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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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サンダーボルト砲

 山道は闇に包まれていた。時折、風を切る音が青白光と共にゼラの視覚と聴覚を刺激し、ゼラの心をそれ以上に慄然とさせた。

 ゼラは駆けていく。やはり敵は山向こうから遠距離攻撃を仕掛けている様だ。


「汚ねえ真似を!!」


 ゼラは激しながら、ようやく峠を越えた。

 さらにしばらく走ると、景色が広がった。山々が連なり、昼に見ればさぞ壮大な光景を楽しめた事だろう。

 一見、闇しか広がっていない。あるのはかすかな月明かりくらいだ。だが、ゼラは正確に相手の位置を看破していた。

 ゼラが睨む方向から、青白い発火が上がったかと思うと、ひゅうと音が鳴り、発光体が夜闇を貫いていく。

 着弾点を峠から眺めると、爆発音と共に目を焼きかねぬ光彩が広がる。どうも、狙いはまちまちで、コン村には届いていないように思われた。


「闇雲に撃ってんのか?」


 ゼラは首を傾げた。

 これは示威的な軍事行動であり、敵を震え上がらせ士気を下がらせる為であった。

 エガレス国から輸入した新兵器『サンダーボルト砲』、新政府軍が実践投入したのはこの夜が初めてだったのだ。

 もう1つ不思議な点がある。

 いくつも感じる強大な魔動の力が、発射直前になって数が減っている気がする。

 しかし、冷静に観察と分析をしている余裕がゼラには無かった。

 彼女はその時、ただコン村の事を心配していた。 

 コン村に危機が訪れているのは間違いないのだ。


「おい、頼んだぞ……」


 ゼラをこういう事に巻き込んだヤイヅ藩お抱えの法術師テノンを思い浮かべながらゼラは溜息交じりに言った。

 事実、彼を頼るしかないのではないか。いや、頼りがいがなくては困る。コン村を巻き込んだといっていい男なのだ。たとえ彼自身が命令されたに過ぎない立場であっても、ゼラにしてはどうでもいい事だった。

 ゼラは相当の注意を払って、紋様の発動を押さえ込もうとしていた。心を平静に保ち、注意深く進む。

 あれの餌食になるのは御免だ。当たる事は無いにしても、既に耳の調子がおかしい。

 あの爆音を今度まともに聞いたら、どうなってしまうか分からない。

 ゼラは走った。

 勝算がある訳でもない。

 突然、岩場から人影が飛び出した。

 ゼラは瞬時に飛び退いた。

 人影は5人もいた。


「何者だ!」


 人影の姿がおぼろげながら、月夜にわずかに照らされ浮かび上がる。


「ぬしこそ名乗れ」


 相手は言ってきた。


「我らはヤイヅ藩士だ。迷い込んだのならば、早々に立ち去れ」


 彼らをよく見ると、年寄りから若者まで年齢層は幅広いものがあった。


「おらは藩士じゃねえが、ヤイヅの為に戦えと言われてここまで来た」

「そうか、なら仲間じゃ」


 彼らは嬉しそうに言った。


「先日、小競り合いを演じたが、手も足も出ず、生き残ったのは我らのみ。反撃の機を伺っておった」


 若者が言った。


「わしは、命ぜられて新兵器をどうにかせよと」

「俺もそうだ」

「俺は……」 


 彼らは自らの境遇を語り、それぞれバラバラなのをゼラに教えた。


「最初は違った。だげんじょ、わしらはこうして集まったんじゃ」

「分かるだろ、ぬしもさんざ見てきたはずだ。あの新兵器の恐ろしさを」

「あれは、ヤイヅの街や村々に落ちたら……」

「ああ。そうだな」


 ゼラは頷いた。

 そして視線を転じると、山の下の小道にその気配を感じたのであった。


「あの街道を進んでいくだろうな」


 と老藩士は言った。


「いや、もう来とる」


 ゼラは言った。

 そしてニカっと笑った。


「おらは行くが、どうする?」

「無論じゃ」

「当然です」

「おらも行くべ」

「おらも!」


 彼らも笑った。


「目にもの見せてやっべ」


 その時、またもや轟音が炸裂し、青白い光に闇が漂白された。

 ゼラ達のいるところまで、地響きが鳴り、藩士達は慄きの表情を浮かべた。

 先程までの盛り上がりも失せ、重々しい沈黙が広がった。

 ゼラははっとしたように、しばらくしていたが、ふと口を開いた。


「ま、無理にとは言わねえ」


 淡々とした口調だった。


「おらは今から、突撃をかける」

「……」


 藩士達は、止めておけと言わんばかりにゼラを見つめ、しかし自身の務めを思い出したのか、互いに頷き合った。


「行くしかねえ」

「そうだ」


 自らを奮い立たせるように、彼らは口々に気を吐いた。


「おらは、1人で近づく。ぬしらはおらから離れて近づけ。近づいちまえばこっちのもんだ。一斉に飛び出す。何せ、思ったより数は少ない。どうも1つだけらしい。今のところは」


 ゼラの言葉に疑問を感じたのか、老藩士は訊いた。


「なじょして、数が分かる」

「感じ取れるんだ。おらは法術師だ。タタマン様から命を受けてここにいる。説明すっとだな、最初は点在していた魔動の力が、発射しようとすると1ヵ所に集まるんだ。どうも何箇所かで魔動を吸収しつつ、撃つという段になって、集めて1つにするらしい」


 ゼラはタタマンに様付けをしてやった。


「信じてええのか?」


 と老藩士。


「おらは嘘は言わねえ。こんな時に言う意味がねえ」


 ゼラは神妙に言った。


「だ、だげんじょ、おなごを1人にしておけねえ」


 若い藩士が声を震わせた。


「心配ねえ。おらはぬしらより強い。それに、藩士でもねえ。心配すんな」


 にっこりとゼラは笑った。

 こういう時、ゼラはその目鼻立ちと赤髪も伴って、鮮烈な光彩を放つ。外面だけでなく内面から滲み出る自信も、その覇気を示す。カツマの少女サーマを魅了したものが、藩士達にも伝播した。


「赤髪……」

「イリダ・ナーブ王……」


 ゼラはリュカから聞いて以来、久々にその名を聞いた。

 彼女と同じく赤い髪をしていた英傑で、偉大な法術師であったという。


「駄目だ、ヤイヅはトトワに忠義を誓う。ナーブ王権を打倒したトトワにだ」


 老藩士は首を振って、藩士達を嗜めたようであった。

 ようであった、というのは、ゼラにはよく分からなかったからだ。

 そういう細かい政治的配慮など、ゼラは笑い飛ばしたい気分になる。


「そんなのはおらには関係ねえ。やるだけだ。赤い髪なんて、他にもいるだろ」


 ゼラは吐き捨てて、藩士達に目配せした。


「さて、行くべ」


 藩士達は、力強く頷いた。


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