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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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王女

 サーマは覚悟を決めたつもりでいた。王の側室になってしまうのなら、それを受け入れた上でそれからどうすればいいか考えればいい。むしろ、立場を得れば自分のしたい事も出来るようになるのでは?

 一晩考えて覚悟を決めたはずだったのに。

 謁見の間に座り、下を向いて畳をじっと見つめる。そうするしかなかった。

 動悸の激しさを覚え、手が震えているのをぐっと抑える。

 しばし待たされた。永遠と思える時間だった。そしてどこかで、この時間がずっと続いて欲しいと思う自分を自覚する。


「カツマ藩主にして、偉大なるサパン国王陛下の御成り!」


 朗々とした声が聞こえたかと思うと、上座にすっと入ってくる人物がいた。その者はゆったりと優雅な動作で座ると、サーマをじろじろと見てきた。

 サーマはひたすら頭を下げていた。


「エルトン・サーマ、よく来てくれたの」

「麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存知奉りまする。この度、陛下の御為に参上仕りました」


 サーマは畳に向かって麗句を叩きつける。


「顔を上げよ」


 ネルア王は、面倒くさそうに言った。

 サーマは恐る恐る顔を上げ、王を見た。

 痩せぎすで、壮年の王はサーマに微笑みかけた。


「わしの為とは嬉しい事を言ってくれる」


 サーマは拳をぐっと握り締め、改めて覚悟を決めようとした。

 横のタヤキが頷く。


「教養も豊かで、渡ヨウロ経験もある才女です。陛下にもふさわしいおなごと存じまする。わたくしが拝見するに、大勢の子供達に教える様を見るにつけ……」


 ネルア王とサーマをここまで連れてきた青年タヤキは笑い合った。


「のう、サーマとやら」


 王が笑いかけてくる。サーマは必死で跪き返答した。


「はっ」


 こういう時は言葉が浮かばないものだと知った。


「娘は気難しいからの。頼んだぞ」


 ネルア王の言葉はサーマにとって不思議なものだった。


「お主に来てもらったは、我が娘にヨウロの文明、礼儀、学問、技術について教えてやって欲しいからじゃ」

「……は?」


 サーマは思わず口に出していた。

 その様子を見たネルア王は、タヤキに言った。


「なんじゃ、説明しておらなんだか」


 タヤキも目を丸くする。


「お、お言葉ながら、体のいい方便だと……。まことで御座いましたとは……」


 狼狽するタヤキに王は激高した。


「たわけ!」


 立ち上がって、タヤキに歩み寄る。恐縮し跪く青年。


「わしがそれを真に望むなら、そう言うておるわ!!」

「申し訳ございませぬ…」


 扇子で打ち据えようとして、王は寸前で思い留まりサーマの方を向いた。


「いや、しかしなかなかの美形じゃ。タヤキもそう思っても仕方なし。わしとて男じゃ妾にお主がおれば……」


 サーマとしては笑えない冗談だった。


「お主に娘を任せたい」


 ネルア王の言葉にサーマは恭しく礼をした。


「謹んで拝命致します」


 謁見の間を出で、廊下を歩いた時、一気に安堵感が襲い掛かって、よろけそうになるくらいだった。

 横のタヤキに気づかれぬよう嘆息する。もっとも、タヤキはというと申し訳なさと恥ずかしさで、落ち込みきってサーマに目を配るどころではなかったようだが。

 しかし、娘の教育係に自分とは。何を目的としているのか。純粋に娘の為か。こんな時期にというのが気にかかる。

 何かしらの政治的思惑があるのだろうか。自分は開明的な君主であると内外に示す為だろうか?

