トカシの戦い1
ゼラは北上軍の主力部隊にあって行軍を続けていた。そんな彼女のもとにも、北のトカシという地で政府軍との戦いが始まった、という情報は入ってきていた。
「増援に向かう」
当然の如く、指揮官が指示を下し、ゼラらは行軍を開始した。
聞くところによると、背後から政府軍を突き、挟み撃ちにする算段だという。
そうして、北上軍の主力はトカシ近辺を目指したのであった。
一方、トカシにおいては、政府軍の頑強な抵抗もあって、カクチ川から一度は渡河を果たしたものの、退却を余儀なくされていた。
態勢を立て直しつつ、援軍を待つ、という方針である。
政府軍には増援が次々と駆け付けて来ており、魔動砲も幾門も揃い、時折つんざくような音を響かせ、カツマ軍陣営のいる地面を抉った。
さらに12日未明、政府軍の部隊がカクチ川を渡河しカツマ軍を襲撃した。増援によって勢いづいた政府軍に、イライというカツマ軍指揮官は撤退を決断するものの、政府軍の猛追に遭ってしまった。
しかし、途中で政府軍の追跡が鈍り、ついにはタバラ街道まで来たところで退いて行くのであった。
自ら剣を握り、血や土に塗れたイライは、政府軍の動向を訝しむも、とりあえずは部隊の再編制に努めた。
後に大激戦が繰り広げられるタバラを挟んで、タバラ街道の北西のトカシ方面に政府軍、南東にカツマ軍、という状況になった。
政府軍はそもそも、籠城戦を続けるコママト城を助ける為に魔動砲やゴーレム等の輸送は不可欠であった。周囲は山であり、結果として政府軍はこのタバラという街道を渡らざるを得ない。
この時、政府軍は大事をとったのであろう。指揮官はミヨという男で、部下のナギラという人物がさらなる追撃とタバラ街道の確保を具申したのを受け入れなかった。
ミヨの決断の是非については置いておくとして、そこに大きく迂回して強襲を仕掛けて来たのが、北上軍のうちでもキルマの率いる右翼部隊であった。
ゼラもその右翼部隊にいたのである。
キルマがこの戦いに引き込んだのであるから、彼の指揮下にあるのは当然の事であったかもしれない。
カクチ川沿いにゼラは他の兵士らと走り、ついには先を行く兵士達が政府軍と接触したのを遠くに見た。
カツマ軍は絶叫しながら政府軍に突撃した。
死地へ今まさに向かわんとする自分を鼓舞するような雄叫びでもあり、死すら恐れぬ者の咆哮ともいえた。剣を振りかぶり、政府軍に襲い掛かる。
政府軍も応戦し、壮絶な斬り合いを演じた。
ゼラも、斬りかかってきた政府軍を法力で吹っ飛ばし、横から来た剣をかわし、へし折り、相手を殴り飛ばす。
軽やかに戦場を駆けながら、やはりどこかで高揚感を覚える自分を感じていた。
ただ、殺す気はない。戦いとは戦えなくなればいいのであり、最悪気絶で充分だと思っていた。
(おらは、この戦に責任はねえ)
だから、必ず殺さねば、とは思えない。
人の命を奪ったのは、あの時だけ。そう、あの時だけだ。
かつて、母が父と出会い、そして自分が生まれた村。確かトネ村といったが、そこを牛耳っていたヤクザの連中がいた。
奴らは、父を殺し、母は無念な思いをさせた。そう、彼らは仇であった。
そしてさらに、ゼラと母の2人がそれぞれ世話になったヘイゾウという老人を人質にするという卑劣な手段に出た彼らに、とうとうゼラは堪忍袋の緒が切れたのであった。
そう、人を殺めたのはあの時だけだ。
あの後は、何ともいえない嫌な鬱々とした気分になって、結局それから2年間の隠遁生活を送ったのであったが。
耳をつんざく、空気を切り裂く音が聞こえた。
ゼラは魔動の力を感知し、着弾点を予測した。
「こっちに来るぞ!」
絶叫すると、兵士らは慌ててその場から離れる。
轟音と地響きと砂煙がたちまち広がり、さらに質の悪い事に、抉れた土の破片や飛び散った石が、兵士らを襲うのである。
