表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
松の木は残った  作者: おしどりカラス
第2章 動乱編
18/130

トウガン寺にて

 ヤカフミは海外と交易の許された地である為、西洋人も数多く駐留し、西洋館が点在し馬車が行き交っていた。

 馬車に乗り込み、アカドへ向かう。がたんがたんと揺れながら、サーマは言いようの知れぬ不安に襲われていた。何故、説明してくれぬのだろう?何か言い辛い事があるのだろうか?

 サーマは向かいの席の医者をちらりと見るも、彼は外の景色をひたすら凝視している。


「あ、あの、いったい何なのでしょうか?」

 

 カツマ訛りを極力排して彼女は訊いた。

 医者はサーマを見た。


「ご自分で、確認なさる事です」

 

 サーマは言葉をつなげなかった。医者の言い様に益々以って不安を覚えた。

 とりあえず、落ち着くのだ。


(なんて、気が小さい)

 

 トウガジ寺はアカドの外れにあり、古びた寺であった。

 サーマが1歩足を踏み入れると、そこは地獄だった。

 あちこちに負傷した兵が寝かされていて、医者や助手達が走り回っている。呻き声と泣き叫ぶ声、血まみれの兵、手足がちぎれた兵……。


「エルトンさん」

 

 医者の呼ぶ声にはっとする。


「こちらです」

 

 中に上がる。

 廊下を歩きながら、医者は言った。


「ドロタ・タロなる者を御存知ですか?」

 

 サーマはその名を訊いた瞬間、全身の血液が氷になったかの様な感覚を覚えた。


「え、は、はい。わたしの許婚です」

 

 何とか応えると、医者は頷いた。

 医者の前に助手と思しき女性が現れた。もしかすると助手ではなく、この辺りの地元の女性が手助けに借り出されているだけかもしれなかった。


「いいのですか?」

「構いません。ドロタ家もエルトン家もカツマにあって、一族の者はこの者だけですからね」

 

 医者の言葉に薄ら寒いものを感じ、ぶるっと震える。

 助手が閉ざされていた引き戸をすっと開けた。

 サーマは心臓の鼓動を自覚する。

 足が重い。

 部屋の中には、いくつもの寝かされた人があった。

 サーマを愕然とさせたのは、その者達全員の顔に白い布が被せられている事であった。

 震えが止まらない。気持ち悪さに吐き気を覚え、胸にずしんと痛みが襲う。

 呼吸がままならない。息苦しい。

 医者はそっとその中の1人の布をとった。

 サーマはその1人に、見知った人物の面影を見た。

 ただ言えるのは、それは4年前の彼を知っているだけであり、今の彼は知らない。ただ、以前より大人びた表情の彼は、青白く、穏やかに眠っていた。


「タロ!タロ!」

 

 サーマは叫び、歩み寄り、すがりつく。

 触れた彼の身体は温かみ1つ無く、彼が生命活動を停止した事を如実に表していた。

 サーマは後ずさりし、崩れ落ちた。


「顔こそ綺麗ですが、身体は……」

 

 医者は言葉を途中で切った。


「彼は生前、許婚のあなたの話をよくしておったそうです」

 

 サーマの目が見開かれる。


「あなたが、異国で頑張っておるので、自分も頑張らないといけないと、笑っておったと」

 

 彼女は、タロの遺体の前で膝を抱えて座り込んだ。


「お国に帰って知らせる役目があなたにはあります。しっかりするのです」

 

 医者は言った。

 サーマは顔を上げた。


「すみません、気に掛けて下さって…。でも、わたしはいいんです。ちょっと気持ちの整理をつけたいんです。しばらく1人にさせて下さい」

「いいですが、死体がまだ運ばれてくるかもしれませんので」 

 

 医者の言葉にはどこか投げやりな部分が感じられたが、サーマにはどうでもよい事だった。

 サーマはしばしそうやってタロの遺体を見つめて、そして立ち上がった。

 不思議と涙は出なかった。

 涙もろいと言われた自分なのに。

 なんて薄情なんだろう。許婚が死んだというのに。

 よろよろと部屋を出て行く。

 室内にいると気が参ってしまいそうだった。

 外に出て、寺院の中庭を突っ切って、山道に出る。

 綺麗で新鮮な空気が胸に満ちる気がする。

 だが、当然ながら気など晴れるはずもない。

 サーマは白昼夢を見ている感覚だった。

 これが現実なのだろうか?

