トカシの戦い2
いくつもの赤い閃光が幾重にも連なる線状となってみえた。
ゴーレムの放つその線状が自分1人を狙っていると気づいたゼラは、キルマに目配せした。
キルマは頷き、声を張り上げた。
「ここを離れろ!」
法術師達が慌ててその場を離れ、キルマ自身もまたゼラから離れるや否や、ゼラの方もその地点から猛速で弾丸と化して飛び去った。
直後、その地点の地面が巨大な土柱を立てる。
ゼラは、飛び去ったというより敵に近づいていったというのが正しい。
法力を身体に纏わせ、バチバチと音を立てながら進むゼラを目の当たりにして、キルマが茫然としたのは当然でもあった。
あれは、キルマが心の師と仰ぎ付き従うタイゴの法術だったからであろう。
きいぃんと空気を振り上げて弾丸となって空中を突き進み、ゴーレムの身体を貫いた。
即座に他のゴーレムがゼラの飛んで行った方に首を回し、閃光を放つ。
そして、胴体を貫かれた1体もまた、首だけをぐるっと背後に回して、着地したゼラに向かって閃光を放ってきた。
ゼラは走った。
やはり、明らかに自分を狙ってきている。サーマの言う事は本当だったようだ。
ゼラは、今自分を囮にしようとしていた。
木陰に潜み、そこから様子を伺う。
ゴーレム達は宙に浮かびながら、一つ目をぎょろぎょろと動かしている。
こちらを探しているようだ。
(あの目は、本当に目なのか)
あと、分かった事もある。
奴らは法力を感知しようとしていない。いや、出来ないもかもしれない。ゼラは先程からわざと法力を垂れ流しにしている。しかし、ゴーレムはずっと森の上をぐるぐると飛びながら、探し回っている。
(それなら、逆にやり易いかもな)
ゼラが少しほくそ笑んでいると、ゴーレムのもとへ飛び掛かる人影があった。
次の瞬間、ゴーレムが頭部から下半身に至るまで真っ二つに斬り裂かれたのであった。
「あっ!!」
もちろん、それはキルマであった。
自分1人囮になるつもりであったゼラは思わず立ち上がった。キルマがさらに間髪入れずにそのゴーレムを細切れにする最中、残りのゴーレムがキルマに向けて閃光を放とうとしている。
そこへ、他の法術師達が、炎や風刃、閃光を以て一斉にゴーレムへ攻撃を仕掛けた。
ゴーレムは吹っ飛ばされたり、手足を捥がれたりしたものの、即座に再生をしていく。
キルマによって細切れにされたゴーレムすらも、飛び散った破片が空中で再集結し再び1つになっていく。
(相変わらず厄介だな)
何度も目の当たりにしたり、理屈でも分かっていた事だが、その再生能力を改めて見せられるとげんなりする。
「ゼラ!」
キルマがゼラの近くへ降り立って来た。
「どげんすれば倒せる!?」
「サーマからの手紙、読まなかったんですか?」
ゼラは多少冷淡に応じた。
「報せは受けておる!」
「なら、おらの近くに居ねえ方がいいです」
ゼラが腕をかざすと、数体いっぺんに圧し潰された。
「……ああやって倒すんです」
残りのゴーレムから幾度目かの閃光が放たれ、ゼラに向かってまっしぐらに飛んでくる。
ゼラとキルマは飛び退った。
轟音を立て、土や木々が吹き飛ばされるのを尻目に、ゼラはさらにもう1体を仕留めた。
残りは5体、ゼラの方にぐるりとその大きな瞳を向けてきた。
「おはんはないごて隠れん!?ここに居れば敵の目に入ってしまうど」
キルマが木陰から手招きする。
しかしゼラはそれには冷淡に応えた。
「おらを目に入れとかないと、あちらさんは別の標的に向かいそうなもんで」
閃光の波状攻撃をさらにかわしつつ、さらに1体を仕留めた。
「そげん事はよか!ここが狙われとろうが!」
怒気交じりにキルマが叫んだところで、ゼラもキルマも、一斉にオノリ山の方角を見た。
砲撃の音と銃声が聞こえてきたのである。
キルマがゼラと法術師達を率いたのは、オノリ山を占領する為であった。しかし今はゴーレムの迎撃に遭い、山から離れてしまっている。
この機に乗じて、山の麓にあるカツマ軍の陣に、山の上から瞰射があるのは当然であった。
指揮官不在のまま、陣は敵と当たらねばならない。
キルマの判断は誤りであった、と言うのは簡単だが、彼は法術師として自信と誇りがあり、彼が率いた法術師達に対しても同様だったのである。
キルマが激しく舌打ちし、
「撤退じゃ!」
と叫んだ。
「なら、おらはこいつらを仕留めてから行きやす」
ゼラがそう言うと、
「分かった!生きて戻ってこい!」
