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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
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エガレス人の夫婦

 廃教会のトトワ使節団を訪問する者があったのは、数日後の事であった。

 ごく最近、強盗団に襲われたのだが、サパン人の者に命を救われたのだという。

 その夫婦は助けてくれた人物の顔はよく見ていないが、年若い少年であったようだと言った。

 使節団代表のタムは微笑みながら応対した。


「いえ、人として当然の事をしたまでです」

 

 夫婦は、その者に礼を言いたいというのである。


「誰でしょう?」

 

 シバサワが言った。

 リュカは察しがついた。

 教会の屋根の上で寝転がっている人物を起こしに行く。

 梯子を抱え、立て付け、昇る。

 ゼラはひょこっと起き上がった。


「ああ、なんです?」

「おい、お前に感謝したいという夫婦が来てるぞ?」

 

 ゼラは首を傾げた。


「とにかく降りて来い」

 

 ゼラの姿を見た夫婦は驚いた様子であった。

 少年ではなく、少女であったのだ。

 ゼラは気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「立派な奴だ」

 

 リュカが褒めた。

 夫婦はカナリス語ではない謎の言語でまくし立ててくる。


「エガレス語ですよ」

 

 シバサワが使節団一向に言った。


「という事はエガレス人」

 

 ケン国は特にエガレスによる侵食を受けていた。その為、エガレス人の居留地も多いという事情は彼らも知っていた。


「とにかく、感謝との事。何かお礼をしたいと」 

 

 ゼラは首を振った。


「いえ、いらねえです。おらが貰ったところで……」

 

 さらによく聞くと、妻の方は身重なのであった。


「生まれ来る子供も助けて貰ったと言っています」

 

 とシバサワ。彼はエガレス留学の経験もあるのだった。

 おお、と周囲で声が上がった。

 敗北感と不安に押しつぶされそうな中、こうした美談は彼らの心を勇気付け潤した。


「……そうでしたか」

 

 とゼラは微妙な顔で応えた。

 夫はエガレス軍人であり、駐留艦隊に長く勤めていると言った。

 トトワ使節団はこっそりと目配せしあって、すぐに俯いた。エガレス軍の力を借りれないものか、いや、そんな馬鹿な話があるものか。


「エガレスとサパンの友好を願っております」と丁寧に夫婦は礼をし、去って行った。


 ジョウ夫妻と名乗る彼らは、特に妻の方はゼラを抱きしめ、何度も礼を言った。


「良い事をしたな」

 

 リュカが微笑んで言った。


「ええ」

 

 ゼラはそう応えると、梯子を抱えた。


「どうしたつれないな」

「そうでもねえですよ」

 

 ゼラは素っ気無かった。


「いや、やっぱりああいうやり方はいけねえと思いやした」

「ああ」リュカは頷く。

「そうして攘夷だの叫んでいた連中が、今や何だ?」

 

 そうして吐き捨てるのだった。


「今や外国を引き入れ、自国の政権を倒している」

 

 この、リュカという青年は、昔から好奇心旺盛で海外の情報を仕入れたがっていた。だが、トトワ王朝の不甲斐なさには怒っていた。ヨウロ諸国の圧力に屈し、不平等な関係を強いられ、国内が乱れていった。そうして台頭してきた雄藩に打ち倒されてしまったのだ。

 どこか、パラスで出会ったあの少女、サーマに似ている所がある気がする。好奇心旺盛で、学欲が高く、そして純粋なのであった。だが、2人の違いはトトワ王朝に対する愛着の度合いであったろうか。ゼラとしてはリュカの話がしっくりきたのはその辺にあるのかもしれない。サーマという少女は青臭い理想家に感じてしまった。

 もしかすると、サーマという少女のそうしたところに好感を持てたのかもしれなかった。


「志士を名乗り、異人襲撃を繰り返し治安を乱した不逞の輩が、今やそれを忘れ国政を乗っ取るとは悲しいな」

 

 リュカの話を軽く聞き流して、ゼラは屋根の上に再び寝転がった。


「どうしたんだ」

 

 リュカは言ってきた。


「俺の話が面倒だったか、すまない気が立っていた」

「そういう事ではねえですけど、あの、リュカさん」

「なんだ」

「赤き髪の蒼き眼の者の話、って知ってやすか?」

 

 ゼラは起き上がって、リュカをじっと見た。

 その目は真剣だった。


「ああ、もしかするとトトワ王朝の前身、イリダ・ナーブ王の話かもしれんな」

 

 ゼラは首を傾げた。


「ま、有体に言えば、乱世の時代に生まれたナーブ王は、強大な法術師でもあり、人々を纏め上げ国を興した。しかし彼の死後国が乱れ、それを再び纏めたのがトトワ・アイヤル、つまりトトワ初代王という訳だ。ナーブ王は鮮烈な赤い髪と空の様な青い目で、そりゃあ戦場では太陽そのものに見えたそうだ。特にその青い目で恐るべき法術を操ったらしい」

「へえ」

「しかし、どうしてその話を……ああ!」

 

 リュカはゼラを指差した。


「ケン人のリュウケンという奴からその訊いたんです。我ながら、戸惑っとりやす。いったい自分が何なのか、もっと分からなくなった」

 

 リュカは息を大きく吐いた。


「子孫か果ては生まれ変わりか、どちらにしろ、お前はお前だしな」

「そう言ってくれると嬉しいです」

「お前は人を率いてどうの、っていう人間じゃないし、正直お前のその青い目が怖かったんだ。でも正体が分かった気がしてほっとしている」

 

 声を立てて笑いながら、リュカは梯子を使って下に降りて行った。

 ゼラは1人、屋根の上で夜空の底の1部となった。




 数日後、ついに使節団一行はケン国の土を離れた。

 サパン国を目指して、である。

 煮るなり焼くなり好きにしろ、という単純な心境ではなかった。基本従ってやるが、カルプ様に何かしようものなら、黙ってはいない。そうした想いを胸に彼らは、故郷を目指す。

 当然、使節団が出航した事は、サパン国も知る事となるはずであろう。それから対応を協議するに違いない。


「大人の対応を望むしかないようですね」

 

 シバサワがそう言うと、リュカは渋い表情で頷いた。


「ま、いざとなれば、おらが暴れてやりやす」

 

 ゼラが明るく言うと、その場にいた者は「よせ」と言わんばかりに首を振るのであった。


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