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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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義賊を名乗る旧友

 ゼラはアカドを北に向かった。

 都市アカドを離れると、いっきに人家が少なくなる。ゼラは主に山道を進んで人目をしばらく避ける事にした。

 夜半歩き通し、これまでの疲れがどっと襲ってきたので、どこか眠れる場所を探す。心身共に疲労が溜まっていた。

 サーマのように長距離航海の後宿屋で身を休める事叶わず、牢獄と恩師の死そして逃亡、ゼラは体力に自信があったが、疲労を実感していた。

 しばらく歩くと、廃寺があった。草木が生い茂り、障子もボロボロで、人気は全く無い。

 ゼラはそこでご厄介になる事にした。

 境内に入り、ぎしっとなる戸を空け、寝転がる。

 ……眠りについた。

 どれくらい時間が経ったか。ゼラは何か夢を見ていたような気がしたが、目を見開くと、周囲に気配を感じた。

 法術は使えなくなっても、法力はまだ感じ取れる。だが、今周囲に潜む者達はそんなものは醸し出していなかった。音や息遣い、話し声がしただけであった。

 ゼラはばっと起き上がり、息を潜めた。

 彼らはゲラゲラ笑いながら入ってきた。


「いやあ、今日も儲けた」

「ああ、やはりお役人は持ってますなあ」


 下卑た笑い声は突然やんだ。

 彼らは先客の姿を発見したのだ。


「何者だ」


 1人が棒切れみたいなものを振り回してきた。

 ゼラはさっとかわし、腕をつかんで肘を後頭部に叩きつけた。

 呻き倒れこむ人影。


「てめえ!」


 もう1人がキラりと光を反射させるものを振りかぶる。

 刀だ。

 ゼラは背後に飛び移り、木材を投げつけた。

 刀で払おうとして、手を痛め悲鳴をあげる人影。

 その時、月明かりに照らされ、廃寺の彼らの輪郭だけでなく、表情まで浮かび上がった。


「ゼ、ゼラ!」


 者共の1人が声を荒げて、口をあんぐりした。


「ぬしは……」


ゼラには見知った男だった。


「おお、トマイか」

「いひひ」

 

 トマイは、変な笑い声を上げて、愛想笑いらしきものを浮かべた。

 ゼラにのされた彼らが呻きながら立ち上がる。


「すまねえ、ゼラと知らずに」

「ぬし、何してんだ?」

「い、いや、ちょっと……」


 彼らが背中に抱える袋をゼラはじっと見る。


「悪代官を脅しつけて、金を分捕ってきた。何が悪い。あこぎな連中から民草へ取り戻してやっただけだ!」


 トマイは拳を振り上げて言った。


「なんだ、盗賊まがいな事してるとはな……。昔は物乞いやったり、残飯漁ったりしてたのに」

「ゼラも一緒だったろ」


 トマイは鼻を鳴らした。


「お前だけ、お偉いさんにアカドに連れてってもらえてよ!」

 ゼラは微笑んだ。


「すまねえ、羨ましかったか」

「羨ましいって、もんじゃねえ」


 トマイは床に座り込んだ。


「ゼラ、アカドは今どうなってる?お前がこんな所に来たって事は……」

「ああ、いられなくなっちまった」

「ああ、4藩連合か。知っているか、そろそろ戦が始まるかもしんねえ」

「なじょしてだ」


 ゼラもあぐらをかいて座り込んだ。


「トトワと深いつながりのあった藩は北に多い。特にヤイヅ藩は目の仇にされとる。我らの故郷さ」

「故郷か。あまり感慨はねえな」

「感慨とは、難しい言葉を使うようになって…」

「そうか?」


 ゼラとトマイは笑い合った。

 彼らにとっては、孤児として過ごした故郷に、何の思い入れも無かった。特にゼラにとってはもはや、シンエイに拾われ過ごした、王都であったアカドこそが故郷のような気さえしていた。下手をすれば海の彼方のカナリスの都パラスの方がまだ……。


