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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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青空教室

 タロの葬式で、ひと悶着あった事は軽く触れる程度でいいだろう。タロの母はまたもやサーマに食って掛かった。その言い振りにサーマの父が抗議するなど、なんともな葬儀であった。前途ある若者の死はそれ程悲惨なのだ。

 サーマは寝床で、天井を見つめたまま寝付けない自分を自覚した。

 タロの母親に言われた事が予想以上に胸に突き刺さっているのだと、改めて思い知る。

 起き上がって縁側に出る。

 外は月夜だった。

 満月をぼうっと眺める。

 ふと、涙が頬を伝うのを感じた。

 本当は、留学の成果をタロに見せたかったのだ。自分が向こうで何を学んで来たか、何を見てきたか、つぶさに語り聞かせたかった。彼ならそれも喜んでくれるだろうと。時折藩を通じて国際便を送ってくれ、近況報告をしてくれた彼なのに。

 何故、死んでしまったのだ。

 

 その数日後の事であった。サーマは何かして気を紛らわそうと積極的に家の手伝いをしたりしており、その一環としてサーマが井戸から水を汲む作業をしていると、子供達がじっと彼女を見つめていた。


「何?」

 

 サーマは優しく言った。

 子供達はぽつりと口を開いた。


「向こうで凄か事ば学んできたと?」

 

 サーマは微笑んだ。


「興味ある?」

 

 子供達はじっとサーマを見つめて頷いた。


「じゃあ、何ば聞きたか?」

 

 サーマの言葉に子供達は口々に言った。


「魔動って凄かと?」

 

 子供達の目はつぶらで輝いていた。興味深げに未知のものに触れようとする目であった。


「おいの親が言うとった。異国には魔動というのがあるって」

「そいなら、安全なのを」

 

 サーマは道に出て、木の棒を拾った。

 そして道端に何か線を引き出す。


「こいが魔動陣」

 

 子供達は目を輝かせていた。

 サーマは円陣の上に手をかざす。


「触って見りゃんせ」

 

 子供達がおおと声を上げる。

 円陣の中に風が巻き起こっているのだ。


「どげんか?」

 

 とサーマ。


「ただの旋風でおわんど。大したもんじゃなかな……」

 

 子供の1人が呆れた様に言った。


「そう言えばそうじゃあ」

「風を起こせるだけか」

 

 がっかりしたように子供達はサーマを見てきた。

 サーマは思わず噴出していた。


「そん通りじゃ。大したもんじゃなか」

 

 声を立てて笑った。


「なんだあ」

 

 子供達は不満げだ。

 どうせ、この魔動の技術は、新政府は厳しく統制するだろう。ヨウロ諸国でもそうであった。誰彼も使い放題では危険極まりないからだ。無論相当の知識が必要で専門性の高いものではあるが、それでも政府の為にのみ使用を許すだろう。

 ふとサーマは危惧するのだ。ならばゼラはどうなる?彼女は魔動こそ使えないだろうがサパン古来の法術を使う。しかもそれはかなりものだ。政府は法術の使用も禁じるだろうか?いや、そうに違いない。特に未だ反新政府の機運が燻り、トトワ王朝の残党も潜伏している今、積極的に禍根は断つに違いない。

 ゼラ!彼女は大丈夫だろうか?

 サーマは懸念を振り払おうとする。ゼラなら大丈夫だ。必ずまた会える。あの不敵で頼りになる笑みを浮かべ、危機を脱するだろう。

 子供達に手を振って、サーマは再び家に戻ろうとした。

 その矢先であった。


「おう、子供に人気じゃの」

 

 サーマは振り返る。その声の主には見覚えがあった。留学生仲間のマリナリであった。サーマと共にカナリスに渡り、サーマと共に帰国した同い年の彼は、自身に満ち溢れた表情で、我が世の春といった表情でサーマに笑いかけた。

 それとは対照的にサーマの表情には曇りがあったか。


「久しぶりじゃの」

「マリナリ。元気そうで何よりでごわんど」

 

 サーマは微笑みかけた。


「今、おいはイワラ様の計らいで、セアクボ様の下で働いとる」

 

 マリナリは言った。


「セアクボ様の!?」

「そうじゃ」

 

 セアクボ・タカトーはカツマ藩の指導的立場にある人物で、新政府の重鎮とすらいえた。


「ここだけの話じゃが、いずれ新政府を本格的に立ち上げる。そん為にまずは反政府の者共を討伐せにゃならんという話になっとる」

 

 それは誰もが予想の出来る事だ。とサーマは思った。

 今のところサパン国は、ネルア公を擁立した4藩連合の代表者同士の合議という形で政が行われている。4藩の協力を頼りとした不安定さと組織機構の未整備さが、皮肉にもネルアの王位に就いているおかげで何とか体裁を保てているのだ。


(いや、ネルア様が突然に即位されたおかげで、不安定な体制に甘んじているのでは……?)