 確かに、王の娘であり、もはや王女となったミラナ王女と年が近く、かつヨウロへ留学経験のある女子は自分くらいのものだ。

 この際、気持ちを切り替えてみる。王女を新時代のロイヤルファミリーにふさわしいお人に育てる手伝いが出来たら、これ以上ない喜びであり誇りではなかろうか。

 サーマは途端にワクワクしてきた。

 タヤキとは途中で分かれた。

 豪奢な襖扉の前で、タヤキは跪き止った。

 扉が開かれ、女官が現れた。

 細めで神経質そうな感じを受ける女官だ。またもや、サーマは値踏みされるような視線を味わう。


「ここからは、男子禁制でございますので、わたくしが」


 その女官に連れられ、サーマは歩く。

 女官の後ろを歩いていると、突然顔面に衝撃が走った。

 思わず呻いて、顔を押さえるーマ。

 目の前の空間は何も無いはずだ。

 触ってみると、サーマの顔の高さくらいに見えない壁があった。しかし、その下の空間には何も無い。手が宙を切る。くぐれはするようだ。

 ふと、侍女を見ると彼女はクスクス笑っている。


「申し訳ありもはん。外の人間にだけ当たる壁があるのです」

「ほ、法術ですか……」


 涙を拭ってから、サーマは紅潮して言った。


「左様。有能な術師なら、見破ると思っておりもしたが」


 女官の口調は棘があった。


「侵入者はこれで、一瞬足止めを食らいもす。もしもの時は全体に壁を張りもす」


 サーマは横を向いて襖を見る。


「もしや、この向こうで術師が…」


 女官は頷いた。

 ちょっと歩いて、またサーマは立ち止まった。しかし今度は自発的にだった。


「失礼」


 サーマは見えぬ壁に手を重ね、魔動の呪文を唱えた。魔動のエネルギーは自然からを集めるのだが、周囲からそれを集めるのに特化した呪文を唱えたのだ。すると、廊下の横の襖の奥から


「ああっ、そんな!」


と悲鳴が聞こえた。


「心配はいりもはん。この壁のみを破壊しもした。術師には影響が及ばぬように」


 サーマは微笑んで、悠々と歩き出した。たじろぐ女官は慌てて案内の役目を再会する。

 先程とは違い、前方全てを塞ぐ壁か。あまり歓迎されていないのだろうか。

 不安に思いつつも、女官の後ろを歩く。


「ここです」


 豪奢な襖扉だった。

 女官が恭しく開けると、上座に1人座る少女の姿があった。その少女はまじまじとサーマを見つめた。


「よく来たのう。父上も素晴らしい教師をよこしてくれた」


 扇子で手の平をバンバンと叩きながら、口角を上げている。


「姫様におかれましては、麗しきご尊顔恐悦に存じます」


 跪くサーマに対して、朗々とした声が響いた。


「よくぞ『空壁』を破って見せた。見事であるぞ。だが、わらわには既に教師がおる。ヨウロの作法とやらも、わらわには必要ない」


 ミラナ王女は笑った。


「宮の奥におるわらわには、奥での作法のみしかいらぬのじゃ」


 下座に控えた侍女達もクスクス笑っている。

 サーマは顔を上げた。


「恐れながら、申し上げてもよろしうございますか」

「ああ」


 ミラナ王女は頷いた。


「わたしが参りましたは、陛下の命にて、姫様をヨウロの王侯貴族とも対等に渡り合えるようにする為です。作法がなっていない者は馬鹿にされもす。残念ながら、ヨウロ諸国の力が強い今、サパン国のみの作法ではヨウロ人には相手にされもはん。ヨウロの作法、文化、学問、軍事、政治体制、そして魔動を学ばなければ、サパン国は食い潰されます。そして姫様におかれましては、あれがサパンの姫君なのかと虚仮にされてはならないのです。サパンにミラナ王女有りと思わせなければならないのです。わたしはそのお手伝いをする為にここに来もした!」


 女官達がぎょっとした表情でサーマを睨みつけていた。

 口からでまかせであったが、サーマとしては本心だった。

 王女は溜息をつく。


「分かった。父上のつけた教師とあらば」


 そして微笑んだ。


「とりあえず、カナリスでの留学の話を聞かせてくれ」


 好奇心旺盛で聡明そうな笑顔だった。貴人としての風格も兼ね備えている。


「分かりもした」


 サーマも微笑む。


「実はわたしも、渡航する前は、何故行かなければならないのかと、正直嫌でございました。他の皆も恐らくそうだったでしょう。やる気だったのは使節団の長イワラ様と一部の者だけだったのではないでしょうか?大抵は『ヨウロが何程の事やあらん』と思うておりもした。ですが……ヨウロは渡航する先々で植民地なるものを持っておりもした。夜も眩い程に明るく、町並みは整備され、言葉もありませんでした……」


 サーマは真剣に語りだした。


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