師のもとへ
ゼラとリュカの2人は20日程檻に入れられ、遂に出られる事になった。これは温情と言うべきか、それとも、法術を封じられた法術師に対する余裕というものか。
「我等が慈悲を噛み締め、これからは新時代の為、サパン国の為に尽くす事じゃ!」
看守が居丈高に言い、ゼラとリュカの手錠を外す。
牢から出で、地下の階段を登り、久方ぶりに日の光を浴びた2人は眩しげに俯いた。
「どうじゃ、おはんはもはやただの小娘、身を慎みトトワ家の為でなくサパン国全体の事ば考え社会に貢献する事じゃ」
「へいへい」
ゼラの投げやりな返答に苛立った看守が、腕を振りかざす。
「よせ、ぬし怪我すっぞ」
「何だと、小娘が!」
ゼラは、看守の殴りかかる腕に手を添えて、もう片方の手で首元に手刀を叩き込んだ。
看守が倒れこみ、他の看守が身を乗り出すも、ゼラに睨まれ、おじけづく。
「さあ、早く出ろ!」
彼は語気を強めてそれをごまかしたが、囚人2人を外に出すと、慌てて外へ通じる門戸を閉じてしまった。
「おい、まったく、お前という奴は、喧嘩っ早いのが玉に瑕だな」
呆れた様に言うリュカに、ゼラはニッカリと笑った。
「気が立ってて。すいやせん、法術使えなくなった今、自重しなきゃなんねえですね」
「それよりも、今どういう情勢か知りたい。シンエイ様は無事か」
「その通りですね。…正直、おらはトトワ家がどうのなんて、どうでもいいです。シンエイ様と親しい人達が、トトワの人間だった。それだけです」
「ま、それも充分立派な事だ。政治的だの思想的だの言うが、結局のところ自分がどの陣営に属しているか、それで人は動くんだろうな」
リュカは苦笑いした。
「俺も実際、トトワ国に対して気持ちが寄り過ぎた。新政府をどうも気に入らねえ。例えあいつらが正しいとしても、そう思うだろう」
2人は法術奉行だったシンエイがいるはずの、法術方奉行所にまず向かった。
夜通し歩いて、着いたのは早朝の事である。
港町アウラから元王都のアカドまでの道のりに、リュカは疲労困憊であった。
「リュカさん、歩き切りましたね」
「お前、俺を馬鹿にしているな」
リュカが脹脛をしかめ面でバンバン叩きながら言った。足を引きずりながら歩く彼は、目の前で顔色1つ変えない健脚の持ち主を恨めしそうに見た。
2人は目的地にたどり着くと、咄嗟に身を隠した。
中から、新政府の軍服を着た人間が出てきたからだ。あの忌々しい黒い西洋服だ。
その者は欠伸をしてまた中に戻っていった。
「やはり既に接収されていたみたいだな」
リュカの言葉にゼラは頷く。
「やっぱりシンエイ様の法力を感じる」
ゼラは奉行所の建物をじっと見た。
「という事は、中に囚われているのか?」
とリュカ。
2人目を合わせる。
「…自重しろよ」
「勿論ですよ」
釘を刺すリュカに、面倒臭そうにゼラは返答した。
しばらくじっと奉行所を見張った。
夜が明け、日が差してきた。
兵士が数人出てきて往来を歩いていく。
「あの奉行も潔いといったら、潔いな」
「ま、新政府としては死んでもらうしかないのか」
「誰が命じたんだ?」
「さあ、知らんな。上の方さ」
兵士達がそう話すのが聞こえた2人の胸中に寒風が差し込んだ。
リュカは拳をぐっと握り、地面を殴った。
「ちくしょう、ふざけやがって」
ゼラがそっと立ち上がって、歩き出す。
「おい、何をする気だ」
そう言って、ゼラの隣を歩き出す。
ゼラは兵士達をつけているのだった。
「下手に騒がないで下さいね。気づかれたら、全て水の泡です」
「お前という奴は……」
図られたリュカは黙ってゼラの尾行に付き合った。
いくつか路地を曲がり、人気のないところに辿り着くと、兵士達がそろりと後ろを振り返った。
「尾行が下手じゃなあ!」
彼らに笑われたゼラは構わず歩いて近寄る。
兵士達はゼラをまじまじと眺めまたも笑うのであった。
「俺達に買って欲しかとじゃなあ!」
ゼラは突然、1人の兵士の脛を蹴り、態勢を崩した兵士のその腕に抱えていた魔動銃を掴み奪い取り、それで一撃。それから即座に、もう1人の兵士の顔面に一回転しながら叩き込む。
最後の1人はサーベルを抜いていた。
「貴様!」
斬りかかって来る太刀筋をかわすと、剣を持った腕を掴み壁に押さえ込む。しかし抵抗する兵士、今度は逆にゼラが壁際に抑え込まれ、銃も放してしまう。
危険だ!
リュカから見ても、ゼラは兵士と比べて小柄だ。いくらゼラが強靭な身体を持とうと、法術を封じられた今は……。
リュカは兵士が落とした魔動銃を拾う。
しかし兵士の腕はゼラに掴まれぐわんぐわんと動き、幾度かゼラと兵士は壁際の位置を交換するのであった。
すると、ゼラが兵士の腕を一瞬さらに高く上げ、懐に入り込み、膝を数回。呻く兵士の腕を掴みサーベルを落とさせ、その勢いを利用しているのか、ぐるんと兵士を地面に叩きつける。
兵士の腕を両手で握ったゼラはその手を離した。
呆気にとられるリュカを尻目に呻いていた別の兵士のもとに行き、胸倉を掴んだ。
「おい、ぬし、シンエイ様は今どうしてる?」
兵士は呻いて答えない。
平手で殴り、再び問うゼラ。
「もう一度訊く。シンエイ様は無事か?」
兵士は激しく頷いた。
「頼む、殺さないでくれ」
「ああ、殺しはしない。今奉行所の中にいるんだな?」
「……そうだ。だが、もうすぐ斬首になる。無駄だ諦めろ」
「なじょしてだ!?」
「知らん。法術奉行だからじゃねえのか?新政府にとっては目障りなんだろ」
「刑の執行はいつだ!?」
リュカが語気強く尋ねた。
「……2日後だ」
「分かった。助かったよ」
ゼラはすくっと立ち上がった。
リュカは頷く。
2人は路地を何食わぬ顔で抜け出し、往来に戻る。
「お前、ああいう事は1度や2度じゃないんだろ。手際が良いったら」
リュカが冷笑的に言う。
「いえ、結構手こずりました」
ゼラは素っ気無く応えた。