新兵器を破壊せよ
新政府軍の一団は、新兵器サンダーボルト砲の威力を試し終わった。結果は充分過ぎる程であった。ようやくこれから、軍事兵器としての本来の使い方をするのだ。
手始めに、山を降りた辺りにある村にヤイヅ軍が陣を敷いているという。そこにぶち込んでやろう。
兵士達は興奮し、高揚感に満ちた。まるで子供が玩具を与えられた時の様な稚気が彼らを支配したのは事実である。
だが、あくまで進軍は密かに静かに行われた。
その点については、彼らに非は無かったといっていい。
襲撃を受けたのは、不注意であったろうか。
新兵器サンダーボルト砲は、砲台とは別に、魔動を吸収し、砲台へと運ぶ管があり、それを運ぶのも兵士の役目となる。魔動という自然に流れるエネルギーは、無限であるか、無限であるか、それすら明らかではないが。
その吸引機を襲撃されたのである。闇から飛び出た者に兵士らは襲われ戦闘になった。
砲台側の兵士達が、騒ぎに気付き、駆け付けようとした。しかし、砲台側が無人になるのはよくないと、3人程抜け、残りは砲台の警備を続けようと咄嗟の判断をした。その咄嗟の一瞬間が致命的であった。
残る側の兵士がたちまち倒され、振り返った3人も、1人が振り返ったその瞬間にサーベルの鞘で殴り倒され、もう2人も電光石火の一閃を受け、地面にうっ伏した。
ゼラは敵兵から奪ったサーベルをクルクルと回しながら、砲台の側に寄る。
気づいた新政府軍兵士が声を荒げ、悲鳴に近い声を出した。
「おい、撃つぞ!逃げるなら今の内だ!」
ゼラは叫んだ。
実際、発射の仕方などしる由も無い。
だが、兵士達は慌てふためきながら逃げ出していく。
さんざ自分達でその威力を試したので、それが自分たちに向かうとなると、冷静な判断を失い恐慌状態に陥ったのであろう。
ゼラははったりが効いたのにほっとし、ニヤリとした。
ヤイヅ藩士達は歓呼し、ゼラに駆け寄る。
「よし、撃て!撃つんだ!」
「早う目に物見せるんじゃ」
「待ってろ……」
ゼラは砲台をじっと見た。砲身は普通の大砲のようだが、後ろに管がいくつもついており、それから魔動の力が流れ込んできているのが分かる。
「どうやってんだ…?」
さらによく見ると、月明かりにかすかに照らされて、魔動陣が管の周囲に円を描くように配置されているのが分かった。
ゼラには魔動が分からない。
カナリスに留学こそしたが、あんな短期間では何も学べない。それに色々あった。
サーマなら分かったのだろうが。
ふと気づいたが、陣はきちんとした形をしておらず、ずらされている様である。
「もしかすっと…」
ゼラは陣を手でなぞってみた。やはり動かせるようだ。円陣の描かれた鉄板が鈍い音を立てる。
力がそこそこ必要であった。
そのズレを戻し、円陣を完全な形に戻した瞬間であった。
きいいんとつんざく音が響き渡る、ゼラの背筋が凍りついた、膨大な魔動の力の奔流が管から砲身に流れ込み、青白く周囲を照らし出す。
「おい、砲台を回すぞ!」
ゼラは絶叫した。
藩士達は慌ててゼラの側に走り寄る。その瞬間にもゼラは円陣をずらし、再び崩した姿に戻す。
藩士5人とゼラの6人は砲台を急回転させ、反対側に向ける。
その瞬間であった。
青白の光が耳を塞ぎたい程の轟音と共に発射され、木々を抉り、巨岩に激突した。
爆発音が、まばゆい光を伴ってゼラ達を襲った。
突風に押し倒される者もいた。
ゼラは顔を覆い、背中を丸くして凌いだが、心胆が凍り付く思いであった。
あと一歩遅ければ……。
着弾位置も、威力も、何とか最悪の事態を免れた様だった。
慄然とした空気がゼラ達に漂った。
皆、無言であった。
がらがらと破片の崩れる音だけが、彼らの耳に入ってきた。
最初に沈黙を破ったのはゼラである。
「よし、手伝ってくれ」
「なじょするんだ」
「近くに崖あっただろ」
「まさか……」
「その、まさかだ」
6人は協力して砲台を運ぶ。砲台には車輪がついてはいるものの、崖までは坂道が続くのだ。
砲台は人の身長程あり、坂道になるとその重量を彼らは実感した。
歯を食いしばりながら、懸命に運ぶ。
「よし、いくぞ!」
「いち、に、さん!」
彼らの声に合わせて、砲台は崖に飛び出し、次の瞬間には、転がり落ちていった。
ゼラは崖を覗いてみた。
夜の深淵では、谷底は拝めなかった。
藩士達は再び歓呼した。
新政府軍の鼻を明かしたと、喜びに沸いたのだ。
ゼラも、額の汗を拭いながら、一息ついた。
もう、冬のはずだが、暑く感じた。
雪が降れば、敵の足も止まってくれるだろうか。
新兵器も破壊され、出足を挫かれたのだ。
新サパン暦2年1月11日、雲の輪郭がはっきりし始め、ゼラは朝日が昇り始めたのを知った。