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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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大海原へ

 カツマ使節団が一足早くサパン国へ戻る船旅に出港した後も、トトワ使節団は足止めを食らった。讃暦7月15日を数えても尚、彼らはパラスにあった。何故なら、今更になってゼラの人攫い疑惑が取り沙汰されたのである。新聞で書き立てられ、カナリス政府からも再調査する旨が通達された。

 ゼラは部屋にずっと待機するしかなかった。部屋を歩き回り、時々うなり声を上げては、読書に興じるリュカに叱られた。


「こんなところで、いつまでじっとしていればいいんですか!?」

 

 ゼラは叫んだ。

 腹立たしい限りだった。自分の為に帰国が叶わないとは。


「一刻も早く、サパンに戻りてえのに」

「いや、仮に早く戻ったとしても、行くあてが無いかもしれん」

 

 リュカが顔を上げた。

 ゼラはまた唸った。


「今、タム様らが情報を集めている。本国で何が起こっているのか、カナリス政府の助力を乞うて、必死になって調べているんだ。とりあえず落ち着け」

「カツマの天下か……」

 

 ゼラは呟いた。

 そういえば、サーマは今頃海の上だろうな。どの辺にいるだろうか。


「そうだ。カツマの天下さ。戻ったら戻ったで、陸を上がった途端お縄という事も有り得る。そのまま政治犯として…こうさ」

 

 リュカは手刀で首を横一閃になぞった。


「おらは、捕まるつもりはねえ」

「この前捕まったばかりじゃねえか」

 

 リュカが本を差し出す。


「とりあえず読んでおけ。暇つぶし程度にはなるだろう。魔動機の本だ」

 

 7月20日、ようやく帰国の目処が立った。

 疑いも晴れ、というより謎の蒸し返しが終わりを告げた。

 何者かの働き掛けがあったようであったが……。

 誰かは分かっている。

 ゼラがずっと部屋に篭っている間、周囲を取り囲む気配があったのだ。覚えのある気配で、間違いなくそれは彼女を攫った連中のものであった。


(今に見てろ)

 

 ゼラは久々に、悪童めいた感情を思い出しつつあった。シンエイに拾われる前、リュカと出会う前。浮浪児だった頃、大人や年上相手に挑み、暴れたものだ。

 それを察したリュカが、ゼラが彼の部屋を出て行く際、眉を潜めながら言うのであったが。


「下手な事するなよ」

「分かりやした。下手な事はしません」

 

 ゼラはぺこりとしてリュカのもとを後にした。



 パラスを経つその夜も気配はあった。ゼラは生まれついて魔動や法力の気配を感じ取る事が出来たが、その感覚に眠れない程苛立ちを覚えたのは久々である。

ゼラはすくっと起き上がって部屋を飛び出した。

 路地裏に仁王立ちしてやると、影がこそこそ動いた。

 ゼラはすぐに打って出た。

 影の1人目掛けて、猛速で走り寄り、驚いて杖か魔動銃をかざしてきた影を蹴り飛ばす。

 影は壁に叩きつけられる。そのまま隣の影に手をかざす。彼女の目は空色に変わり、影はガクガク震えながら地面に倒れ込んだ。


「おい、出て来い!」

 

 ゼラは叫んだ。


「出てこなきゃ、こっちから行くぞ!」

 

 …影が逃亡する気配を感じた。

 ゼラのサパン語が通じたとは思えないが、やはり数は少数だった様だ。あまり下手を打てないのは向こうも同じ、無論ゼラ達との戦闘で傷を負った者も多かったのだろう。


(手酷くした覚えはねえげんじょ、やはり戦力が減っているな) 

 

 ゼラは倒れ込んでいる影の胸倉を掴んだ。


「誰の差し金だ!」

 

 影は未だにガクガク震え続けている。


(あ、カナリス語で言わなきゃな)

 

 ゼラは覚えたてのカナリス語録を記憶の中に漁った。


「何て言うんだっけな……」

 

 サーマがいてくれれば、と思ったが後の祭りだ。

 影の正体であった男には法力を圧にしてぶつけてやった。並大抵の人間は彼女のそれを食らうと、心身両方が圧力と恐怖に震えが止まらなくなってしまう。いわゆる「殺気」に近いと思われるが、ゼラに殺意は無かった。