 

 サーマは不敬と知りつつも、そうした考えを拭い得ない。


(トトワ王が禅譲をしたのは罠だったのか?いや、それは考え過ぎか) 

 

 であるから、体制の強化は不可欠なのだ。


「ネルア陛下のご意向か?」

 

 サーマの質問にマリナリは笑いながら首を振った。


「いいやあ、セアクボ様は勿論、チャルク藩のケイデ殿を始めとした方々の総意じゃ」

「そうか……」

「ここだけの話、ネルア陛下は、啓蒙専制君主になるとうそぶいておられるが、その実傀儡みたいなもんじゃ」

 

 マリナリにあっさりとサーマがこれまで遠慮していた壁を越えられた気がした。いや、これが新政府に出仕し直に新時代に接する者の感覚なのだろうか?


「か、傀儡……」

「そうじゃ、だからこそ我々は気を遣わねばならん!いずれ御退位頂くのがセアクボ様の考えじゃ」

「そうか……」


 こうまではっきり言われるとは思わなかった。少しネルア陛下が不憫に思ってしまった。

マリナリは大笑いした。


「おはんも、新時代の為に働きたかろ?じゃがまだ許婚が亡くなったばかり。まだ待て。いずれ沙汰が来るかもしれん。そうでなくとも、おはんはどうも人に教えるのが好きみたいだからな、教師にでもなればよか。学校じゃ。国民皆学じゃ」


 サーマは微笑んだ。


「確かに、新時代は誰もが学ぶ機会を持つ世の中になればと思う。有能な人材が身分や出身に囚われず活躍出来る時代じゃ。その為にも学校を作るのは大事じゃ。にしても」


 サーマは腰に手をやった。


「人に物を教えるのが好きかどうかは分からん。おはんにはそう見えるか」

「カナリスでゼラという娘にも色々教えおったんじゃろ?」

「そいは……」 

 

 マリナリはサーマの手を取った。

 サーマはいきなりの事に驚く。


「でなくとも、おいはおはんに言いたか事があって来たとじゃ。おいはおはんを好いとる。いつか迎えに来る。勿論おはんは好きな道を行け。だが、これだけは覚えておいて欲しか。おいはいつかおはんを妻に貰うつもりじゃ」

「え……」


 サーマは絶句した。

 しばらく固まってしまったが、手を振り払う。


「まだ、タロが死んだばかりというに……。おはんはそげな事を……」

 

 サーマは思わず睨み付けてしまう。正直怒りさえ沸いていた。まさか先程までの話はこれのダシだったのか。

 マリナリは笑った。


「おいはいずれ政府の重鎮になる。そん時になればおはんも分かるじゃろ。じゃあまた」

 

 そうして踵を返してマリナリは帰っていった。


「ないが、おはんも分かるじゃろ…か!」

 

 サーマは苛立ちを隠し切れずに家に戻り、井戸水の汲み上げの仕事を再開した。

 失望した。

 あんなに得意気で無体な男だったか。それともあれが勝者の有り様だというのか。

 いや、まだ勝者と決まった訳ではない。まだ反政府は燻り、戦乱の火種はどこまで大きいか検討もつかない。

 気を緩めていい時ではない。これからが新政府の真価が問われる時だというのに。多くの血を流して、これからもより多くの流血の上に立つであろう新政府は、流した血の分に出来るだけ報いなければならないのに。

 タロの母の言われた事が何度も反芻される。タロの死に責任があるかはともかく、自分も新時代の為に流血を容認している。つまり自分はタロの死を心のどこかで新時代の為の犠牲と考えてはいまいか!?

 サーマはその気づきに、動悸と呼吸が苦しくなるのを感じる。

 だとするならば、自分も同じなのだ。タロの死を新時代の為の犠牲と考えるならば、自分にも彼の死に報いるつもりで生きなければならない。新時代の為に……。


 

 翌日、また子供達がやってきた。

 サーマは子供達に魔動を教えたが、難しいと言って興味を無くし始めたようで、サーマは少し切り替える事にした。


「なら、カナリスがどげん所が教えて欲しい?」

 

 サーマの言葉に子供達は首を傾げた。

 それはそうか。突然こんな言われ方されても、というところだ。

 サーマはまずは異国に興味を持ってもらってそこから入ろうと思った。自身の体験談を話せば、カツマの地にずっといる子供達には物珍しいものもあろう。大海原や寄港した都市の船の上から見る夜の明かり。カナリスでの魔動機関車や各地に点在する駅。カナリスの街並みや建物、気候や風土、食べ物。


「向こうは飯じゃなく、パンというものを食べる」

「えー?麦飯も?」

「そう、麦飯も食べん。麦はパンの材料にする。でもこのパンというのも慣れればおいしくて、牛の乳と一緒に食べる」

「牛の乳と??」

 

 子供達は驚愕の声を上げ続けた。


「おええ、異国とは嫌なところじゃな」

「見てみたかが、人の住む所じゃなかな」

 

 その口振りにサーマは思わず微笑んだ。


「いや、確かに人が住んでいた。全く文化も食生活も、国や社会の仕組みも違う人々が住んでいた。そう考えると、世界は広くて面白いと思わんか?」

 

 子供達は首を傾げていた。


「そう言わるっと、そんな気もする」

 

 そんな子供達を、サーマはニコニコしながら見守るのだった。


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