終戦
(父上……コノリ殿……)
虜囚となったサーマは他の虜囚達と共に大部屋に押し込まれ、その部屋の隅でサーマはひたすら祈った。父親と許嫁はコママト城包囲に参加していたと聞く。それから全く何の話も聞こえてこない。死んだとも生きているとも、ただの1つも情報が無かった。
不安でならなかった。ゼラの事もある。いや、ゼラは必ず生きているはずだとサーマは何度も自分に言い聞かせた。
(無事でいてくいやい!)
目を閉じ、手を顔の前でぎゅっと握りしめながら額に押し当てた。
サーマのもとに兵士がやって来たのは、サーマが虜囚となって2日後の事であった。
「エルトン・サーマと申す者はお前か?」
一直線にこちらに向かって来た3人の兵が、サーマをじっと睨む。
確かに探すまでもない。サーマは思った。女は自分1人だけだ。虜囚となって大人数の男達と一緒の部屋に泊まったが、何気に気が抜けなかったのだ。
無論、私塾学校の生徒らはそんな無粋な真似はすまいと信じていたのだが。
懐に隠し持っていた魔動陣の書かれた紙は全て没収されてしまい、何か書いたり刻んだりする事が出来る筆や石なども没収された。
さすがに没収しに来た兵士らは呆れ果てていたが。
(用心深くなってしもうた)
自らも呆れてしまったサーマであった。
そんなサーマに再び兵士達が用があるというのだ。予想はしていたが、思ったより早かった。
「分かりもした」
サーマは大人しく従い、横目に生徒らがじっと見守る中、兵士らについて行った。
案内されたのは政府軍に接収された学校内のとある部屋であった。
机に座っていたのは、明らかに階級の違う軍服を身に纏う威厳のある男だった
「カラマル・ヤバルと申す者だ。海軍中将である」
すくっと立ち上がり、良く通る声で言った。
髭を生やし、恰幅も良い。
「エルトン・サーマでございもす。わたくしなどに一体何の御用で?」
半ば予想はしていたと言っても、正直確証は無い。
「これはお主が書いたものか?」
机の上に投げ置かれたのは、サーマがゴーレム研究に使っていた冊子装本であった。
「はい。確かに、わたしが書き留めたものでございもす」
サーマは即答した。
もはや、隠し立ては無用だ。
「ゴーレムを研究してどうするつもりだった?撃破方法を調べておったのか?」
「はい」
「誰の命であるか!」
カラマルの声は荒げた様子も無いのに、部屋中をびりびりと響かせた。只ならぬ大音声の持ち主である。
「キルマ殿でございもす」
またもや即答した。
「そうか」
カラマルは頷いた。
「本題はそこではない」
彼は部屋の中を歩き回り始めた。
「お主はゴーレムの破片を集め何かしらの調べ物をしておったようだな?」
「はい」
サーマは頷いた。
回りくどい言い方だと思った。恐らくは様子を見たのであろう。
「爆発したゴーレムの破片を集めて、ある調べ物をしておりもした」
はっきりと言い切った。
カラマルは立ち止り、横目でぎろりとサーマに視線を向けてきた。
「爆発の原因か?」
「はい」
サーマは頷いて説明を始めた。自分が分かっている事の全てをつまびらかにした。
カナリス国の実業家ミンブリン伯が、爆破機能を仕込んだゴーレムを紛れ込ませてサパン政府に買い取らせ、それを伯の手の者が遠隔で操作し爆発を引き起こした事。その爆発が決起の機運を一気に高め、戦争へとつながった事を。
残念ながら、誰よりも証人である彼は、伯の手の者だった男は、既に生徒らによって殺されてしまっていた。
カラマルは黙って聞いていたが、やがてもう1冊の冊子装本をバンと机の上に置いた。
「ここに書いてあるな。我々の目に留まるように机の上に置いておいたか」
確かに、サーマは捕まる前に、学校内の彼女にあてがわれた研究室の机の上に自身でしたためた2冊の本を置いてきたのであった。
「ゴーレムの破片も回収なさったなら、魔動陣を解析なさるがよろしいかと」
サーマの声色は震えていた。怯えからではない。激情が皮膚一枚を隔てて内部で渦巻いていた。
異国の、しかもあの因縁深きミンブリンの手によって、自分の故郷が戦禍を巻き起こし、大勢の人が死に、大切な人や物を奪われ、家や村々を焼かれていく。こんな事は許せるはずがない。
