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最終話 ゼラとサーマ

 オウノから訊いたその村はトカシからさらに北の山奥にあった。トカシ近辺を捜索しても見つからない訳である。

 ミカヅキ村。段々の棚田が周囲を取り囲み、静かで穏やかな所であった。

 川が家々の間を流れ、せせらぎの音が心地いい。


(ゼラ、おはんは本当にここにおるのか?)


 荷車に乗せてここまで連れて来てくれた中年の男はにこやかに、


「ここだよ、姉ちゃん。あんたの言う赤髪さんはここにいるよ」


 と言った。


「ありがとうございます」

「いやあ、お礼は結構だよ?人助けのつもりだからさあ……いや、本当に結構だよ?本当にお礼は要らないからさあ……」


 男は尚もにこやかに言った。

 サーマが男にお金を握らせると、尚も男は言った。


「悪いよ姉ちゃん、俺ぁ善意で……!」

「いえ、これはわたしの感謝の気持ちですから。受け取って下さい」

「ならしょうがねえな。ありがてえありがてえ!」


 サーマが微笑むと、男は飛び上がるように喜び、荷車を引いて去って行った。


「さて」


 サーマは歩き始めた。

 しばらくすると、村の人間が出て来て、訝し気にサーマをじっと見つめてきた。

 やがて、その中から老婆が歩み出て、


「あんた、この村に何の用だい?」


 と訊いてきた。


「不躾ですが、赤い髪をした女性がいると聞いてやって来たのですが」


 サーマがそう言った途端、老婆が、ああと頷いて、


「こっちだよ」


 と案内してくれた。

 村の端の大きな屋敷であった。少しサーマがびっくりしていると、屋敷の中から女性が現れて老婆と少し話し込んでいた。


「トネちゃんはいないよ」

「トネちゃん!?」


 サーマが思わず声を上げ小首を傾げる。一瞬、別人だったのかと失望が全身を駆け巡った。


「ああ、トネちゃんだよ。自分の名前忘れたっていうんで、村の皆でつけてやったんだよ」


 屋敷の女性が笑いながら言った。


「そ、そうでしたか」


 サーマが苦笑いで応えると、客間に通され、お茶を出された。


「い、いえ、こんな」


 恐縮するサーマであったが、喉は乾いていたので有難くいただく事にする。


「トネちゃんは町に行ってるよ」

「町ですか」

「行商だよ」

「行商?」

「そろそろ帰って来る頃かね」


 女性が玄関の方へ戻っていくと外の方で、


「お客さん?誰ですか」

「いやあ、あんたの知り合いだってさ」


 と女性と帰宅したトネなる者と思しき声が聞こえてくる。

 サーマはその瞬間、身中の奥底から沸き上がる感情の迸りを抑え切れなかった。すぐさま屋敷の外に飛び出していた。聞き覚えのあるあの声であった。カツマの自宅で、幾日も聞こえてくるのを待ち焦がれたあの声であった。聞き間違えようはずもなかった。

 目の前に現れたのは赤髪の娘だった。彼女は納屋に背負ってきた荷物を置いて出てきたところであった。

 その後ろ姿もまさにサーマには見覚えがあった。

 振り返って怪訝そうな表情でサーマを見やるその顔を、見忘れようはずもなかった。

 視界が滲んでいく。


「なじょした、ぬし」


 ああ、その言葉遣いは……。サーマは顔を覆った。


「ちょっと……」


 女性の狼狽えた様子の声が聞こえる。


「申し訳ありもはん……」


 サーマは涙を拭い、


「大丈夫です。大丈夫です」


 と気遣う女性に頷き返す。

 赤髪の娘は、尚も怪訝そうにサーマも見やり、


「何の御用で?」


 と言った。


「まあ、とりあえず中で話したらどがんね」


 女性の言葉もあり、サーマと赤髪の娘は客間で向かい合った。


「……おはん……いえ、あなたはいつ頃からこの村に?」


 最初に切り出したのはサーマだった。

 赤髪の娘は腕組みをして首を傾げ呻った。


「何年になるかな、6年くらいか?でも、とんと思い出せねえんだ。気づいたらおらは山道を歩いてた。で、行き倒れたところをこの村の人達に助けてもらったんだ。で、それを何でぬしが訊く?」


 赤髪の娘は目を細め、訝し気な様子だった。

 サーマはずっと相手の顔を見据えていた。見据えながらも、涙を抑え切れなかった。ただ、悲しいというのではない。サーマの口元には微笑みが浮かんでいたのだ。


「何だよぬし……。それで、おらは何とか役に立てねえかと思い、ああやって行商やってる」

「元気にやってて良かった……」


 サーマはそう一言だけ呟き、涙を拭った。


「なんだ、ぬしは泣き虫な奴だなあ。ほれ」


 赤髪の娘は呆れ果てた風に懐紙を取り出してサーマに手渡す。

 そして再び唸りながら、顎に手をやって、サーマに顔を近づけながら、


「うーん、ぬしの顔、どっかで見た事あるような気がするなあ。さっきも何だか古い知り合いの様な気がしたんで自然と受け入れられたんだ」


 と言った。

 サーマは目を大きく見開いた。


「見た事ある?」


 サーマもじっと、かけがえのない赤髪の友人の顔を見つめ返した。


「……そうじゃろう。見た事あるじゃろう」


 そして、破顔した。

 ゼラは険しい表情で唸り、


「なんだか癪だな。そっちは覚えているのにこっちは思い出せないなんて」

「ははは、ゆっくり思い出していけばよか」


 サーマは泣き笑い、ゼラは顔をしかめた。

 日は傾き始め、山間らしい涼しい風が吹いた。

 2人のいるこの客間にも、縁側の方から爽やかな風が通り過ぎていった。


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