍女達は、サーマを勝ち誇った表情で一瞥した。外からの音が途絶え、風の音も鳥の鳴き声もしない。 一切の無音……。

 いや、違う。あくまで外側に法術で膜か壁を覆ったのだ。サーマは友人と違って、法術や魔動の感知は出来ない。やり方を知らぬだけであるかもしれないが。

 それに、畳に耳を済ませれば音も聴こえてきた。ゴソゴソと何かしている。


(ん……?)


 サーマは訝しんだ。見えぬ壁が張られたのは障子の外側一面のみであったか。床下は全く無防備で……。

 おかしい。音の出処は外ではなく、床下そのものであった。

 床下に誰かいる!

 サーマは立ち上がって身構えた。

 院の宮の刺客ではなかろうか。サーマを閉じ込めた上で亡き者に……

 案の定、畳が動いた。畳が持ち上げられ、下から人影がぬっと現れた。

 サーマは息を飲み、その影から目を離さぬようにした。

 人影は月明かりにぼんやりと輪郭を露わにし、照らされた顔はサーマの見知った者だった。

 サーマは驚きのあまり声を上げようとした。

 相手が手招きするのに、サーマは戸惑いながらも頷いた。

 木材の隙間を掏り抜けながら床下に降りる、畳は元の位置に戻され、視界は一気に闇に近くなった。


「ひ、姫様……」

「話は後じゃ、とりあえずこっちに……」


 畳が持ち上げられ、王女はすっと上った。

 上から手を差し出される。

 サーマはそれを握って、上った。

 たどり着いたのは、王女の部屋であった。

 部屋には、王女を含めもう1人侍女がいた。

 侍女は溜息をつき、サーマを見て再び溜息をついた。

 サーマにしても、王女に訊きたい事があるのだ。


「何故……姫様、こんな事を……」


 ミラナ王女は笑った。


「本当は、真正面から侍女共をどかして部屋から連れ出すつもりじゃったが、法術で壁を張られたのでは、ああして床下から来るしかなかろう」


 つまり、サーマが叫んでいたせいだと言っているのだろうか。


「申し訳ございませぬ……。ですが、院の宮様が……」

「お怒りになるであろうな」


 王女はまた笑った。


「気にするな、わらわは母上に刃向かう事に決めたのじゃ」


 サーマは愕然とした。


「何を驚く。サーマお主も母上に刃向かおうとしておったではないか」

「は、はあ」


 サーマは手足が震えているのを感じた。親子の仲を裂きつつあるという自責の念か、それとも戦いを前にした武者震いか、それは図りかねた。


 

 新政府は1月12日、アカドに残った幹部以上に緊急招集をかけた。議題はヤイヅ藩との戦いについてと、新国王シミツ・ネルアについてであった。どういう議論が為されたかについては、ヤイヅ藩に対しては周辺諸藩と連携をさせぬ事、孤立に追い込む事が重要とされた。新国王に対しては、差し当たってはアカドへの帰還を求め続ける事となった。その時、強弁な意見も出ており、ヤイヅ周辺諸藩が刃向かうならまとめて討つべきであり、新国王も新政府の方針と異にするなら退位要求も辞さぬべきである、と主張する者もいた。明確な反論は時期尚早を言葉の言い換えで表現したものに留まり、新政府は時と場合によってはそれらを実行する覚悟を示したのである。


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