法術師とゴーレムの戦い2
(まいったな……)
薄れゆく意識の中、ゼラは霞む視界を尚上空へ向けていた。
さらに血を吐きながら、自身が負った傷が軽くない事を知った。
身体中に閃光による傷を負い、腕や足の裂けた傷から血がどくどくと流れ出している。
(おいおい……おらは、あんな奴くらい倒せるだろ……?)
よりにもよって、土人形の胴体から顔だけ出すという間抜けな姿をした奴にここまで痛めつけられるのか。
足に力を込めて立ち上がろうとするも、身体が重い。
「お、おかしいな。こんなに重かったか……」
声もかすれ気味でほとんど出ず、驚かされながらも、岸壁に手をついてようやく立ち上がる。
手をついた箇所に、血の手形が出来たのにまた驚く。
敵は悠々とこちらを眺めている。
どうやら、また笑っているらしい。
(悔しいな……)
力なく笑うしかない。
壁に手をつき立ち上がり、相手を見据える。
赤髪は尚もうねり、肌の色は相も変わらず赤黒い。法力の奔騰は収まっていない。
(まだ戦える)
身体が多少動き辛いだけだ。
(負けたくねえな)
あんな奴に負けたくない。殺されてたまるものか。信念も何も無く、ただ、貰い物の力を笠に得意げになっているあんな男に。
岩壁に寄り掛かり、ふうと息をつく。
(さて、どうする?)
閃光による遠距離攻撃と法術封じの連携によって、ゼラは追い詰められた。事実、対抗手段は思いつかないといっていい。
近寄ろうにも近寄れず、かといって、こちらも遠い距離から攻撃しようものなら法術封じの壁に阻まれる。
そして、相手は無尽蔵に魔動力を周囲から吸収してくる一方、ゼラの法力には限りがある。
(とはいうものの、底は見えちゃいねえがな)
ゼラは荒い呼吸の最中に口角を吊り上げた。
こんな場合でも、どこか高揚感を味わっている。
今度こそ死ぬかもしれぬ。頭を擡げてきた考えは、不安などではなかった。
上空を見上げると、ゴーレムは今も尚、悠然と宙に浮かんでいる。
魔動がどんどんとゴーレムの内部に溜まっていくのが感じ取れた。
既に膨大な量の魔動がゴーレムの内部で渦巻き、放出される瞬間を今かと待っていた。
ゼラは自嘲気味に笑った。
(やるしかねえな)
もはやこの身体では、間もなく放たれるであろう特大級の閃光をかわす事など不可能だ。
ならばすべきことは1つであった。
いや、1つしか思いつかなかった。
闇雲に攻撃を仕掛けたところで、法術封じをされてしまえば通じない。下手をすれば法力そのものを使えなくなってしまう。
「ぐっ……」
ゼラはよろめいた。傷が痛んだというのもあるが、力が思うように入らず身体を支えきれずに態勢を崩してしまう。
「へへっ……情けねえな……」
何度目かの自嘲の笑みを浮かべる。尚も相手を見据えていたゼラであるが、やがてその笑みは凄みのあるものに変わっていった。
(不思議だ)
自身でも驚く程穏やかな心持だった。
ゼラの髪も輝きが落ち着き始め、先程まで煌々と放たれていた光はあたかも行灯の如くぼんやりとしたものに変わっていく。
太陽も傾き始めてだんだんと暗くなっていく中、ゼラの髪も目も、優しげな光を爛々と湛えているのだ。
そしてその肌も赤黒さは弱まり始めた。
だが、ゼラは感じていた。これまでにないほど、充実した活力と法力が沸き上がってくるのを。
ゼラは深呼吸した。
(やってやる)
やれる。そう思った。先程までは途方に暮れていたといっていい。だが、自分が何をすべきかはっきりと分かった。
「ん……?」
ふと気づいた。
ゼラは岩壁を背後に、破壊しつくされた森の中に立っている。その周囲を、幾つもの人影が、まるでゼラに寄り添っているかのように、朧げな姿を見せていた。
幻かと思ったが、そうかもしれぬし、そうでないかもしれぬ。
ゼラの心が映し出したものであったか。
それとも……。
その影の1つは明らかに女性であった。その女性の影が、こちらを慈しむような微笑みを浮かべているのに気付いた。
「母ちゃんか……?」
(こんなものを見るって事は、おらもいよいよ年貢の納め時か)
かつて夢の中で見たご先祖達と思しき影を、夢でもないのにこうして見ている。
「母ちゃん……」
ゼラが呼び掛けた直後、その影達は一筋の赤い光となって、ゼラの中に飛び込んできた。
不思議と、恐ろしくなかった。
(力がさらに沸いてくる……)
以前からずっと彼らと一緒だった気がしてならなかった。
(ありがとうなご先祖様)
暖かな感覚が全身を駆け巡る。
ゼラは上空を見上げた。
宙に浮かぶゴーレムの前に、膨大な魔動力を集結させ凝縮した球体のようなものがある。遠目にも、禍々しい魔動の奔騰がうねりとなって、球体の表面が嵐の海の如く蠢いているのが分かる。
ゴーレムに乗った男の表情は見えないが、どうせ、傲然としたものに違いない。
「見てろ、法術師の底力を。ぬしの鼻っ柱をへし折ってやるから有難く思うんだな」
ゼラは凄まじい眼光を相手に叩きつけた。