パラスの出会い
ゼラの宿舎は古めかしい建物であった。
ベッドとかいう寝具に慣れなくて、あまり昨晩は眠れなかった。
「俺は疲れてたから、ぐっすりさ」
リュカは笑った。
「羨ましいです」
「そんな落ち込むな。カルプ様が大統領と会談出来るかもしれん。いつになるか分からんが、少なくともここ数日ではない事は確かだ」
「腹も減りやした」
ゼラはお腹をさする。
「パンは口に合わなかったか」
「ぱん……というんですか」
ゼラは溜息をついた。
「臭くて食べられたもんじゃ……」
「ありゃ、バターだな。俺も駄目だった」
リュカは笑った。
「今度はバター無しで試してみたらどうだ?」
「そうしやす」
「今日、俺はカルプ様のもとへ顔出さにゃならん。明日街を見て回ろう」
リュカは楽しげであった。
1人残されたゼラは息をついた。
テーブル、というやつに手を置く。椅子に背中を預ける。
船で数ヶ月も揺られ、こんな異国にやって来た。心細いのは確かである。
しかも、言葉も分からない。
リュカですら、片言の様である。
窓の外を眺めた。
目の前には同じくらいの高さの建物が建っており、白い壁が美しかった。
だが、その壁が剥げ掛けているのは気になったが。
ふと、下を眺めると、建物と建物の間、路地といったか、そこに人影を見た。
こちらをずっと観察していたのに気づき、窓に手を掛け、2階から飛び降りた。
「待て!」
人影は走り去った。
男だ。
どこかで見た男だ。
(あの機関車の中で!)
ゼラが路地を曲がると、人とぶつかりそうになった。
「わあっ!」
相手は驚きの声を上げた。
ゼラは「すまねえだ」と思わず国の言葉で謝っていた。
相手を見ると、年頃は自分と同じくらいで、何より同じサパン人であった。
「そげん謝るこつは……、い、いえ、こちらこそすみません」
相手は頭を下げてきた。
「ぬし、男を見なかったか?」ゼラは尋ねた。
「男?」
彼女は首を傾げた。
「ああ、先程走り去っていく者を見ました。まさか、盗人ですか!?」
少女は驚いたように後ろを振り返った。無論、男はもういない。
「そうと分かれば……」
「いや、気にする事はねえ。ただ、こちらを覗いていたもんで、気になったんで」
ゼラは苦笑いした。
少女は笑った。
「まあ、こちらでは我々のような者は珍しいでしょうから」
少女は、ゼラと違い、カナリスの婦女の服を着て、なかなか似合っていた。
「にしても、ぬし、そんなひらひらな服着て」
「いえ、まずは格好から入ろうと思いまして。ところで」
少女は居住まいを正した。
「わたしは、エルトン・サーマといいます」
そして、意を決した様に続けた。
「隠しても仕方ありませんね。わたしはカツマの留学生です」
ゼラは驚いた。
「あなたはトトワからの方ですよね?」サーマは言った。
「そうだ。おらは、トトワの使節団の一員で、留学生てことになっとる。ゼラだ」
「ゼラさんですか」
サーマは頭を下げた。
「よろしくお願いします」
サーマが手を差し出した。
「握手です」
にっこりと微笑む。
ゼラは一瞬首を傾げたが、微笑んで、手を差し出した。
「ぬし、ここで何しとった?」
ゼラとサーマは横に並んで歩いた。
「いえ……」
サーマは顔を背けた。
ゼラは訝しむ表情を浮かべ、彼女を見る。
「何で答えねえ?」
どこか威圧的な言い方をゼラはした。
「それが……」
サーマはゼラの方を振り返り、苦笑いした。
「トトワの使節団がどんなか、気になって、つい覗きに来てしまいました」
ゼラは、まずい、と思った。サーマの笑顔に魅了されそうになったのだ。
「ほうか。じゃあ、あの謎の男とは関係ねえんだな」
「そうとも言えない気がします」
サーマの答えに、ゼラはぎょっとした。
「どういう事だ?」
「もしかすれば、カツマの差し金かもしれません。わたしのような者には知らされていない……」
サーマは深刻な表情で言う。
ゼラは頷いた。
「ま、政の事はおら達には分からねえ。考えても無駄か」
そして笑う。
サーマは少々、むっとした表情を浮かべているのに、彼女は気づかなかった。
「そうだ」
サーマは明るく言った。
「おいしいお店紹介しましょうか?」
「こんな所に、旨え店あんのか?」
「ありますよ!」
手を引かれ、走り出す。
これが、2人の出会いであった。
片や王朝側、片やカツマ藩側、ではあったが、同い年で年頃の2人には些細な事であった。