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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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急変と帰国

「おはんも訊いたか。喜ばしか事じゃ。シミツ家が王家となり、つまりはカツマの天下ど」

 

 サーマが息を切らせてホテルに戻ってくると、マリナリは彼女の姿を見た途端、鼻を鳴らした。


「何が喜ばしかか。わたしは未だに信じられん」

 

 サーマは吐き捨てた。


「おはん、そいはネルア様に対する不忠じゃなかか」

 

 マリナリが指差して言う。


「そんな事はありもはん」

 

 サーマは首を振る。


「何かお考えがあっての事ならば良かと思う」

「お考えあっての事じゃあ」

 

 マリナリはニヤニヤしながらサーマの肩を叩いた。

 彼はそのまま自室に入っていった。

 サーマは憮然として、彼女の部屋に戻る。

 ネルア様が王に。

 確かに、これ程の誉れは無いかもしれない。シミツ家に忠義を誓う者ならば喜んで然るべきだ。

 でも、それでは。

 彼女はどうしても思ってしまうのだ。

 居てもたってもいられず、イワラの執務室に取って返した。

 彼はサーマの顔を見た途端、溜息をついた。


「話は訊いとろうが」

「直接、伺い等ございます」

 

 彼女は真剣そのものであった。

 イワラから、話を聞かなければ、納得しかねる。又聞きの又聞きでは。


「サルア公はネルア様に禅譲なされた。よって、サパン国の新たな主はカツマ藩シミツ家じゃ」

 

 ぶっきらぼうな返答であった。


「ないごてですか!」

 

 サーマは声を荒げてしまった。何と無礼ではしたない事と思いつつも、激情には抗い得なかった。


「新時代が来るとではなかったのですか!?我等は新時代の為に、戦っておるのではなかったとですか!!」

「新時代は来とる。現に270年もサパンを支配したトトワ家は玉座から追い落とされた」

「その玉座に、シミツ家の者が新たに座ると」

「そうじゃ」

 

 苦い顔で答えた。


「そいでは、同じ時代の繰り返しではないでしょうか。トトワ家にシミツ家が代わっただけでござりもす」

「おはんは、ネルア様を侮辱しとる」

 

 イワラはサーマを睨み付けた。


「ネルア様が王になって、悪くなると言うておるのだ」

「そ、そげな事は」

 

 ぎょっとして答える。そんな言い方、あまりにも卑怯ではあるまいか。サーマは胸中で毒づく。


「この、カナリス国は、民主主義を導入しておりもす。国民1人1人が政を考え、責任を持って参加する。そんな政治の有り方が、ここにはありもす。自分達の代表を自分達で選び、役人も身分出身を問わず、こん国を良くしていこうと」

「おはんは、綺麗事ば言いちょる」

「綺麗事でも、実現する為の努力はせねばならんと思いもす」

 

 サーマは冷や汗を覚えながらも、足の震えを自覚しながらも言った。

 1歩間違えば不忠ととられかねない。いや、もしかすると自分の言っている事は紛れも無く不忠なのだろうか…?恐ろしく思った。


「こん国でも、選挙権はごく1部の上層階級のみじゃ。無論おはんの様なおなごには無い。おはんは理想を追い過ぎる。発展には段階がある。サパンにはサパンにふさわしい政の姿があるとじゃ。おはんはそいが分かっとらん!」

 

 イワラは一喝した。


「こん話は聞かんかった事にする。おはんは部屋に戻れ!追って皆に指示を出す。そいまで待機!!」

 

 サーマは一礼して、自室に戻った。

 ベッドに仰向けに倒れこむ。

 確かに、カナリス以外の国も共和制をとっているとは限らない。海を挟んだエガレスという島国は王がいる。しかしそれは立憲君主として君臨しているのであって、エガレスには議会もあって……。

 議会。

 そうだ。せめて議会の設立は考えてくださっておるはず。

 自分は、理想主義に過ぎるのだろうか。自分はとんだ夢想家なのだろうか。


(いや、それならまだよか)

 

 サーマは苦笑する。

 ただの、夢見がちの小娘なのだ。

 ゼラ。あんな別れ方になってしまったが。

 軽蔑されただろうか。綺麗事を語っていても、結局はサパン国の事などよりシミツの天下の為に動いていた。

 涙が頬をつたった。

 驚いて、手で拭う。

 事態は急変しつつあった。恐らくはイワラ様でさえ、未来が読めぬのだ。これから先どうなってしまうのか誰にも分からぬ。そんな尋常ならざる政治的激動が起こりつつある。

 カツマ藩の使節団の一行が帰国する事になったのは、その翌日であった。事態が急を要旨、本国からの帰還命令が出たのだ。ちなみにトトワからはそんな命令すら出されていない。政権が崩壊してしまった今、トトワ使節団は宙ぶらりんだ。

 ゼラはどうなってしまうのだろう。本来は敵であるはずの彼女が心配でならなかった。いや、待て。サーマは思う。そもそも敵なのだろうか。平和的に禅譲が果たされたのであれば、もはや敵ではないはずだ。

 不安と焦燥のなか、荷物を片付け、カツマ使節団はホテルを出発する。最低限の荷物は自身で持ち、それ以外は馬車にて運んで貰うのだ。

 サーマが3年以上過ごしたホテルに別れを惜しみつつ立ち去ろうとすると、目の前にゼラが現れた。

 彼女は神妙な笑顔を浮かべていた。


「行っちまうか」

 

 サーマは頷く。


「ぬし、また泣いとる」

 

 ゼラの指摘にサーマは慌てて拭う。

 あまりに名残惜しかったのだ。


「そげな事はなか。目にごみが入った」

「元気でな」

 

 ゼラの口調は静かだった。


「おはんこそ…」

 

 サーマも言った。


「わたしは、おはんこそ心配じゃ」

 

 ゼラはニヤッとした。


「ぬしに心配されるまでもねえ」

 

 握手を求めてきた。

 2人はがしっと握り合い、抱き合った。


「また会おう」

 

 サパン式ではない、別れの仕方だった。


 

 サーマは走った。

 パラス駅で魔動機関車に乗り、マロウスユに到着後、港にて船に乗り帰国するのである。カツマ使節団は、トトワ使節団より先に帰国の途に着く事になる。

 さらに両使節団の違いはといえば、帰る場所があり間違いなく迎えがあるカツマに比べ、トトワにはその両方が無い可能性が充分に高いのであった。


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