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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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任務

 コン村は一気にきな臭い雰囲気が漂い始め、通常時の何倍もの人間が滞在している。その多くは兵士で、殺気立った様子で村を歩いている。

 村人にちょっかいをかける兵士もいたが、すぐにいなくなった。

 それは、テノンが合流部隊の隊長に掛け合ったのと、ゼラがいるからであった。

 ある時、兵士が若い娘を追い掛け回すのを目撃したゼラは、木の棒で瞬く間に兵士達を叩きのめしてしまった。

 合流部隊の隊長タタマンへ、ゼラを処罰するようにという部下達からの烈しい訴えは、タタマンをげんなりさせるものであったが、テノンが一睨みすると、訴え者達は黙りこくってしまった。


「よく、やってくれた」


 テノンの口調は率直そのもので、ゼラも拍子抜けする程であった。


「偉い人達が、戦しねえってさえ、言ってくれれば、兵士も引き上げる。こんなのに心を砕く事はねえんだが」


 ゼラは相手には全く響かないであろう嫌味を言って、その場を後にした。テノンの認識としては、無論自分たちが正しく、敵は彼にとって侵略者なのである。ゼラはそれを否定する術を持たないし、新政府軍はもっと気に食わないので、我慢しているのだった。

 新サパン暦2年1月10日の事であった。

 ゼラはタタマンに呼び出されたのである。

 彼女の他には、数人の兵士がいた。


「賊徒の軍勢が、迫ってきている。もうヤイヅ藩内に侵攻を開始しつつある。我々はそれを迎え討つ」


 タタマンの口調は重々しかった。


「そこで、先遣隊としてお主達に行って貰う。敵の進軍の妨害と新兵器なるものの破壊をやってもらいたい」

「簡単に言ってくれますね」


 ゼラは言ってやった。


「簡単でないのは分かっておる。だが、やらねばならぬのだ。ヤイヅの為にも」


 ゼラの横の兵士達はいきり立った。


「そうじゃ、賊徒共に目に者を見せてくれる!」

「そうじゃ、そうじゃ!正義は我らに有り!」


 タタマンは頷いた。


「その心意気、見事じゃ。ヤイヅに忠義を尽くすのだ」

「はっ!」


 ゼラだけは、そのような返答しなかった。

 ただ、「やれる事はやります」と応えたのみであった。


 ゼラ達はその夜のうちに、村を発った。

 ゼラ以外は、皆若い兵士で、ゼラの事は訝しく扱っていたが、敢闘意思は旺盛の様であった。


「ぬしは信じてねえげんじょ、共にヤイヅを侵す賊を討ち滅ぼそうな」


 と曇りなき目で言ってくるのだった。


「そうだな。攻めてくるなら、戦うしかねえ」


 ゼラも、根本的に、魂の根源に近いところで、戦いというものがあったから、そういう点での迷いは無いのであった。

 彼らは、山道を進んだ。

 刀を差した兵士3人と、手ぶらのゼラの4人は、進む。とりあえずは山越えであった。

 目的地は山を越えた先である。

 しかし、敵がどれくらいなのか。今、どこにいるのか。新兵器とは何なのか。何も知らされていなかった。無論、命じた者達自体が知らなかった可能性もあるのだが。

 ある時、ゼラがぴたりと止まった。

 それは、夜明けまで3時間の事であった。


「ちくしょう……」


 その声は、苦悶に満ちた響きであり、3人の兵士の心胆に寒風を注ぎ込むのに充分であった。


「なじょした?」


 ゼラは感じ取っていたのだ。

 山を越えた前方の山道に、いくつもの魔動の力を秘めた物体があるのを。しかもその1つ1つが強大で恐るべき魔動の力を秘めている事を。


「いったい、何なんだ…」


 ゼラの声は震えていた。


「あれが、新兵器ってやつか」


 そして3人に振り返った。


「新兵器とやらを見つけた。恐らく魔動の兵器だ。とんでもねえやつだ。おら達でどうにか出来るか分からねえ……」

「そ、そんな」

「おらには感じ取れる。法術は今は使えねえが、法力も、魔動の力も、どこにどれくらいのやつがあるか感じ取れる」


 兵士達は、ゼラが法術師である事と、今は力を使えぬ事を知らされている。


「だが、やるしかねえ……」


 ゼラと3人は円陣を組んだ。


「いくぞ」


 だが、次の瞬間である。

 空気を切り裂くような、甲高い轟音が響いた。

 あまりにもぞっとする音であった。

 夜だというのに、視界に青い光が混じった。山向うの縁が青白く光ったかと思うと、そこから光体が出で、ひゅうと音を立てながら、どうもこっちに向かってくるらしかった。


「走れ!」


 ゼラは力の限り叫んだ。

 兵士達は咄嗟に動けなかった。

 ゼラは兵士達の背中を叩き、自身も走り出す。

 それは、ほんの数秒の出来事であった。

 轟音。

 地響き。

 炸裂する暴力的なまでの光。

 ゼラは身体が宙に浮くのを自覚した。

 瞬時に平衡感覚が失われ、どちらが上か下か分からなかった。

 いや、何が起きたのか分からなかったというのが正しかった。

 地面に叩きつけられ、苦痛に喘ぎながら起き上がると、目の前には倒れた木々が燻りながら、熱を放っていた。


「おい、ぬしら無事か!」


 ゼラは周囲を見回した。

 彼らを見つけるのに、そう長くはかからなかった。

 それぞれ、バラバラの場所で、倒れていた。


「大丈夫か!」


 ゼラが駆け寄るも、1人は頭がグシャグシャにし、1人は身体をありえぬ方向に折り、1人は炭化してしまっていた。

 呆然と立ち尽くし、再び、ひゅうという音を聞き、ゼラは走り出した。


(なじょして…なじょしてだ…居場所が分かるのか…)


 ゼラが10秒前までいた空間が弾け飛び、ゼラは岩陰に隠れながら、3人の遺体を守れなかった事を悔いた。

 どうみても、ここを狙って撃っている。

 その事に気づいたゼラは慄然とするしかなかった。

 探索系の法術、いや、魔動の類だろうか。


(いったい……)


 ゼラは自身の額を触っていた。

 新政府軍にやられた紋様。作動すると赤く光り輝く紋様。彼女は、それを法術封じとしか見ていなかった。

 だが今、赤く怪しく夜闇に光を放っているのであった。


「こ、これか……!!」

 歯軋りして、額を思い切り叩いた。

 赤く輝くのは、法術を封じるだけでなく、居場所を知らせる為であったのか。紋様の放つ魔動の力を感知するものが敵にあるのだろう。

 ゼラは大きく息を吸い込んで、ゆっくり吐いた。

 ならば、この額の紋様を光らせなければ良いのだ。恐らくはこの紋様、光りだす下限のようなものがあって、一定の法力を感知すると発動するのだ。


(だとすりゃ、気をつけねえと)


 ゼラは強かに平静を取り戻し、山向うを睨み付けて、駆け出していった。


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