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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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ボロ切れ

 カツマ城奥の宮。

 サーマは1部屋を与えられ、主に寝室として使っていた。

 溜息をついて、王女の母である院の宮から下賜された木箱を開ける。

 寝台の明かりが怪しく中身を照らした。

 ボロ切れそのものだった。よく見ると素材も粗末な麻であった。

 着て出仕しなければ不忠とされ、着て出仕しても……。


(寝れない……)


 瞼を押さえる。

 どうも、ここ最近睡眠時間が少ないようだ。城へ入った前後何日かも睡眠がとれない日々が続いたが、ここにきて、また悩みの種が増えてしまった。

 どうにかして、院の宮様の信任を得られれば良いが……。

 また、溜息をつく。

 仕方あるまい。

 サーマはボロ切れを木箱に戻し、寝床に入った。

 

 翌日、サーマに昼頃になって呼び出しが掛かり、ミラナ王女のもとへ向かった。

 王女と御付の女官はサーマの姿を見て驚いた。

 ボロボロの麻服を着ているのだ。色も浅黒く、端々がちぎれ、ところどころに穴が開いているのだ。これ程までになるには、それこそ相当使い込むか、それとも馬や牛に弄ばせるくらいでなくては、不可能であろう。


「ど、どうしたのだサーマ」


 王女は明らかに動揺している様子であった。

 サーマは跪いた。


「お分かりでございましょう。姫様の母君から有難くも下賜したものでございます」


 淡々と言ってのけた。


「し、信じられぬ」

「いくらなんでも」


 女官達がこそこそ話している。

 サーマは平然と言った。


「さて、今日こそ作法について学びましょう」

「待て、無礼であろう」


 女官の1人が声を上げた。

 アクラの局といわれる初老の女性である。


「お言葉ながら、何がでございますか?」


 サーマの視線は少し冷淡であった。


「こんな格好で…。出直したもんせ!」

「よろしいのでしたら、そう致しますが、これは院の宮様から賜りしもの。これを着て出仕するようにと私は聞いております」

「まあまあサーマ」


 王女は苦笑いして、立ち上がった。

 サーマの元に歩み寄る。


「怒るな怒るな。母上も意地の悪い事を為さる。着替えて参れ」

「でしたら、作法の勉強を為されるという事でございますか?」


 サーマはじっと王女を見つめた。王女も少々戸惑った。サーマの目には強情さが宿っていたのだ。

 ミラナも少し負い目を感じたのかもしれない。サーマの言を了承し、一旦下がらせた。

 女官達とこっそり語り合う。


「仕方あるまい。母上に逆らう好機ぞ」


 王女は含み笑いをし、女官達を呆気にとらせるのであった。


「姫様……」


 女官達は溜息をつき、天を仰いだ。


「院の宮様に楯突くのは、姫様はまだよろしいでしょう。実の子であらせられる。ですが我々の身はどうなるのですか!?」


 アクラの局は嘆いた。


「今からでも、お考え直し下さいませ!」

「サーマ、罷り越してございます!」


 サーマの声が縁側から響いた為、王女はそれに応えなかった。


「早かったな」


 王女の言葉にサーマは微笑んだ。

 予め準備していたとしか思えぬ早さで、着替えて戻ってきたのだ。

 サーマはヨウロ服を身にまとい、跪いた。


「さて、姫様。陛下から仰せ付かったわたくしの役目を果たしとうございますが、よろしうございますか?」


 王女は頷いた。


「よかろう。母上には文句は言わさん。こんな事をして、わらわが怒らんと思うたか」

「有難き幸せ」


 サーマは声を震わせ応えた。


「さっそく始めよ」

「はっ」


 サーマは立ち上がり微笑んだ。


「そいでは、さっそく……」

「サーマ、気が緩むとカツマ訛りが出るのう」


 王女は微笑んだ。

 サーマは顔を赤くした。


「で、では姫様、まず、ヨウロ服を着もんそ!用意してございもす!」

 彼女と母である院の宮はアカドで長きに渡って、あえていえば人質生活を送って来ており、カツマ訛りはほとんど無かった。それは国王とで同じである。

 トトワの人質政策は、藩主の子供達と妻を王都アカドに住まわせるというもので、藩主といえども会える機会はアカドに来た時のみであった。

 新政府が樹立されてからも、未だに地元に帰らぬ藩主一家は多い。長い暮らしで馴染み深いのもあるが、政局不安定の中に静観を決め込んでいるのだ。無論、アカドでの生活が心地良いあまり、単に帰りたくない者もいると思われるが。

 逆に、地元に戻る藩主も幾人かあった。それはヤイヅ藩主モウタイ・ケタンがそうである。


「用意しておったのか?」

「はい。実は、陛下に謁見した折、お頼みしておりもしたのです。姫様用のヨウロ服を」


 サーマはにっこりと微笑んだ。本当に嬉しそうな笑顔だった。


「わたしの部屋にとっくに届いておりもしたが、姫様にいつお渡し出来るか分かりもはんじょしたので……」


 サーマは王女の部屋の外に置いていた木箱を抱えて持ってきた。


 

 そうして、新サパン暦1年は暮れていくかと思われたが……。

 歴史というものは、そう易々と、時代の変化を許さない。

 ヤイヅ藩が藩境周辺に兵を集め出した為、既に藩境近くまで展開していた新政府軍がさらにヤイヅに向かって進め始めたのだ。

 センデイ藩、ショウマイ藩、といった藩が、「これは単なる防衛行動で、示威行動であり、実際に戦を起こしたい訳ではない」とヤイヅ藩を擁護したものの、新政府の反応は冷淡であった。

「トトワの時代を懐かしみ、新政府に刃向かう賊共」と断じたのだ。

「譲歩はせず。恭順して誠意を見せるべし」と穏健とも強硬とも思える布告を発したのは大晦日前の29日である。

 布告を受けたのは、ヤイヅ藩に留まらなかった。センデイ藩やショウマイ藩を含む、トトワ寄りのサパン北部の藩全てであった。


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