トトワの少女とカツマの少女
ゼラとサーマの2人は、商店の立ち並ぶ路地に出向いた。
「1流の店とはいえないようですが、わたし達にはこれで充分だと思います」
サーマが案内したのは、菓子店であった。
外に真っ白な椅子とテーブルが置かれ、そこで食すのだ。
異国の少女2人。片や異国の装いで、片やカナリスの婦人服を身にまとった2人。少々異様な姿は、人々の視線の的となる。
だが、2人は気にしなかった。もう既に、慣れきっていた。
「何がお勧めだ?」
「そうですね、紅茶とタルトにしましょうか」
サーマが店員を呼び、メニューを指差して注文する。
「カナリスの言葉しゃべれるんだな」
「そりゃあ、3年もいますからね」
サーマはそう言って笑った。
運ばれてきたのはゼラにとって、始めてみるものだった。
「良い匂いだな」
ゼラはくんくんと嗅ぐ。
「その、フォークというので食べるんです。紅茶はミルクが欲しければわたしに言ってください」
ゼラはサーマの見様見真似で食べ始めた。
「確かに旨い。でも、菓子の方が好きだな」
「これも菓子ですよ。カナリスの」
紅茶をぐいっと飲む。
「これは、茶の方が好きだな」
「これも、紅『茶』ですよ」
「お茶葉を使ってるんか?」
「ええ、そうです」
サーマは頷く。
「全然違うな」
ゼラが唸る。
「異文化の食事というのは、興味深いでしょう?」
サーマは慣れた手つきで、タルトと紅茶を口に運ぶ。
「おらは、故郷の食事が懐かしいな」
「実はわたしもです」
2人は笑い合った。
「おら、サパンの夢を見るんだ。向かってた船の中でも見た。この土地でも見てしまう」
サーマは微笑む。
「わたしも同じです。でも、泣いている場合じゃありません。わたしにはすべき事があるんです」
泣いた事があるのか。故郷が懐かしく、枕を濡らした夜があったのか。この年で遠い異国にいるなら当然だ。とゼラは自分を棚に上げて思った。
「すべき事?」
サーマは頷く。
「じゃあ、聞く」
ゼラは真剣な表情になった。
「ぬしらは、カツマは、何を企んどる」
「企むとは、人聞きの悪い事と思います」
サーマが口を尖らす。
「カツマは、サパン国の事を思って動いております」
ゼラは首を振る。
「そうは思えねえ」
「いえ、そうです。むしろ、トトワ王朝こそ……」
「サパン国をどうするつもりだ?」
「共和国です」
「共和国?」
ゼラは首を傾げた。
「そう、この国は大統領が治めています。民衆から選挙で選ばれた大統領が、国政を担う」
サーマは誠実な表情で言った。
「わたしは、サパンをそんな国にしたいと思っています。世襲によってではなく、その資格ありと見なされた人間が治める国が共和国なんです」
「トトワではいけねえだか?」
ゼラは視線を外し、空の皿とコップを眺めた。真白の陶磁器だ。
「近代国家にならなければなりません。そうでなくばヨウロの列強に食い潰されます」
「その資格が、シミツ家にはあると?」
「いえ、今でこそ便宜上カツマの派閥が強いかもしれません。じゃっどんいずれは民衆から優秀な人材を獲得し、近代化への道筋を歩んでいく。残念ですが、トトワ家にそれは出来んと思います。長く治め過ぎました」
「わざわざ天下ひっくり返すてことは、戦さ起こすという事か?」
「最悪、それも有り得ます」
サーマは顔を強張らせた。
「トトワのままでも、近代化は出来る。実際、おら達を遣わして学んで来いと」
ゼラの口調は穏やかであった。
「結局、封建体制は続く事になります。それではいつまでたっても、トトワだシミツだ、といがみあい続ける事になります。それではいかんのです。今サパンは1つにならねば」
「ぬしの言ってる事は全然分からねえ」
ゼラは椅子に寄り掛かった。
「ぬしらカツマは、トトワに取って代わろうとしている。そうでないとどうして言える?」
サーマはむっとした。
「ただ単に、トトワ家からシミツ家に変わるだけだ。そうでないとどうしていえる?」
「そうではありもはん!」
サーマは強く首を振った。
「断じてそげな事は」
「ぬしの言ってる事は、結局、シミツがトトワに取って代わると言ってるんでねえが。もし、それで上手くいかなかったらどうする?天下取ったシミツが、特権手放ねえで、腐敗したら……!」
「そうはさせもはん」
サーマは言った。
「ぬし1人に何が出来る」
「出来るではなく、するかしないかです」
ゼラはむすっとした表情で黙った。
「確かに、カナリスとは違い、海の向こうのエガレスでは、王がおります。選挙によって首相を選び、王の名の下に任命するとです。あくまで実権は首相と内閣が握ります。そういう国家の形もありますが……」
「それじゃ、駄目?」
サーマは首を振る。
「それは、わたしには分かりません。ただ、カツマの方針では、トトワをあくまで倒すと」
「なんだ、ぬしの意見じゃなかったか。これまでのはぬしの考えじゃ……」
サーマはむっとした。
「わたしだって、色々考えております」
ゼラは笑った。
「ま、おらの言う事も、誰かの受け売りかもしんねえ。悪かった、気にするな」
「すまねえな、金出して貰っておいて、あんな喧嘩売る様な事」
ゼラは頭を下げた。
「いえ、気にしてません。むしろ、大いに刺激になりました。わたしは自分の考えを疑ってはおりませんでしたが、改めて考えてみたいと思います」
サーマはにっこりとする。
「ぬしは凄げえと思う。おらと比べたら、真面目で、才媛で、天下国家の事考えとる」
「からかわないで下さい」
笑顔が苦笑に変わった。
「じゃ、また」
ゼラも微笑む。
「ええ、ぜひ」
2人はそうして、自分達の宿泊先へ戻っていった。
「どうだった?街の探索は」
リュカが言った。
「いえ、おらと同い年で、立派な人もおるもんだな、と思いやした」
「ん、何か良い出会いがあったみたいだな」
リュカは微笑んだ。
彼は、荷物を整理していた。
到着してすぐ、使節の代表のカルプ王子のもとへ呼ばれたのであった。
「手伝いやしょうか」
「ああ、助かるよ。でもな、その出会いは大切にするんだぞ。サパンから遠いこんな異国だからこそ、しがらみの無い人と人との出会いは、真に良き出会いになるはずだからな」
「肝に銘じやす」
しがらみは無い訳ではなさそうだ、とゼラは思ったが、心に閉まって置く事にした。