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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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赤の紋様

 トトワ使節団一行の船が、サパン国アウラの沖にあったのは、10月1日の事である。

 彼らにとって久しぶりの故郷が目の前にあるが、喜ばしい気分になれなかった。

 一行の船に、大砲つきの軍艦が近づいてきたのは、暗くなってからであった。


「我々は、トトワ・カルプ様に率いられし、カナリスへの使節団である。話はついているはず」

 

 タムが語気強く軍艦の長に言った。

 軍艦の長は、髭を蓄えた小男で、一行を値踏みするような目線を発した。


「よかろう。神妙に致せば、礼を以って尽くそう」

「かたじけない」

 

 一行は少人数に分けられて、小船で浜まで運ばれ、そこから歩かされた。


「安心を、既に話はつけてあります」

 

 シバサワの口調はどこか不安そうに言った。


「どこから話をつけたんですか」

 

 ゼラは小声で訊いた。


「タム殿がカナリス経由で新政権へ伝えたのですよ」

 

 周囲を兵士で取り囲まれ、歩かされた。街の往来を何の配慮もなく歩かされた。


「これでは、我々は賊だと言わんばかりではないか」

 

 リュカは毒づいた。


「カルプ様の事が心配だ」


 彼らはカルプやタムとは別の組で歩かされている。


「カルプ様はやっぱり特別扱いでしょう。馬車にでも乗ってるんじゃねえですか?おら達みたいな木っ端みたいな目には…」

 

 ゼラはおどけて言った。


「そうだといいが……」

 

 しばらく歩かされると、門が見えた。

 そこには兵士が立っていた。

 松明に照らされ、彼らはさらに分けられる。


「あなたはこちらへ」

 

 1人に対して複数の兵がつけられ、別々の部屋に案内される。


「1人部屋か、大層なもてなしで」

 

 ゼラが言う。


「黙っていろ」

 

 兵士が静かに怒鳴った。

 連れられた部屋は殺風景な部屋だった。


「ここでしばらくじっとしていろ」

 

 兵士はぴしゃりと襖を閉めるのだった。

 ゼラは床を見る。木板がはめ込んであって、正方形の部屋だ。

 首を傾げる。

 何か妙な感覚があった。

 次の瞬間であった。

 木板から幾何学的な円陣が眩い光となって溢れ出、部屋中を満たした。

 ゼラはとっさに青い目を光らせ、抵抗を試みた。


 ゼラは法力を解放し、青い目から円陣に叩き付けた。

 この目ならば、相手の術式や法術や魔動の系統に関わらず、打ち破れるはずだ。

 そのはずだった。

 円陣は確かに光を失い、ゼラも相手の術が解かれたのを察するのであった。

 ゼラは床に崩れ落ちる。

 凄まじい虚脱感が一気に襲い来る。

 歯を食いしばり、立ち上がろうとする。

 他の皆も危ない、これは罠だ。

 ゼラは壁に手をつき、何とか立ち上がった。

 襖を開け、廊下に出る。

 兵士が立っていた。

 羽交い絞めにされ、ゼラは暴れた。


「放せ!放せ!」

 

 兵士達を振り切り、倒れこみながらも、尚も前に進む。

 這ってでも行くしかない。

 すると、とある部屋の襖が開けられ、兵士が誰かを運び出していた。

 見知った顔だった。

 彼は真っ白な顔で目を瞑り、ぐったりとしていた。


「リュ、リュカさん!!」

 

 ゼラは愕然とした。


「リュカさん!リュカさん!」

「早くこいつを黙らせろ」

 

 兵士の声が聞こえたかと思うと、ゼラの意識は闇に沈んだ。



 気づくと、木の格子が目の前にあった。

 ゼラは地面に寝かされ、後ろ手に縛られていた。

 おぼろげな意識のまま、じっとしているとだんだんとはっきり見えてきた。外の廊下は蝋燭で照らされており、真正面にも牢屋があるのであった。


「リュカさん!?」

「ああ、ゼラか」

 

 リュカの声だった。

 ゼラは安心のあまり、一気に力が抜けてしまう。


「よかったです、無事で」

「お前こそ、無事で良かった」

 

 とリュカ。


「いったいあれは何だったんですかねえ」

「俺にも分からん。ただ、あの円陣は得たいが知れない。何か恐るべき効果がある術式なのだろう」

「……」

 

 ゼラは掌に法力を集中させて、手を縛る鎖を断ち切ろうとした。

 だが、まったく鎖は無事であった。いや、法力が身体を流れた感覚すら無い。


「……」

「どうした?」

「嫌な予感がするげんじょ、まさかここまでするとは」

「いったい何だってんだ」

 

 誰かが階段を降りて来る音がした。


「しっ」

 

