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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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トトワの少女とカツマの少女

 ゼラとサーマの2人は、商店の立ち並ぶ路地に出向いた。


「1流の店とはいえないようですが、わたし達にはこれで充分だと思います」

 

 サーマが案内したのは、菓子店であった。

 外に真っ白な椅子とテーブルが置かれ、そこで食すのだ。

 異国の少女2人。片や異国の装いで、片やカナリスの婦人服を身にまとった2人。少々異様な姿は、人々の視線の的となる。

 だが、2人は気にしなかった。もう既に、慣れきっていた。


「何がお勧めだ?」

「そうですね、紅茶とタルトにしましょうか」

 

 サーマが店員を呼び、メニューを指差して注文する。


「カナリスの言葉しゃべれるんだな」

「そりゃあ、3年もいますからね」

 

 サーマはそう言って笑った。

 運ばれてきたのはゼラにとって、始めてみるものだった。


「良い匂いだな」

 

 ゼラはくんくんと嗅ぐ。


「その、フォークというので食べるんです。紅茶はミルクが欲しければわたしに言ってください」

 

 ゼラはサーマの見様見真似で食べ始めた。


「確かに旨い。でも、菓子の方が好きだな」

「これも菓子ですよ。カナリスの」

 

 紅茶をぐいっと飲む。


「これは、茶の方が好きだな」

「これも、紅『茶』ですよ」

「お茶葉を使ってるんか?」

「ええ、そうです」

 

 サーマは頷く。


「全然違うな」

 

 ゼラが唸る。


「異文化の食事というのは、興味深いでしょう?」

 

 サーマは慣れた手つきで、タルトと紅茶を口に運ぶ。


「おらは、故郷の食事が懐かしいな」

「実はわたしもです」

 

 2人は笑い合った。


「おら、サパンの夢を見るんだ。向かってた船の中でも見た。この土地でも見てしまう」

 

 サーマは微笑む。


「わたしも同じです。でも、泣いている場合じゃありません。わたしにはすべき事があるんです」

 

 泣いた事があるのか。故郷が懐かしく、枕を濡らした夜があったのか。この年で遠い異国にいるなら当然だ。とゼラは自分を棚に上げて思った。


「すべき事?」

 

 サーマは頷く。


「じゃあ、聞く」

 

 ゼラは真剣な表情になった。


「ぬしらは、カツマは、何を企んどる」

「企むとは、人聞きの悪い事と思います」

 

 サーマが口を尖らす。


「カツマは、サパン国の事を思って動いております」

 

 ゼラは首を振る。


「そうは思えねえ」

「いえ、そうです。むしろ、トトワ王朝こそ……」

「サパン国をどうするつもりだ?」

「共和国です」

「共和国?」

 

 ゼラは首を傾げた。


「そう、この国は大統領が治めています。民衆から選挙で選ばれた大統領が、国政を担う」

 

 サーマは誠実な表情で言った。


「わたしは、サパンをそんな国にしたいと思っています。世襲によってではなく、その資格ありと見なされた人間が治める国が共和国なんです」

「トトワではいけねえだか?」

 

 ゼラは視線を外し、空の皿とコップを眺めた。真白の陶磁器だ。


「近代国家にならなければなりません。そうでなくばヨウロの列強に食い潰されます」

「その資格が、シミツ家にはあると?」

「いえ、今でこそ便宜上カツマの派閥が強いかもしれません。じゃっどんいずれは民衆から優秀な人材を獲得し、近代化への道筋を歩んでいく。残念ですが、トトワ家にそれは出来んと思います。長く治め過ぎました」

「わざわざ天下ひっくり返すてことは、戦さ起こすという事か?」

「最悪、それも有り得ます」

 

 サーマは顔を強張らせた。


「トトワのままでも、近代化は出来る。実際、おら達を遣わして学んで来いと」

 

 ゼラの口調は穏やかであった。


「結局、封建体制は続く事になります。それではいつまでたっても、トトワだシミツだ、といがみあい続ける事になります。それではいかんのです。今サパンは1つにならねば」

「ぬしの言ってる事は全然分からねえ」

 

 ゼラは椅子に寄り掛かった。


「ぬしらカツマは、トトワに取って代わろうとしている。そうでないとどうして言える?」

 

 サーマはむっとした。


「ただ単に、トトワ家からシミツ家に変わるだけだ。そうでないとどうしていえる?」

「そうではありもはん!」

 

 サーマは強く首を振った。


「断じてそげな事は」

「ぬしの言ってる事は、結局、シミツがトトワに取って代わると言ってるんでねえが。もし、それで上手くいかなかったらどうする?天下取ったシミツが、特権手放ねえで、腐敗したら……!」

「そうはさせもはん」

 

 サーマは言った。


「ぬし1人に何が出来る」

「出来るではなく、するかしないかです」

 

 ゼラはむすっとした表情で黙った。


「確かに、カナリスとは違い、海の向こうのエガレスでは、王がおります。選挙によって首相を選び、王の名の下に任命するとです。あくまで実権は首相と内閣が握ります。そういう国家の形もありますが……」

「それじゃ、駄目?」

 

 サーマは首を振る。


「それは、わたしには分かりません。ただ、カツマの方針では、トトワをあくまで倒すと」

「なんだ、ぬしの意見じゃなかったか。これまでのはぬしの考えじゃ……」

 

 サーマはむっとした。


「わたしだって、色々考えております」

 

 ゼラは笑った。


「ま、おらの言う事も、誰かの受け売りかもしんねえ。悪かった、気にするな」


「すまねえな、金出して貰っておいて、あんな喧嘩売る様な事」

 

 ゼラは頭を下げた。


「いえ、気にしてません。むしろ、大いに刺激になりました。わたしは自分の考えを疑ってはおりませんでしたが、改めて考えてみたいと思います」

 

 サーマはにっこりとする。


「ぬしは凄げえと思う。おらと比べたら、真面目で、才媛で、天下国家の事考えとる」

「からかわないで下さい」

 

 笑顔が苦笑に変わった。


「じゃ、また」

 

 ゼラも微笑む。


「ええ、ぜひ」

 

 2人はそうして、自分達の宿泊先へ戻っていった。




「どうだった?街の探索は」

 

 リュカが言った。


「いえ、おらと同い年で、立派な人もおるもんだな、と思いやした」

「ん、何か良い出会いがあったみたいだな」

 

 リュカは微笑んだ。

 彼は、荷物を整理していた。

 到着してすぐ、使節の代表のカルプ王子のもとへ呼ばれたのであった。


「手伝いやしょうか」

「ああ、助かるよ。でもな、その出会いは大切にするんだぞ。サパンから遠いこんな異国だからこそ、しがらみの無い人と人との出会いは、真に良き出会いになるはずだからな」

「肝に銘じやす」

 

 しがらみは無い訳ではなさそうだ、とゼラは思ったが、心に閉まって置く事にした。


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