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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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ヤイヅ藩法術指南役の男

 政情が予断を許さぬ状況になっても、コン村はいつもの平穏を保っている。

 ゼラは、1日中寝ている生活に飽き飽きして、トマイとシルカの家の周りを歩いたりした。

 12月の15日であった。ゼラは山向こうを凝視した。

 蠢くものがあった。それは、法力を発する集団であった。

 法術師!それも複数!


「まったく、平和な日々ももう終いってのか」


 溜息をついて、薪を運んで戻ってきたシルカに言った。


「今すぐ逃げろ。ここはもう危ない」


 シルカは目をぎょっとさせて、薪を落とした。


「まさか、新政府軍が……?」


 ゼラは首を振る。


「違う気がする。奴らはもっと魔動の気配を漂わせとる。今度のは法力ばかりだ」

「という事は……」

「反新政府の兵かもしれねえ」


 シルカは顔を青ざめさせていた。


「ここも戦に……」


 ゼラはシルカの肩をポンと叩いた。


「とりあえずトマイに知らせろ。おらはちょっと見てくる」

「その体で!?」


 驚きと心配を滲ませるシルカの声に振り返って、ゼラはニッコリと微笑んだ。


「心配すんな」


 ゼラは走った。

 だいぶ身体も軽くなり、もう完全に傷も癒えたようだ。

 獣道を進み、さっと木陰に隠れる。

 隊列を組んで、整然と歩く集団だった。服装からすると、新政府軍というより、藩兵かと思われた。

 旗を見る。


(ヤイヅの旗だ…)


 確かにコン村はヤイヅ領内であり、ヤイヅ藩兵がいてもおかしくはない。新政府軍がいるより、よっぽど自然だ。だが、しかし……。

 次の瞬間だった。

 ゼラはかわした。

 彼女の頭があった空間を閃光のようなものが、キイインと音を立てて貫いた。

 飛び寄る人影に向かって、放たれたゼラの投石は空気壁に弾かれる。

 その人物は、道外れの林の中に降り立った。ゼラの目の前に現れたのだ。

 髪を背中辺りまで伸ばし、端正な顔立ちの男は、口角を上げてゼラを見やる。


「ほう、なかなかやるではないか」


 ゼラは思わず笑みがこぼれていた。これは勝ち誇った笑みではない。参ったな、という笑みである。


「たった1人か」

「言っておくが、おらは新政府軍のもんじゃねえ」

「物陰から我らを探っておったではないか。それに、我もお前の事は遠くから分かっていた」


 男の声はよく通るものの、放たれる声とともに、押し寄せる放力の波がゼラを容赦なく叩きつけていた。

 周囲の木々が唸りを上げ、小鳥も悲鳴を上げながら飛び去っていく。

 男はじっとゼラを見つめ、ふいに笑い出した。


「何か、封術にでもやられたのか?」


 そう言って、自分の額を指さす。

 ゼラも自身の額をそっと触った。薄暗い森の中で、かすかに赤光が漏れている。


「ああ、新政府の連中にやられた。この紋様のせいで、法術師じゃなくなっちまった」


 ゼラは苦笑する。

 もはや隠し立て出来る相手ではあるまい。そう思った。と同時にそれは弱点を相手に暴露するようなものだ。


「そうか、新政府などと名乗る逆賊共は、法術師の誇りすら奪うのだな」


 男は悲しげに嘆息した。


「サパン国に古来より法術あり。だが、新政府は法術をこの国から消し、魔動なる異国の術を得ようとしている。嘆かわしい事だ。魂まで異国に売ってしまったか」


 そこまで言われると、ゼラは友人の事を思い出す。サーマは、彼女は魂はサパンにあった。確かに魔動を使ってはいたが。


「我々に協力しろ。その封術を破る方策も考えよう。共に戦おうではないか」


 男は朗々と言う。

 気づくと、男の周囲には兵士が集まっていた。


「断ると、どうなるんだ?」


 男は首を振った。


「ここはヤイヅ領内だ。分かるはずだ」


 そして悲しげな表情を浮かべた。


「我はヤイヅ藩法術指南役ロイゴル・テノンと申す。我らと共に、サパン法術の誇りを守ろうではないか」


 ゼラはじっとテノンを見つめていた。

 テノンという男は、なかなかの威風堂々とした美丈夫で、只者ではない圧を感じさせる。ゼラは身体中が「逃げろ」と言っている気がした。ただ、心だけはそれを理解しつつ、「わかっとる。じゃあどう逃げるんだ……」とぼやくのだ。

 テノンは歩み寄ってきた。


「法術を使えぬお前に、我を倒す事など出来はしない。諦めて協力しろ」


 ゼラは猛速の拳を突き出す。

 しかし、テノンはさらっと身を翻してかわし、ゼラの腕を掴んで投げ飛ばそうとする。

 身体を回転されながら、ゼラは足をテノンの首下に巻き付け逆に投げ飛ばそうとするが、テノンの身体はびくともしない。


「……!」


 ゼラの腹に強烈な拳が炸裂する。

 ゼラは吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 激しく咳き込みながらも、なんとか立ち上がり、テノンの拳の連打に両腕を縦にして防ぐ。

 だが、そこに痛烈な前蹴りが突き刺さり、ゼラは防御を崩されつつ激しく尻餅をついた。

 そこに、覆いかぶさり、さらに激しく連打の嵐だった。

 ゼラも反撃しようと、拳を放ったりするも、全ていなされた上で強かな反撃が加えられた……。

 


 テノンはゆっくりと立ち上がった。


「僭主ネルアは根拠地カツマに帰った。新政府はヤイヅを含めた親トトワもとい反新政府連合と、カツマにあるネルア派との二面作戦を強いられるのだ。これが好機なのだ」

「そういう訳か……」


 ゼラはよろよろと上半身を起こし、血反吐をぺっと吐き出した。


「我々は先遣隊だが、いずれヤイヅ本軍も合流するだろう。奴らの思い通りには決してならん事を教えてやる」

「それで、コン村を陣営にでも使うつもりか?」

「協力はしてもらう」


 ゼラは反吐が出る思いだった。先程の血反吐のように、思い切り吐き出せる代物なら良かったが……。

 しかし、それ以上に腹立たしいのは、何も出来ない自分自身なのであった。

 ゼラは後手に縛られ、立ち上がらされた。


「よし、村へ向かおう」


 テノンの一言で、彼らはコン村へ向かう。

 縛ったゼラの左右に兵士がつき、常に目を光らせつつであった。

 成る程、テノンだけならゼラなど恐るるに足りぬが、彼の部下はそうではないのだ。


(慰めにもなりやしねえ……)


 ゼラは思わず苦笑した。


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