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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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松の木

 ゼラとサーマは度々一緒に練習をした。

 サーマが男役をやってゼラの練習に付き合っていたという方が正しいであろう。

 ある時、サーマが袋を抱えてやって来た。


「お話した松の木の盆栽です」

 

 サーマはテーブルの上にそれを広げた。中からは見事な盆栽が現れた。

 夫婦は感嘆の声を上げていた。


「ほう、見事なもんだ」

 

 ゼラも食いついて、じっと眺める。 

 威風堂々としつつも、凝縮された美がそこにはあった。


「この度、ご迷惑をお掛けしたお詫びの印です。カツマから持ってきたものです」

 

 サーマは夫婦とその娘のエマに説明をする。

 彼らは、どんでもない、むしろ命の恩人だ。と言ってきた。


「いえ、我々カツマがご迷惑をかけたのは事実ですから。カツマの代表イワラは、あなた方の好意に報いる術を何とか探しておりました」

 

 サーマは微笑んだ。


「現金な話をすれば、この盆栽はカナリスでもかなりの高値がつく代物だと思います。これ以外にもお詫びの金を渡すつもりですが、今回はどうぞ受け取って下さい」

 

 夫婦は丁寧に頭を下げてきた。

 そして、夫が穏やかな表情で言った。


「いえ、これはカナリスとカツマ…いえサパン国との親善の印というべきでしょう。私達が貴女達と出会えたのはまさに、神の思し召しと言ってもいいでしょう。それを示す証を残す事は良い事です」

「絶対に売ったりなんかしないわ」

 

 妻が微笑む。

 サーマは胸に来るものがあり、深々と頭を下げた。それを見てゼラも下げる。こんな異国でこれ程のつながりが出来ようとは、思っていなかった。この一家と出会えて以来、いやゼラとの出会いも含めてだが、それ以来、孤独の寒風が吹いていた心に春風が舞い降りた様な気さえするのだった。


「ねえ、これどうするの?」

 

 少女がふと口を開いた。


「そうだ、庭に植えようよ」

「え、庭?」

 

 サーマは思わず言った。


「う……、大丈夫だと思う」

 

 そして頷く。「盆栽を庭に植えるなんて聞いた事ないですけれど、同じ木ですから、庭にあるのと違いなどあるはずがないですものね」

 夫婦も微笑みながら頷く。「娘の言う通りにしましょう」

 ゼラは言葉があまり分からないので、状況をあまり飲み込めていない様子であったが、サーマ達について来た。


「何すんだ?」

「この木を庭に植える」

「盆栽をか?」

「そう」

 

 庭にはスコップで大きく穴が掘られ、そこに盆栽の木が植えられた。


「他にも何か残しましょう。これだけじゃ」

 

 夫婦が言うのであった。

 確かに、今あるのは、庭に小さくぽつんと生えた小木のみである。

 ゼラとサーマは考え込んで、ゼラが思いついた。


「札でも立てとくか」

「ああ!」

 

 サーマがはっとして頷く。

 

 家にあった暖炉ようの木をゼラが法術で丁度良い形に切る。


「器用かなあ!おはん」

 

 サーマが驚くのにゼラはニヤリとして見せた。


「じゃあ、文字でも彫ろうか」

「おはんの法術でか?」

「それはさすがに無理だ。細かすぎる」

 

 カナリス人一家は目の前で法術の炸裂したその光景に唖然としていたが、彼らに短剣を持ってきてくれた。

 2人は文字を刻み始めた。

 数時間かけて文字を刻み上げ、2人はふうと息をついた。


「ゼラ参上」

「エルトン・サーマ此処に有り。トトワ歴269年5月17日、讃歴867年6月21日」

 

 という簡潔なものであった。

 木の札にはこの程度で充分であろう。


「不思議だと思ってた」とゼラ。

「サパンとカナリスじゃ、暦が違うんだったな」

「ええ」

 

 サーマは頷いた。


「サパンでは月の動きを基にした太陰暦を使い、カナリスでは太陽の動きを基にした太陽暦を使っとる。その違いでこうなる」

「まさか、暦も変えるつもりか」

「そいは分からんが、これから国際社会に打って出る以上、暦もヨウロに合わせねばならんと思う」

 

 神妙な表情を浮かべた2人だったが、すぐに互いに笑った。


「そんな話はとりあえず止めよう」

「ええ」

 

 それからしみじみとした雰囲気でその松の木を眺める。


「ここにはおら達がいた証がある」とゼラ。

 

 サーマは頷く。


「ええ、いつか」

 

 2人は向かい合い、がしりと肩を掴み合った。


「いつか2人で、ここにまた戻って来よう。そうして昔話をしよう」

「ああ、そうだな、そん時はどっちが立派な生き方してきたか、自慢し合おうでねえか」

 

 遠い異国で、少女達は、どこか予感を感じていたのかもしれない。いや、予感ではなくいずれは互いに敵対せざるを得ない立場にある事を自覚していたのだ。だからこそ、今が貴重なものに思えた。


 しかし、その時間は終わろうとしていた。

 それからまたしばらくして、舞踏の練習の休憩に入ろうとした時であった。


「ゼラ!!」


 突然叫び声がして、そこにリュカが現れた。

 家の垣の向こうから深刻な表情で2人に告げたのである。


「サルプ陛下が!」

 

 彼は、サパン国王の名を叫び、青ざめながら続けたのであった。


「禅譲だ」


 ゼラとサーマは目を丸くし、リュカを見る。


「禅譲なされた!!」

 

 2人の少女の間に、鉛より重い戦慄が垂れ込めた。

 時代は流転しようとしていた。


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