「ゆ、許してくれ…」


 男は上ずった声で哀願した。

 ゼラは記憶を総動員して男がカナリス語で何て言っているか分かろうとした。


「……許してやるから、誰の差し金だ」

 

 ゼラは覚えたてのカナリス語で尋ねた。もしかすると恐ろしくたどたどしいものではないか、と恥ずかしい思いである。

 男はとある人物の名を口にした。


 

 その数時間後、その伯爵は政治的危機を根回しでようやく脱し、ちょっとした報復が叶った事に満足気であった。気休めにしかなるまいが、あれが限度であろう。時間稼ぎも立派な妨害工作なのだ。

 彼は寝室でワインをグビグビ飲み、舌と鼻腔を刺激する酸味と甘みを味わった。

 酔いは浅いものであったが、窓際をちらりと見て、自分は泥酔しているのではと勘繰った。

 窓に足をかけ、その者はミンブリンをじっと睨んでいた。

 ミンブリンはグラスをテーブルに慎重に置き、彼女から目線を逸らすまいとした。

 そしてベッドの側の円卓の上に置いたはずの鈴を手探った。


「これか」

 

 ゼラが腕を上げて、手の先とそこに握られている物を見せ付けてきた。それは、彼が捜し求めていたはずの物であった。

 次の瞬間、その鈴が勝手にパキパキと音を立てて、ぼろ屑となって床にパラパラと落ちていった。

 ミンブリンは呆然とし、立ち竦む。

 ゼラがゆっくりと歩み寄ってくる。

カナリス国が共和制に移行していく最中にあって、野心を示した青年貴族は狼狽した。


「ま、待て!私が悪かった!サパン国とは友好関係を築きたいと思っている。その為にはぜひ君の力も借りたい!ほ、本当に済まない…。止むを得なかったんだ、カツマからそうするよう指示されて…、だから、侘び金だって払おう!い、いくら欲しいんだ?言って見たまえ。こ、これは高度に政治的な問題だよ。君みたいな子供には分からないかもしれないが……。とにかく、私は悔やんでいる…!」

 

 彼は後ずさりしながら、まくし立てた。

 しかし、ゼラは目を細めた。


「悪りいな。おらはカナリス語は分かんねえんだ」



 トトワ使節団一行がホテルから荷物を運び出し始めたのは早朝であった。それが済み次第パラス駅に向かうのだ。

 リュカは自身の荷物を馬車に積みながら、気を揉んでいた。


「おい、リュカ、ゼラの奴はどこだ!?」

 

 タムに苛立たしげに聞かれ、知らないと答えるしかない焦燥感は例え様が無い。

 日がようやく出始め、街に霧が発生しているのが分かる頃、ゼラは道の先から走って戻ってきた。


「どこに行ってた!」

 

 リュカはさすがに怒気を交わらせて言った。

 ゼラは苦笑しながら頭を下げた。


「すいやせん、野暮用でして」

「済んだのか」

「ええ」

 

 ゼラはそのまま部屋に走り戻り、荷物を運び出していた。

 

 …その頃、ミンブリン邸では、庭の木に下着姿で縛られた伯爵と、同じく下着姿で木に縛られたり転がされたりした護衛達が、メイドによって発見されたのであった。公式の上ではこの事件は隠匿されたが、メイドの日記によって後世明らかとなっている。



 荷物を馬車に乗せ、持てる分は自身で持ち、彼らは向かった。

 パラス駅で魔動機関車に乗り、港であるマロウスユに向かう。そこでは既に半月前、カツマ使節団が出港していた…。

 マロウスユで一旦宿泊の後、その翌日に船に乗り込む。

 空は快晴で波も穏やかだ。

 船は帆を張って大海原に躍り出た。

 さすがにまだ、この手の長距離船には魔動機を搭載されてはいないのか。ゼラは出発当初サパンでは思いもしなかった事を、カナリス国のマロウスユという港街で思うのであった。

 

 

 トトワ使節団も、カツマ使節団も、大海原を行く。

 果てしない航海の旅であった。

 故郷で何が待ち構えているか、誰にも分からぬ旅であった。

 どんな、政治的激変が起こっているのか。サパン国は今どうなっているのか。大海原の上にぽつんと孤立した船の搭乗員には分かりようも無い。

 ゼラは海風にさらされながら、水平線を眺める。島1つ無かった。


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