キルマが頷いて、法術師達と合流する為に木々の中に分け入って行く。
「さて」
ゼラは凄絶な笑みを浮かべ、獲物を見やった。
雲が入り乱れた青い空を、ゴーレム達が旋回を続けている。
キルマ率いるカツマ軍右翼軍はオノリ山の奪取を結局諦めた。撤退し、主戦場へ合流せんとキルマは兵を進めるのであった。
一方、激烈な戦いを繰り広げていた政府軍とカツマ軍の中央軍と左翼軍であるが、1度はタイゴ・マカナルの弟であるタイゴ・コンヘイ率いる中央軍と左翼軍が政府軍を撃退せしめたのであったが、ゴーレム部隊を政府軍が投入し始めると、じりじりと押されていった。
コンヘイは兄程ではないが、優れた法術師であった。
彼と彼の率いる法術師部隊は、渡河しようとする敵軍を、水を法術にて操作して押し流したり、風の刃や閃光を以て、次々と敵兵を蹴散らした。さらには土壁を大量生産して、政府軍の魔動銃や魔動砲を凌ぐ盾とした。
これにはたまらず政府軍もいったんは引き揚げた。
法術師侮るべからず。魔動による軍備を整えた政府軍は、法術はもはや時代遅れの産物ではないか、と楽観的に捉えていたが、そうであったとしても容易い相手ではなかったのである。
無論、法術師を抱えるカツマ軍の方も、魔動兵器と政府軍を侮っていたのは事実である。魔動などは法術の使えぬ軟弱な者の使う技術に過ぎない。それに、士気においても、戦士としても、カツマ兵士は政府の柔弱な兵士共とは比較にならない。
そう考えていた。そしてそこに活路と展望すら見出していた。
しかし、実際は違ったのである。
徴兵された兵士達は、充分に戦い、魔動兵器を使いこなし、カツマ軍の攻勢を退けもしたのである。決して柔弱な存在ではなかった。
そして、侮ろうがそうでなかろうが、強大な力を前にしては、何物も無力であると、彼らはやがて実感させられるのであった。
ゴーレム部隊を幾度破壊しようとも、その度に再生し動き出すゴーレムに、法術師部隊は戸惑い、疲弊していった。
ゴーレムへの対処法は知らなかった訳では無い。サーマの報告はコンヘイも聞いている。その頭部や四肢を含めたあらゆる箇所に魔動陣が施されており、それを同時に破壊すればいいのだ。それが出来なければ、1つでも残ってしまえば、その魔動陣の力によってゴーレムは再生してしまう。
コンヘイはやがて『コツ』を掴んだ。法力の閃光を微細な刃とし、徹底的に切り刻めばよかった。
そうすると、ゴーレムは1体、また1体と動きを停止していったのであった。
「このまま押しもんそ!」
コンヘイは兵達に喝を入れた。
その時であった。
太陽の眩い光が逆光になって、山を飛び越えこちらに向かって来る巨大な人影のようなものを映し出した。
ぶううんと音を立て、近づいてくるものが、巨大なゴーレムである事に気付くのに、そう対して時を要さなかった。
コンヘイは見た。
その巨大な腕がゆっくりと上がり、その指先がこちらに向いたかと思うや、禍々しい光を煌めかせ始めたのを。
次の瞬間、カツマ兵も政府軍の兵も、皆、その光景に見入った。
無音であった。
黒い閃光が戦場を一瞬の間に駆け巡ったのをその場の兵達は見た。
無論コンヘイも眼前を閃光が通り過ぎるのを目の当たりにしたのである。
ゴーレムを倒しきり、ゼラは森を走ってカツマの軍と合流しようとする最中であった。
寸前に、とてつもない力の膨張を感じて思わず立ち止まると、地も空気も揺らすような轟音と共に、暴風がゼラを襲った。森の木々が薙ぎ倒され、ゼラもしたたかに吹き飛ばされた。
法力で身体を保護しなければ、岩に叩きつけられているところであった。
立ち上がってふと空を見上げ、ゼラは口をあんぐりとした。
巨大な柱のような雲が、赤く燃え盛る雲が、天高くそびえていた。
傍の木に登ってみると、想像をはるかに超えた光景が広がっていた。
あれ程の範囲で燃え盛る火と沸き上がる雲を見た事がなかった。
この辺りまで、熱が伝わってきており、絶句するしかない。
そして、その行為の主はゼラの頭上高くで、未だ恐るべき力を蓄えているようであった。
向こうもこちらに気づいたらしく、その全能感に満ちた恍惚とした表情に、下卑た笑みを刷かせた。
「格好良くねえな、ありゃあ」
ニヤリと口角を上げ、ゼラはその人物と視線を合わせた。
ゴーレムの胴体の辺りから、彼は顔だけを出し、それ以外の身体の部分はゴーレムに埋もれてしまっていた。
ゼラは名前を知らないが、顔だけははっきりと覚えている。あれはサーマの同僚だった青年だ。