 2人は黙りこくって、その足音の主を迎えた。


「どげんじゃ?法術が使えんというは?」

 

 その男は神経質だが居丈高な口調で言った。

 顔はどこか小市民的な感じを受けさせる。


「おはんらは、法術を二度と使えん」

「カルプ様はどうなさっておいでだ!?貴様ら何かしたのか!?」

 

 リュカが叫んだ。


「馬鹿め、元王太子弟に無礼を働く我等と思うか?」

 

 男は一笑に付した。


「だが、おはんらの様な法術師は別じゃ。こん国の近代化にはトトワ側の法術師など邪魔なだけじゃ!」

 

 ゼラは息を飲んだ。


「シンエイ様は!?」

 

 彼女だけでなく、リュカの法術の師でもある者の名を上げるゼラ。


「シンエイか。法術方の奉行ともあれば、当然……」

 

 ゼラとリュカはしいんと黙った。

 男はニヤニヤ笑っている。


「ま、お上が決める事じゃ」

「ぬし、名は?」

 

 ゼラが静かに言った。


「わしか、ガネリ・ガクという。4藩連合最大勢力のカツマ藩の者じゃ。今はこうして連合軍の参謀に過ぎんがな」

 

 ガネリは大笑いした。

 栄光の勝者の人生への途上にある勝ち誇った笑い声であった。


「そうか、ガネリか。覚えたぞ」

 

 ゼラの声は低く沈んでいた。


「けっ、おはんはなかなかの美形のようじゃ。わしの妾にして欲しければ、わしの名を覚えておっていつか尋ねて来ればよか」

「そうか、おらが会いたいといえば、居場所教えてくれんのか」

「そうじゃ」

「教えてくれるんだな?なら、良かった。ぬしのこれからの行い次第だぞ?覚悟しておく事だ」

 

 ゼラの目は闇の中、鋭くガネリを捉えていた。


「何を言うか」 


 ガネリは圧倒的優位のはずなのに、何故か冷や汗をかいてしまった。相手はもはや法術も使えぬ小娘で、牢屋の中に縛られている無力な存在であるはずだ。なのに何故?


「ふん、強がりおって」

 

 ガネリは地下の監獄から出て行った。


「どうするゼラ?」

 

 とリュカ。


「もはや俺達に打つ手はない。座してお沙汰を待つのみ。シンエイ様もご無事なら良いが」

 

 ゼラが唸った。


「おい、額が」

 

 リュカがゼラを指差す。


「額が何ですか」

「赤く光っている」

 

 ゼラは額を擦ってみる。


「よく分からねえ」

「奴等、何かお前の額に刻み付けんだ。きっとそれで法術が使えない……」

「じゃあ、どうしてリュカさんのは光ってないんだすか?」

「それは分からん」

 

 ゼラの額が突如光を失った。

 そして次の瞬間、また紋様を浮かべ光出す。


「目、青くなってますか?」

 

 リュカが首を振る。


「それもやっぱり駄目になってますか」

 

 ゼラは溜息をつく。

 さらに、点いたり消えたりを繰り返す赤い紋様。

 しばらくして、ゼラは合点がいったように「ああ、成程」と言った。


「何が成程だ」

「リュカさん法力を出そうとしてみて下さい」


 リュカが力む声を出した。


「…やっぱり駄目だ。いったい何を考え付いた」

「かすかに光ってましたよ」

 

 ゼラの言葉にリュカは慌てて額を触る。


「法力出そうとすると、赤く光る。つまり、この術式が抵抗しとるんでしょう」

「抵抗……」

「ま、そう易々と終わる気はねえ。さっさとここを抜け出して、シンエイ様を助けにいきましょう」

 

 ゼラはニカっと笑った。


「ああ」

 

 リュカは不安気ながらも頷いた。



 ガネリは屋敷内を歩いた。

 男の法術師が捕らえられた部屋は、兵士が見張っていた。

 やはり、なかなかの代物だ、魔動というものは。相手の意識を一定時間失わせるだけだが、使い用によっては、色々出来そうだ。さらに体内の法力の流れを止める術式…、魔動くこそが世界を統べるのは間違いなかろう。

 次に女の法術師が捕らわれた部屋に向かう。

 ガネリは嫌な予感がした。

 何かが起きていた。

 廊下に兵士が立って行く手を塞ぐ。


「あ危のうございます」

 

 ガネリは兵士を腕で押しのける。

 部屋の前にはさらに数人の兵士が立っていた。

 構わず部屋を覗く。ガネリは絶句した。

 部屋は床がすっぽり抜けていた。しかも円陣の部分のみがすっぽり仄暗い闇を浮かべていた。壁が歪み、今にも崩れ落ちそうである。床下の魔動機はバラバラになり、床下の地面に転がっていた。


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