「つまり、あのカナリス人実業家は、異国で以て国そのものや人を食い物にし、自らを肥やそうとしている。こんな者と懇意するべきではありもはん!いえ、すぐにでも縁を切るべきでございもす!!」
サーマの虜囚にあるまじき言は、カラマルによってあっさりと受け入れられた。
実のところ、と彼が話すところによれば、さる筋よりエルトン・サーマとその縁者への寛大な処置の願いがあったという。
「最後は裁判によって罰が決まるであろうが、今の待遇は良くしよう」
とカラマルがバツの悪そうに言うのであった。
サーマは即座にその願いの出処を把握した。ミラナ王女殿下であろう。無論、それだけではなく、彼女の元上司である魔動省のエアイと、留学の際の元締めだったイワラの2人の嘆願もあった。しかし、サーマはこの時そこまで考えは及んではいなかった。
「いえ、待遇は今のままでようございもす」
サーマはかぶりを振った。
特別扱いは受けるつもりはないし、それに、恩を受けたくもない。サーマの頑なさがまたここで現れたのであった。たとえ、かつて仕えた王女の心遣いであったとしてもである。
「いや、お主はおなごだ。男の大所帯の中に1人ではまずい」
カラマルが顔をしかめた。
しかし、サーマは尚も固辞した。その為、カラマルは強制的にサーマをエルトン家の屋敷へ返し、そこを兵士で取り囲ませた。
サーマはそれも固辞したが、王女殿下の名誉を持ち出されて渋々了承するのであった。
「サーマ!!」
サーマの母サウが驚愕した様子で娘を出迎えた。
「申し訳ございもはん……」
サーマが頭を下げると母は、
「何ば気落ちしちょっとですか。あなたが無事で母は嬉しかとですよ?」
と涙を浮かべて、サーマの頬に手を添えた。生まれて初めて見る母の涙であった。
「母上……」
サーマの頬を伝うものがあった。それを押し留める事が出来ず、サーマはついに声を上げて泣くのであった。
自分の無力さを恨みながら。
タイゴ率いるカツマ軍は各地で敗戦を続けてノゴアという土地で包囲を受けていた。それを脱する為政府軍の裏をかき、山越えを開始した。
6月4日、カナ岳を突破し、麓に着陣していた政府軍を奇襲。タイゴ・マカナル自身の法術も炸裂し政府軍を蹴散らした。その勢いを以てカツマへの侵入を成功させる。これにはタイゴの電撃的な指揮能力と士気の高さもあろうが、タイゴ自身がついに自ら戦場へ出たという事実に政府軍は驚きを隠せずにいた。
6月15日にはカツマ城下町へ辿り着いたカツマ軍は、その日の内に私塾学校を襲撃し奪還せしめるのであった。
政府軍はその為一時退却を余儀なくされた。
報せこそなかったが、サーマにも事態の急変は感じ取れた。思わず縁側に立ち、兵士らに警戒の目で見られながら外の様子を伺うのであった。
カツマの人々はタイゴ・マカナルらカツマ軍を歓迎したといわれる。恐らくは協力者もいたのかもしれない。しかし、政府軍も黙っておらず、ゴーレム等の魔動兵器を駆使しての総反撃を開始した。
カツマ軍は、私塾学校のあるシロ山というところで籠城した。粘り強く抵抗したが、政府軍の大攻勢を前に徐々に押され始めていった。
政府軍による降伏勧告の書状がタイゴ宛に届いたが、タイゴはそれを無視している。この前後において双方で降伏への道筋を付けんと往来があったようだが、総指揮官タイゴには知らされずに行われたようだ。
新サパン暦8年7月11日、タイゴ・マカナルはゴーレム部隊の襲撃により兵士らが次々と倒れていく中で、自らも数体倒しそれを撃退したが、腹部に負傷を負い、同じく負傷を負っていたカツマ軍幹部のビンプ・シンスに対して、
「シンどん、もうここらでよかろう」
と言ったとされる。
周囲の幹部も兵士らも厳粛な光景を見るかの如くであった。タイゴは跪いてから一礼し、それが済むと彼は割腹した。
介錯を務めたビンプも、後を追うように自害を遂げ、残った幹部達は、後を追い自害して果てる者や、敵に突っ込んで戦死を遂げる者に分かれた。
ゼラとサーマをこの戦争に駆り出したキルマ・タシは、魔動砲をいくつか破壊した後、尚もゴーレムと死闘を繰り広げて終ぞや力尽きている。
ここに、西南方面戦争は終結した。