ゼラの方にも飛んできたが、法力の壁がそれを弾いた。
それからも、次から次へと魔動の砲弾が飛んでくる。
激戦であった。
双方が魔動銃を使用し、猛烈な撃ち合いを演じた。
政府軍指揮官の1人ミヨが銃撃により負傷する程のものであり、それを機と見たキルマの指示が飛んで来た。
さらに迂回をして後背を突く。
敵の補給路を叩く。というのである。
既に北上軍の左翼軍と中央軍も戦闘を開始し、政府軍にも増援が駆けつけ、死闘を繰り広げている。
山がちの狭い土地で、軍勢がひしめいていた。
キルマ率いる右翼軍の動きに対して、政府軍も敵軍の行動を察知し、オノリ山に兵を集めた。
オノリ山はさして高く険な山でもないが、この地域の要衝であったのである。
キルマ軍がオノリ山の攻撃を開始したのが、午前10時頃である。
カツマ軍の攻勢に対して、政府軍は山の上の方から魔動銃や魔動砲での幾度も退かせた。
これにはカツマ軍も攻めあぐね、キルマは決断を下した。
「ゼラ!」
ゼラが近くの指揮官の1人に呼ばれると、キルマのもとに駆けつけるよう命じられた。
キルマのもとに行くと、5人の法術師がいた。
ゼラは一瞬で法力を感じ取り、彼らはただの兵ではなく、法術師であると見抜いた。
それが集められたという事は、法術師に特に命じたい事があるのであろう。しかも、カツマへの忠義すら怪しい人物すら呼んだのである。
特に、ゼラはキルマの前で良い格好をした覚えが無かった。
「あの山は必ず陥落せしめる。おいに続け」
キルマは言った。
他の兵士と同じように返事をしたゼラにキルマが、
「おはん、何か不満か?」
と訊いてきた。
「別に何も」
ゼラは被りを振った。
「単にキルマさんも法術師だったかと思っただけです」
「当然だ。おいはタイゴどんの側に仕えとった身じゃ」
キルマは眼光鋭く語気強くゼラに応えた。
それもある、が、指揮官が兵を置いて飛び出すのか、ともゼラは思ったのである。
キルマの後に6人の法術師が続いた。
オノリ山の山頂付近から、魔動銃の瞰射が襲い来た。
ゼラは法力で弾き返したが、キルマは法力を纏わせた剣で全て斬り伏せた。
さらに彼は、隣にいた法術師への魔動弾丸すら弾いてみせたのだ。
「あいがとさげもす!」
思わず叫ぶ法術師に、キルマは、
「気を抜くな!」
と一喝し、さらに先を進む。
他の法術師達も、法術による土壁を作り出し防いだり、風刃で吹き飛ばしたりしている。
(なかなかやるな)
ゼラはキルマの後を追った。
魔動銃による銃撃が一旦止んだかと思うと、間髪入れずに複数の大きな魔動力が山頂で発生する。
「来るぞ!」
ゼラはキルマや他の法術師らに叫んだ。
「分かっとる!」
なんと、キルマは飛び来る魔動砲の砲弾に対して、自らが飛び上がって、雷光のように輝く一閃で真っ二つにしてみせた。
真っ二つにされた砲弾は、それぞれが軌跡を描きつつ、あらぬ方向へ着弾し爆発を起こした。
それとほぼ同時に、別の砲弾は、ゼラの法力による壁にぶち当たり爆発四散してしまっていた。
ゼラとキルマは互いに目配せした。打ち解けてなどいないし、無論親愛の情などあろうはずもなかった。
片や無理やり参加させた張本人であり、片やカツマの者ではない余所者であった。
ただ、この瞬間、実力に関してはそれなりに信がおけると感じ合っただけである。
だが、山の中腹くらいに差し掛かろうというところであった。
ゼラの足が止まった。
「どげんした!?」
キルマも足を止めゼラの方を振り返る。
ゼラの髪の色が煌々と赤く光り始め、その目は茶から蒼天の如く爛々としだした。
唖然とするキルマと、法術師らに対し、
「来るぞ!」
ゼラは今度こそ、深刻な声で叫んだ。
その途端、山頂から10は下らぬゴーレムが出現し、そのぎょろりとした一つ目から赤い閃光を一斉に放ってきたのである。