 歩いていると、道の脇の草むらに蠢く影があった。

 サーマは慌てて駆け寄る。

 それは、傷ついた兵士だった。

 しかも、義衛隊の腕章をつけていた。


「大丈夫ですか!?」

 

 サーマは抱えた。

 兵士は怯えた目でサーマを見ると、哀願するように言った。


「た、助けて下さい……。死にたくない…」

 

 よく見ると、腹の辺りが血だらけで、肉が抉られていた。

 サーマは平静を心がけ、呼吸を整えて、魔動でとりあえず傷口を塞ごうとした。

 こういう時、彼女はサパン古来の法術より、カナリスで学んだ魔動がとっさに出るのであった。

 血を固める為の魔動の呪文を唱え、なんとか血は止まったが、傷口を塞ぐにはどうすれば……?

 魔動の場合は、殺菌の魔動を行い、とりえあえず傷を布やらで塞いで、様子見をするのではなかったか。痛み止めの魔動も確かあったはず……。


(医療魔動もちゃんと学んでいればよかった……)

 

 サーマは法術にも何かなかったかと思いだそうとしたが、確か法力の流れで自然治癒力を上げる何かしらの方法があるとしか分からなかった。当然である。それを行える法術師はごく限られた者のみであった。


「痛えよ…母ちゃんごめんよお…参加するんじゃなかった……。俺ァ本当は参加したくなかったんだよお……」

 

 悲痛な声を上げる兵士に、サーマは必死で励ました。


「大丈夫ですから、助けを呼んできますから。でもまずは止血しましょう」

 

 サーマはスカートの裾をビリッと千切って、布代わりにしようとした。

 だがその時であった。


「敵を助けるとは何事か!」

 

 怒号のような絶叫であった。

 サーマが驚いて振り返ると、そこには4藩連合軍の兵が数人立っていた。


「敵とは言いもすが、彼は怪我をしておりもす」

 

 サーマは言った。

 その兵士はカツマ訛りであった。なのでサーマもカツマ言葉を思わず使ってしまった。


「だからなんじゃ!」

「おはんは裏切る気か!」

「今すぐ殺しもんそ!」

 

 兵士達は魔動銃を構え、殺気立っている。

 サーマは布を傷口に巻きつけながら言う。


「負傷兵に敵も味方もごわはん。ヨウロには虹十字社というものがあって、戦場において傷病者を中立な立場で救護、救援をするという考えがありもす」

「ここはサパン国じゃ。ヨウロではなか!!」

「この、ヨウロかぶれが!ヨウロの服など着おって!」 

 

 兵士達はそう切り捨てた。

 ここで怯んではいけない。サーマは尚も言葉を続けた。


「誰か、助けを」

 

 兵士達をじっと見つめる。


「何ば言いよるか。敵ば治して、そいでどげんするつもりじゃ。敵を利する様な真似が許されると思うちょるとか!!」

 

 兵士達は激高して今にも飛び掛らん勢いであった。

 サーマは内心焦った。こんな事をしている暇は無いのに。そして彼女にはこの兵士達を説得出来る自信が無かった。

 止むを得まい。

 背中に汗が垂れるのを感じる。

 同じカツマ藩の人間に魔動を使うのは気が引けた。しかし。

 サーマが決意した瞬間であった。

 彼女の背後でバアンと鳴り響く音。

 サーマは慌てて振り返る。

 魔動銃を構えた兵士。そしてサーマの足元には絶命した義衛隊の兵士が横たわっていた。


「あ……あ……」

 

 サーマはその魔動銃の兵士を睨み付けた。


「当然たい。むしろ感謝して欲しか」

 

 兵士は轟然と言った。


「敵ば治した不忠者の謗りを受けんで済んだろうが……」

 

 サーマは手を震わせて、兵士達を見回した。


「……助けられたかもしれないのに……。彼は母に詫びておりもした……。そいをあなた達は…」

 

 サーマの声は怒りに震えていた。

 だが、兵士達は聞く耳持たず、その場を去ってしまった。彼らは彼らなりにサーマの為を慮ったのであろう。彼らなりの正義感を以ってその負傷兵を殺し、彼女を放って離れていった。

 サーマは怒りがふいに修まり、唐突に涙が零れるのを感じた。

 怒りは、彼女を逆に冷静にし、現実へと引き戻した。

 涙が溢れ、蹲る。声を上げて泣きじゃくった。

 兵士の事を思って泣いた。

 タロの事を思って泣いた。

 そして自分自身の無力さと惨めさに……。



 兵士の遺体を埋め、しばし手を合わせて詫びた。

 それから、多くの戦死者と共に行われたタロの火葬を終えたのが、その翌日であった。

 骨壷を木箱に入れ、背中に抱えた。

 彼女はトウガン寺を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