法術師とゴーレムの戦い1
—―ダウツは幼き頃より法術師に憧れていた。とある雄藩に育った彼は幼い頃から偉大なる法術師達の書を読み漁り、法術道場でも熱心に学び修行した。彼より年下の少年や少女までもが法術を扱えるようになっていく様を傍から眺めている日々。上の世代の立派な法術師にも羨望の眼差しをひたすら向ける日々……。
そして動乱が訪れた。世を変えようとする動きの中、法術師達が活躍する様を、この頃には羨望だけではない心情で眺め続けた。
終ぞダウツには法力は備わらなかった。法術師になれずに終わったのである。
そして、時代が変わり、魔動に出会った。
(これだ……!)
ダウツは思った。これならば自分にも……。
血の滲むような努力の果てに、ダウツは魔動省に入るまでとなっていた――
ダウツの相手は風刃を放ってくる、それを魔動の防壁で軽々と弾かれると、今度は火の影に隠れ猛然と走りながら、さらに数発。
それらも全て弾かれたところで、今度は燃え盛る炎を法術で操り飛ばしてくる。
当然猛火の砲弾もダウツは防ぐ。
彼はたまらず哄笑した。
無駄な足掻きだ。
しかし、攻撃を退ける度に、その瞬間『吸収』が止まるのは厄介だ。
(まさか、これを確かめる為に?いや、まさか。だとしても何だというのだ)
さらに数発防ぎ切り、動き回るゼラが迂闊にも射線上に飛び出したところで、閃光を放とうとした。まだ、溜まり切っていないが、充分であろう。何より、この好機を逃す手はない。最大火力で撃つよりも、当たる方が大事だ。
その時であった。
背後に衝撃が走り、ダウツの視線が上へ傾いたのである。つまり、ゴーレム自体が上空を仰ぎ見る形となったのである。
「なっ!」
手遅れであった。
彼が赤髪の娘に向けて放とうとしていた特大の閃光は、遥か彼方の上空へ線状を描いていった。
不意を突いた背後への攻撃によって、防壁を張り損ねたゴーレムの身体の姿勢を崩したのだ。しかも、上空へ閃光が放たれるよう、絶妙の機会を狙った上で。
「貴様!」
ダウツはゴーレムをぐるぐると動かし、周囲を見回した。先程いた場所には既に居らず、そこら一帯にも影も形も無い。
既にゼラは姿を消していた。
(どこへ隠れた!)
改めて周囲を見回そうとして、ダウツは気づいた。彼の周囲を巨大な槍が取り囲んでいるのを。
(いつの間に!?)
次の瞬間、ダウツが張った全周囲の魔動の防壁めがけて数多の槍が飛んできた。
轟音を次々と立てて、槍の先が防壁に突き刺さっていく。突き刺さるのにもダウツは驚いたが、やがて防壁にヒビが入った時、彼の胸の内に恐怖が沸き起こった。
さらに防壁を張って二重と為し、1つ目が破られ、尚も新たに生み出される槍が突き進んでくるのを防いだ。
明らかに相手はここが攻め時だと考えたようだ。事実、ダウツは自身が消極的になっていたのに気付いた。
(これでは埒があかぬ)
使いたくはなかったが止むを得ない。たかが法術師の娘1人程度、力押し出来ると考えていた。そうでなくてはこのゴーレムに乗った意味がないと思った。旧時代の遺物共を蹴散らすというのに、1人相手に何を手こずっているのか。
いや、あの娘が桁外れなだけに違いない。
あの赤い髪と青い目、そして今や肌の色すらも赤黒く、もはや人と呼んでいいのやら。伝え聞くかつてのサパン国の英雄イリダ・ナーブ王の姿と似ている。
(まさか……!)
ナーブ王の軍記物も幼き日に読み、憧れに憧れていた。だが、彼のようにはなれぬと知って以降、その名は忌まわしい響きに感じた。
「ならば尚更、否定せねばならんのだ!!」
ダウツの絶叫と共に、ゴーレムから眩い光が同心円状に広がった。ゴーレムの周囲幾里にも渡って、音もなく光の同心円状が幾重にも広がっていく。
効果はてきめんだった。2つ目の防壁が破られ、3つ目にすらヒビが入り始めた頃、槍は突如として霧消した。
肌の色が戻り始め、髪も輝きを失い始めているのを目の当たりにしたゼラは、軽く舌打ちした。
(法力は……)
封じようとする力の流れを感じる。法術封じをやられたようだ。
しかし、舐められたものだ。この程度で封じようとするなど。舐められたのでなければ、もはや相手に余裕はないとみえる。
(見てろ……)
すぐさまゼラの肌が再び赤黒く染まり、指先も再び鋭く尖っていく。
赤髪もうねうねと動き、目も青く光り出す。
力が再び湧いて来る。法力が身体中を駆け巡り奔騰している。
ゼラは立ち上がり、駆け始めた。
直後、ゼラが先程まで居た地面に閃光が直撃し、轟音と共に地面が爆発した。木々や石の破片が吹き飛び、法力で防壁を張りながらゼラは駆けた。
次々と放たれる閃光が、さらに森を火の海にしていく。
(やたらめったら、撃ちやがって……!)
こちらの居所を炙り出す為だと気づきつつも、ゼラは逃げた。
しかし、このままではじり貧である。
ゼラはそう気づいていた。
相手は限りなく周囲から吸収し魔動力を発揮する事が出来る一方、ゼラの法力には限りがある。このまま長期戦になれば、先に法力を使い果たし倒れるのはゼラである。打開策を考えなければ、やられてしまうのはゼラだ。
相手はこれまでになく閃光を雨あられと連射してくる。一発一発の威力は落ちてはいるが、当たった大岩が割けたり、木々が容易く切断されて音立てながら倒れて、すぐに火の手をあげていく。
そして隙あらば、法術封じを放ってくるので、ゼラは走り回り逃げるしかない。
閃光を放って対抗するも、防壁もしくは法術封じで防がれる。
やがて、ゼラはさすがに息切れをし始めた。
「ち、ちくしょう……」
恨めしい目で、上空に浮かぶゴーレムの巨体を睨み付けた。その胴体の真ん中には、顔だけを出したダウツが、勝ち誇った表情でゼラを見据えている。
「サーマが居たらな……」
思わず友人の名を口にしたが、1人では荷が重いと感じ始めていた。キルマらの法力を探ってみると既に遠くにあり、こちらに助太刀に来る気配はない。いや、来はしないだろう。下手に手出しは出来ぬ程の戦いを自分と相手は繰り広げている自覚はあった。
そこに、ゴーレムからさらに法術封じが放たれたのである。
すぐに先程のそれとは威力が段違いだと気づいたゼラは、走り出してその場から離れようとした。
ゴーレムの身体を中心として球体に広がる法術封じの範囲から逃れる為に駆けた。
上空から雨あられと閃光を放ちつつ、時折法術封じを発動させながら、相手からの攻撃は防壁で防ぐ。相手は法術師の有効な潰し方を編み出していて、ゼラは間違いなくそれに疲弊していたのであった。
ゼラは懸命に駆けた。ようやく離れきって、いざ反撃をしようとしたところであった。ゼラの背後に閃光が直撃したのである。とっさに寸前で法力の防壁を張ったが、瞬く間に幾多の閃光がゼラの居る箇所一転をめがけて殺到した。
法力の防壁は長くは持たなかった。
ゼラの身体は爆発と共に吹き飛ばされ、したたかに岸壁に叩きつけられて、ずるずると仰向けに倒れ口から血を吐くのであった。