任務
コン村は一気にきな臭い雰囲気が漂い始め、通常時の何倍もの人間が滞在している。その多くは兵士で、殺気立った様子で村を歩いている。
村人にちょっかいをかける兵士もいたが、すぐにいなくなった。
それは、テノンが合流部隊の隊長に掛け合ったのと、ゼラがいるからであった。
ある時、兵士が若い娘を追い掛け回すのを目撃したゼラは、木の棒で瞬く間に兵士達を叩きのめしてしまった。
合流部隊の隊長タタマンへ、ゼラを処罰するようにという部下達からの烈しい訴えは、タタマンをげんなりさせるものであったが、テノンが一睨みすると、訴え者達は黙りこくってしまった。
「よく、やってくれた」
テノンの口調は率直そのもので、ゼラも拍子抜けする程であった。
「偉い人達が、戦しねえってさえ、言ってくれれば、兵士も引き上げる。こんなのに心を砕く事はねえんだが」
ゼラは相手には全く響かないであろう嫌味を言って、その場を後にした。テノンの認識としては、無論自分たちが正しく、敵は彼にとって侵略者なのである。ゼラはそれを否定する術を持たないし、新政府軍はもっと気に食わないので、我慢しているのだった。
新サパン暦2年1月10日の事であった。
ゼラはタタマンに呼び出されたのである。
彼女の他には、数人の兵士がいた。
「賊徒の軍勢が、迫ってきている。もうヤイヅ藩内に侵攻を開始しつつある。我々はそれを迎え討つ」
タタマンの口調は重々しかった。
「そこで、先遣隊としてお主達に行って貰う。敵の進軍の妨害と新兵器なるものの破壊をやってもらいたい」
「簡単に言ってくれますね」
ゼラは言ってやった。
「簡単でないのは分かっておる。だが、やらねばならぬのだ。ヤイヅの為にも」
ゼラの横の兵士達はいきり立った。
「そうじゃ、賊徒共に目に者を見せてくれる!」
「そうじゃ、そうじゃ!正義は我らに有り!」
タタマンは頷いた。
「その心意気、見事じゃ。ヤイヅに忠義を尽くすのだ」
「はっ!」
ゼラだけは、そのような返答しなかった。
ただ、「やれる事はやります」と応えたのみであった。
ゼラ達はその夜のうちに、村を発った。
ゼラ以外は、皆若い兵士で、ゼラの事は訝しく扱っていたが、敢闘意思は旺盛の様であった。
「ぬしは信じてねえげんじょ、共にヤイヅを侵す賊を討ち滅ぼそうな」
と曇りなき目で言ってくるのだった。
「そうだな。攻めてくるなら、戦うしかねえ」
ゼラも、根本的に、魂の根源に近いところで、戦いというものがあったから、そういう点での迷いは無いのであった。
彼らは、山道を進んだ。
刀を差した兵士3人と、手ぶらのゼラの4人は、進む。とりあえずは山越えであった。
目的地は山を越えた先である。
しかし、敵がどれくらいなのか。今、どこにいるのか。新兵器とは何なのか。何も知らされていなかった。無論、命じた者達自体が知らなかった可能性もあるのだが。
ある時、ゼラがぴたりと止まった。
それは、夜明けまで3時間の事であった。
「ちくしょう……」
その声は、苦悶に満ちた響きであり、3人の兵士の心胆に寒風を注ぎ込むのに充分であった。
「なじょした?」
ゼラは感じ取っていたのだ。
山を越えた前方の山道に、いくつもの魔動の力を秘めた物体があるのを。しかもその1つ1つが強大で恐るべき魔動の力を秘めている事を。
「いったい、何なんだ…」
ゼラの声は震えていた。
「あれが、新兵器ってやつか」
そして3人に振り返った。
「新兵器とやらを見つけた。恐らく魔動の兵器だ。とんでもねえやつだ。おら達でどうにか出来るか分からねえ……」
「そ、そんな」
「おらには感じ取れる。法術は今は使えねえが、法力も、魔動の力も、どこにどれくらいのやつがあるか感じ取れる」
兵士達は、ゼラが法術師である事と、今は力を使えぬ事を知らされている。
「だが、やるしかねえ……」
ゼラと3人は円陣を組んだ。
「いくぞ」
だが、次の瞬間である。
空気を切り裂くような、甲高い轟音が響いた。
あまりにもぞっとする音であった。
夜だというのに、視界に青い光が混じった。山向うの縁が青白く光ったかと思うと、そこから光体が出で、ひゅうと音を立てながら、どうもこっちに向かってくるらしかった。
「走れ!」
ゼラは力の限り叫んだ。
兵士達は咄嗟に動けなかった。
ゼラは兵士達の背中を叩き、自身も走り出す。
それは、ほんの数秒の出来事であった。
轟音。
地響き。
炸裂する暴力的なまでの光。
ゼラは身体が宙に浮くのを自覚した。
瞬時に平衡感覚が失われ、どちらが上か下か分からなかった。
いや、何が起きたのか分からなかったというのが正しかった。
地面に叩きつけられ、苦痛に喘ぎながら起き上がると、目の前には倒れた木々が燻りながら、熱を放っていた。
「おい、ぬしら無事か!」
ゼラは周囲を見回した。
彼らを見つけるのに、そう長くはかからなかった。
それぞれ、バラバラの場所で、倒れていた。
「大丈夫か!」
ゼラが駆け寄るも、1人は頭がグシャグシャにし、1人は身体をありえぬ方向に折り、1人は炭化してしまっていた。
呆然と立ち尽くし、再び、ひゅうという音を聞き、ゼラは走り出した。
(なじょして…なじょしてだ…居場所が分かるのか…)
ゼラが10秒前までいた空間が弾け飛び、ゼラは岩陰に隠れながら、3人の遺体を守れなかった事を悔いた。
どうみても、ここを狙って撃っている。
その事に気づいたゼラは慄然とするしかなかった。
探索系の法術、いや、魔動の類だろうか。
(いったい……)
ゼラは自身の額を触っていた。
新政府軍にやられた紋様。作動すると赤く光り輝く紋様。彼女は、それを法術封じとしか見ていなかった。
だが今、赤く怪しく夜闇に光を放っているのであった。
「こ、これか……!!」
歯軋りして、額を思い切り叩いた。
赤く輝くのは、法術を封じるだけでなく、居場所を知らせる為であったのか。紋様の放つ魔動の力を感知するものが敵にあるのだろう。
ゼラは大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐いた。
ならば、この額の紋様を光らせなければ良いのだ。恐らくはこの紋様、光りだす下限のようなものがあって、一定の法力を感知すると発動するのだ。
(だとすりゃ、気をつけねえと)
ゼラは強かに平静を取り戻し、山向うを睨み付けて、駆け出していった。