「ヤイヅと4藩連合の仲がこじれつつある。ヤイヅと4藩連合の中を取り持っていたヤイヅ藩家臣も自害したらしい」

「なじょして?」

「分からん。つまりもう仲良くさせようとする者はもういないってこった」


 ヤイヅ藩家臣のザンバーは、4藩連合寄りの裏切り者との汚名を着せられ、藩内部で孤立した結果、自害した。という話は彼らの知る所ではない。

 サパン国の北側には、トトワ家臣や軍の残党が逃れた。それをどこかの藩が匿っているに違いなかった。

 4藩連合としても、新時代の到来のデモンストレーションを行いたかったのだろうか。

 トマイは顎をさすった。


「大戦になるかもしれん。だからアカドに向かおうと思ったが、兵士が多いだろうし、やっぱり止めて、今はここに留まってる」

「そうか。あまり悪い事はするなよ」

「何を言うか。これは世直しだよ。分かるだろ。いずれ、4藩連合の連中からも奪ってやる!」


 ゼラは苦笑した。


「義賊のつもりか。それともいい訳かそれとも嘘か」

「義賊だね」

「自分で名乗る義賊っているんか」


 トマイは笑った。


「名乗らなきゃ、分かってもらえねえ時代なんだよ」

「人にそう呼ばれて初めて義賊じゃねえのか?」

「お前は昔から、小賢しいところがある!」


 トマイは立ち上がって部屋の中を歩き回り始めた。


「言っておくが」


 ゼラの声は深く響いた。

 トマイの足が止まる。


「殺しと乱暴だけは止めとけ」

「ああ、こちとら掟がある。言われるまでもねえよ」

「そうか」


 ゼラは立ち上がった。


「おい、どこへ行く」

「ぬしら、追われてるぞ」

「な、何?」


 トマイと彼の仲間は互いを見やり、外の方を向いた。


「逃げるんなら今のうちだ」

「だから何言ってんだ」

「気配がする」


 ゼラの言葉にトマイは狼狽した。かつて、彼女のこの言葉の信憑性を彼は何度も味わった。


「魔動の気配がまばらに近づいてくる。あれは魔動銃かな?」

「えらいこった。逃げるぞ!」


 トマイが叫んだ。

 彼とその仲間達は廃寺を走り出ようとした。


「おい、こういっちゃ何だけどよ、手助けしてくんねえか?」


 トマイがゼラに笑いかけて言った。


「よせよせ、おらは既にお尋ね者だ。一緒にいると余計まずいぞ」


 ゼラは不敵に応えた。


「……何やらかした?」


 ゼラは微笑んだ。


「おらは心配ねえから早く行け」


 気配がどんどん近づいてくる。数は最低10はあるようだ。


「じゃあな、またいつか!」


 トマイは夜闇に走り消えていった。


(戦えない事もねえ)


 いや、今の自分は法力が使えない身なのだ。それを忘れてはいけない。


「……仕方ねえ」


 ゼラも逃げる事にした。

 走り出す。

 気配からは遠ざかるのは容易だが、他にも動員があっているかもしれない。下手すると山狩りかもしれなかった。

 トマイらの心配をちょっとしたが止めた。あまり同情するのもよろしくないだろう。

 盗賊と逆賊か。

 ゼラは思わず笑ってしまう。

 

 

 新サパン暦1年11月5日の事である。無論ゼラは改暦された事など知らない。

 サパンの新王ネルアが、カツマに向けてアカド城を発った。

 単純な行幸というものではなかった。

 その数日前、連合軍を統合し再編成し、その総大将にネルア自身が就こうという構想を、4藩連合の代表が固辞した。というより、現状は無理だから今は現状の連合軍のままでいくというのだが、これだけではネルアは怒りはしなかっただろう。ならばいずれ軍の総帥へと望んだのだが、近代軍を整備するに辺り、まずは民衆から徴兵をし、陸軍省と海軍省なるを設立、国王には実質の権限を与えず、というのだ。つまり、近代国家としてサパン国を生まれ変わらせようとする新政府の考えが、国王ネルアを激怒させたといえる。彼とすれば、新国王となったのに、自分の意見がほとんど通らぬ現状に不満を募らせていったのだろう。

 ほんの小休止の後、燻った火種が、時代のうねりとなって現れ始めた。


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