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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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パラスの出会い

 ゼラの宿舎は古めかしい建物であった。

 ベッドとかいう寝具に慣れなくて、あまり昨晩は眠れなかった。


「俺は疲れてたから、ぐっすりさ」

 

 リュカは笑った。


「羨ましいです」

「そんな落ち込むな。カルプ様が大統領と会談出来るかもしれん。いつになるか分からんが、少なくともここ数日ではない事は確かだ」

「腹も減りやした」

 

 ゼラはお腹をさする。


「パンは口に合わなかったか」

「ぱん……というんですか」

 

 ゼラは溜息をついた。

「臭くて食べられたもんじゃ……」

「ありゃ、バターだな。俺も駄目だった」

 

 リュカは笑った。


「今度はバター無しで試してみたらどうだ?」

「そうしやす」

「今日、俺はカルプ様のもとへ顔出さにゃならん。明日街を見て回ろう」

 

 リュカは楽しげであった。

 

 1人残されたゼラは息をついた。

 テーブル、というやつに手を置く。椅子に背中を預ける。

 船で数ヶ月も揺られ、こんな異国にやって来た。心細いのは確かである。

 しかも、言葉も分からない。

 リュカですら、片言の様である。

 窓の外を眺めた。

 目の前には同じくらいの高さの建物が建っており、白い壁が美しかった。

 だが、その壁が剥げ掛けているのは気になったが。

 ふと、下を眺めると、建物と建物の間、路地といったか、そこに人影を見た。

 こちらをずっと観察していたのに気づき、窓に手を掛け、2階から飛び降りた。


「待て!」

 

 人影は走り去った。

 男だ。

 どこかで見た男だ。


(あの機関車の中で!)

 ゼラが路地を曲がると、人とぶつかりそうになった。


「わあっ!」

 相手は驚きの声を上げた。

 ゼラは「すまねえだ」と思わず国の言葉で謝っていた。

 相手を見ると、年頃は自分と同じくらいで、何より同じサパン人であった。


「そげん謝るこつは……、い、いえ、こちらこそすみません」

 

 相手は頭を下げてきた。


「ぬし、男を見なかったか?」ゼラは尋ねた。

「男?」

 

 彼女は首を傾げた。


「ああ、先程走り去っていく者を見ました。まさか、盗人ですか!?」

 

 少女は驚いたように後ろを振り返った。無論、男はもういない。


「そうと分かれば……」

「いや、気にする事はねえ。ただ、こちらを覗いていたもんで、気になったんで」

 

 ゼラは苦笑いした。

 少女は笑った。


「まあ、こちらでは我々のような者は珍しいでしょうから」

 

 少女は、ゼラと違い、カナリスの婦女の服を着て、なかなか似合っていた。


「にしても、ぬし、そんなひらひらな服着て」

「いえ、まずは格好から入ろうと思いまして。ところで」

 

 少女は居住まいを正した。


「わたしは、エルトン・サーマといいます」

 

 そして、意を決した様に続けた。


「隠しても仕方ありませんね。わたしはカツマの留学生です」

 

 ゼラは驚いた。


「あなたはトトワからの方ですよね?」サーマは言った。

「そうだ。おらは、トトワの使節団の一員で、留学生てことになっとる。ゼラだ」

「ゼラさんですか」

 

 サーマは頭を下げた。

「よろしくお願いします」

 

 サーマが手を差し出した。


「握手です」

 

 にっこりと微笑む。

 ゼラは一瞬首を傾げたが、微笑んで、手を差し出した。



「ぬし、ここで何しとった?」

 

 ゼラとサーマは横に並んで歩いた。


「いえ……」

 

 サーマは顔を背けた。

 ゼラは訝しむ表情を浮かべ、彼女を見る。


「何で答えねえ?」

 どこか威圧的な言い方をゼラはした。


「それが……」

 

 サーマはゼラの方を振り返り、苦笑いした。


「トトワの使節団がどんなか、気になって、つい覗きに来てしまいました」

 

 ゼラは、まずい、と思った。サーマの笑顔に魅了されそうになったのだ。


「ほうか。じゃあ、あの謎の男とは関係ねえんだな」

「そうとも言えない気がします」

 

 サーマの答えに、ゼラはぎょっとした。


「どういう事だ?」

「もしかすれば、カツマの差し金かもしれません。わたしのような者には知らされていない……」

 

 サーマは深刻な表情で言う。 

 ゼラは頷いた。


「ま、政の事はおら達には分からねえ。考えても無駄か」

 

 そして笑う。

 サーマは少々、むっとした表情を浮かべているのに、彼女は気づかなかった。


「そうだ」

 

 サーマは明るく言った。


「おいしいお店紹介しましょうか?」

「こんな所に、旨え店あんのか?」

「ありますよ!」

 

 手を引かれ、走り出す。

 

 これが、2人の出会いであった。

 片や王朝側、片やカツマ藩側、ではあったが、同い年で年頃の2人には些細な事であった。


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