失脚
タイゴ・マカナルの死は、エルトン家宅で軟禁状態にあるサーマらにも知らされた。サーマだけでなく、その母サウも夫と娘と義理の息子がカツマ軍に走った咎を受けて同様の罰を受けている。ただ、本当の処罰はこれから裁判等を経てであろうが。
「タイゴどんが……」
母が気落ちする様子に、サーマは何も言えなかった。サーマ自身はタイゴには敬慕の念よりむしろ恐怖のような感情を抱いていたといっていい。
タイゴには罪はないのかもしれぬが、彼が関わってくると特に彼女の友人が不幸になるような気がしたのだ。
事実、ゼラは未だに行方が知れない。
ただ、彼は何を思って死んでいったのであろう。と考えてしまうのだ。政府軍に反旗を翻したのも果たして本意であったのだろうか?
7月14日、兵士らからまたもや報せがあった。
サーマの父ムネルと、彼女の婚約者であるコノリが政府軍の虜囚となっているというのだ。
「あの人は無事でございもすか!?」
サウが上ずった声で言い、サーマは思わず母と顔を見合わせ、互いに喜び合った。
しかし人の目もある。すぐに落ち着いた様子を取り戻した母娘は、
「2人はどうなるのか?」
と尋ねた。
兵士の答えよれば、しばらくは牢につながれた後裁判を受ける事になるという。
「あいがとさげもす」
2人は丁寧に頭を下げた。
しかし、兵士は微妙な表情を浮かべ、
「本来ならば、お前達もそうであったはずだ。お目こぼしされているだけでも有難いと思え」
と言い放ち去って行ってしまった。
それからも、軟禁状態は続き、兵士らが届ける食糧を糧に生きる日々が続いた。
そのまま年も明け、新サパン暦9年となった。
一方、サーマが記し、かつ残した証拠はカラマル中将によって王都アカドへ運ばれていた。
回収したのはエアイ率いる魔動省である。サーマの記録を真っ先に読んだエアイは、衝撃を受けると共に、即座にゴーレムの破片の解析を命じた。
「これを1人で解析したのですか?」
魔動省の魔動技術者の1人がふうと息をつき、頭を抱えた。
「1人でするものではない」
彼らは口々に言った。知恵も持ち寄り、ここはこうだ、いや違う、と言い合いながら作業を続ける、数多の計算式を苦心して記し、魔動陣の解析を進める。
「すぐ出来るものじゃありませんよ」
「いや、エルトン君はやったそうだ。君達は人数もいる。出来ない道理はない」
エアイは発破をかけた。
(これが確かめられれば、奴の罪も明らかになる)
彼は覚悟を決めていたのだ。
全ては秘密裏に行われている。ミンブリン伯が勘付く前に終わらせる必要がある。
十数日かけて、ついに解析が終了した。
明らかになった答えは、エアイとその部下達の間に重苦しい沈黙をもたらした。
サーマの記録が正しかった事が証明されたのだ。
「……この事は他言無用だ。この件は国家の威信に関わる」
エアイは言った。
異国の武器商人の陰謀によって煽られた結果、大乱が引き起こされたなど恥辱以外の何物でもない。無論、それ1つが理由なのではなく、あらゆるものが複合的に寄り集まって爆発したといった方が正しいのだが。
エアイは世間にこそ秘匿すべきだと考えていたが、一部の政府高官へは工作を開始しており、ミンブリン伯とサパン国政府の関係が悪化するのにそう大して日は掛からなかった。
ミンブリン伯の謀略と裏切りが彼らに知られるところとなった結果、魔動省はミンブリン伯を取引先から排除した。ミンブリンを訪ねる政府高官はぱったりといなくなり、彼と懇意にしていたはずの軍関係者も途端に冷淡な態度をとり始めた。
ミンブリン伯はサパン政府に対して辛抱強く取引の継続を望んでいったが、政府は頑なであり、その対応が徐々にではあるが彼の精神の平衡を損なわせ始めたのであった。
当然、ミンブリン伯が政府や魔動省の態度の変化の原因に気付いていない訳がない。それ故であろうか、私的な場面ですぐ激高するようになり、時には自室を滅茶苦茶にして泣き崩れているところを目撃されたりしている。
そういった醜聞の数々によって、ささやかなごまかしではあるが、サパン国としては隠したい真の理由を、伯の人となりのせいにしてしまえた。
ミンブリン伯は、翌年の新サパン暦10年にはサパン国から故郷のカナリス国へ帰国している。
そして、サパン国で得た財を以て再起を図ろうとするものの、既に精神に変調をきたしていた彼は、
「またあの小娘達が邪魔をしに来る……」
「あの赤髪の娘を見た!間違いないあの娘だ。わたしを今度こそ殺しに来たのだ……」
と日頃からうわ言の様に繰り返していたという。
当然、再び成功者となれるはずもなく、やがて表舞台から姿を消した。風の噂では自ら命を絶ったともいう。
新サパン暦9年の9月にはエルトン家の軟禁状態が解かれた。その数日後には虜囚の身となっていたエルトン・ムネルが許されて帰宅している。
「父上!」
サーマも母のサウも、1年以上振りの再会に涙した。
やつれて痩せていたとはいえ、血色はそこまで悪くなかった。
「おはんらしくもなか、泣く事はなかろうが」
「コノリ殿は今日はソキの家に挨拶して、明日来るそうじゃ」
妻に対しては照れ隠しの憎まれ口を、娘に対しては婚約者の話をしたムネルであった。
しかし、彼の目にも涙が滲み、久方ぶりの家族の再会に胸を詰まらせていた。
翌日、サーマが庭を掃いていると、
「サーマ殿」
玄関に現れた若者にサーマは目を見開いた。
「コノリ殿!」
サーマが駆け寄ると、ソキ・コノリは苦笑いを浮かべた。自身の風貌に遠慮があったのだろう。長い牢生活が彼の風貌から若者らしい溌溂さを奪っていた。
「ご無事で何より……」
「いや、お恥ずかしい限り……」
「何を仰いよっとですか、よくご無事で……」
サーマは涙を拭いながら微笑んだ。
「サーマどんも、ご無事で」
コノリもにっこりと笑った。
「さあ、お入りになりたもんせ」
サーマが促し、コノリは一礼してからエルトン家の門をくぐった。
ようやく日常が戻ろうとしていた。
しかし、ゼラが戻ってくる事は無かった。