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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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一時の逃亡

「ゼラ、ゼラ」


 声がした。

 縛られた身体を転がし声のした方向を向くと、そこにはシルカがいた。


「シルカ、何しに」


 シルカは盆を持っており、ゼラを起き上がらせると握り飯をゼラの口元に持っていった。

 ゼラはかぶりついた。


「茶もあっから」


 湯呑みをゼラに啜らせる。


「すまねえ」


 あっという間に平らげてゼラはにっこり微笑んだ。


「こうする事しか出来ねえから」


 シルカは声を震わせる。


「奴に持ってけって言われて」

「そうか。それでもおらにはありがてえ」


 ゼラの声は優しかった。


「おらは心配いらねえから」


 そしてまた横たわる。


「またな」


 シルカは申し訳なさそうにゼラの閉じ込められた廃寺から去っていった。

 彼女が去って言った後、ゼラはまた起き上がった。


「おーい」


 ゼラは思い切り叫んだ。


「おーい、おーい」


 外を見張っていた兵士が堂内に入ってきて怒鳴った。


「五月蝿い!」

「なんだ、うるさいって、厠行きてんだ。こう縛られてちゃ垂れ流しになっちまう」

「へっ、知ったこったねえ」


 兵士は吐き捨てた。


「頼みます!どうか、どうか厠に行かせてくれ!」


 ゼラは懇願した。

 兵士は面倒くさそうにゼラのもとへ駆け寄った。


「やっぱり無理だ。何するか分からねえからな」

「せめて足だけ解いてくれ。それとも担いでくれるのか?」

「仕方のない奴だ」 


 兵士はゼラの手足に長紐を結びつけ、その先を握った。


「これで文句ないだろ。さっさとしろ」

「お前は優しいな」


 ゼラは微笑んで、木陰に隠れた。

 兵士は紐の先を握りながら、じっと見張っていた。さすがにおなごの厠を覗く訳にもいかず、こうするしかなかったが。


「もういいだろ」


 兵士は紐を引っ張った。

 すると、物凄い力で逆に引っ張り返され、思いっきり前のめりに倒れてしまった。

 呻く兵士の傍にゼラが戻ってきて、兵士の懐から刀を抜き取った。

 鞘から抜いて刀身をすこし眺めると、自身の手足首に繋がれた紐を切断してしまった。


「すまねえな。これ貰うよ」


 ゼラは二カッと笑って、そのまま夜闇に消えてしまった。


 ゼラの逃亡はすぐ知れるところとなった。

 兵士はテノンにひたすら跪き自らの非を詫びた。彼はシルカのせいにも出来たかもしれないが、彼はそれをしなかった。

 テノンは溜息をつき、残念がった。


「今更とやかく言わん。わざわざ追い掛ける事もあるまい。あれが新政府軍に加わるというならともかくだが」


 テノンには何故か、ゼラが新政府には絶対に与しないという確信があった。


 一方ゼラは夜の内には山を2つ程越え、沢に辿り着いた。そこで喉の渇きを癒し、顔を洗う。


「痛て……」


 腫れ上がった顔が水に映った。


「酷え顔だな」


 思わず笑ってしまった。

 血を洗い流し、多少すっきりしたゼラは、咄嗟に岩の裏に隠れた。

 沢の横の道を、隊列を組んで大勢の兵が通り過ぎていった。

 ヤイヅの家紋があしらわれた旗を掲げた彼らは、長い行列を作って、進んでいく。

 いよいよ、戦が近いのかもしれない。

 法術師も数人いるようだ。大砲や鉄砲やら刀やらで武装した彼らは、黙って歩いている。

 ゼラはじっと黙ってそれを見続けた。


(コン村に向かうのか?)


 今頃、ゼラの逃亡は知れるところとなっているだろう。追っ手も出ているかもしれない。

 コン村は今頃、どうなっているだろう。大騒ぎだろうか。

 その上大勢の兵士達が村にやって来るのだ。


「……、おらは馬鹿だっ!」


 ゼラは思わず地団駄を踏んだ。

 何故、逃げた。

 いつもの調子で、抗って、出し抜いて、粋がっていた。自由を求めた。


(サーマなら、こんな事しねえ)


 聡明な彼女なら、責任感と判断能力を以って、別の方法を取ったはずだ。

 別の方法とは。


(……やっぱり、おらのやり方じゃねえが)


 村に戻ろう。

 そうでなければ、村を守れない。

 このままコン村を見捨てていいはずがない。

 非常に癪だが、仕方のない事だと自分を納得させて、また走り出す。

 

 村には、昼ごろ到着した。

 出迎えはテノンだった。


「戻ってくれたか」


 彼は嬉しそうに言った。


「お前がいれば、心強い。共に賊共と戦おう」


 歩み寄ってくる。

 ゼラは笑い捨てた。


「ぬしは気に入らねえが、村人に乱暴はしねえと言った。おらはそれを頼みにするだけだ」


 新政府軍がコン村を占領するくらいなら、という思いがあった。ゼラは新政府に対する不信を拭えないでいた。何よりも、今この村を占拠する兵士達が狼藉を働くのを黙って見過ごす訳にはいかないのだ。


「それは約束しよう。我らは正義の軍だ」

「もうすぐ、ヤイヅの別の軍勢も到着するはずだ。そいつも分かる連中だといいが」

「無論だ。我がいる限り」


 テノンは口角を吊り上げた。

 ゼラは、射抜くような目つきでテノンを見つめた。

 しかし、噴出すように笑い出す。


「何がおかしい」


 とテノン。


「いや、自分の情けなさに、笑えてきただけだ」


 ゼラは素っ気無く言った。


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