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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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ヒカタにて

 港町ヒカタに続々と軍船が到着し、兵士が降り立っていく。その軍船の1隻から、2人の人物が降り立った。

 新サパン暦7年の11月8日の事である。

 お供の人間を引き連れているが、それは片方の使用人達であった。

 ミンブリン伯と魔動省の官吏ダウツの2人は揚々と降り立ち、ヒカタに建てられていたヨウロ式の館に入った。


「まあ、悪くないだろう」


 ミンブリンは外観をまず見て言った。中に入り、ダウツと机で向かい合う。足を組んで悠々とした微笑みを湛え乍ら、パイプを吹かし始めた。


「賊軍はここを目指しておるというが、政府軍を信用してよいのかね?」


 ダウツははっきりと頷いて、口角を微かに吊り上げながら応えた。


「伯も信じておいでだからこそ、ここに来られたのではないですか?」

「左様」


 ミンブリンは声を立てて笑った。


「政府軍には魔動兵器の数々に法術封じ、さらには伯のゴーレムがあります。賊軍などひとたまりもないでしょう」


 ダウツも笑った。

 どちらも蔑みの意図が滲んでいたが、ダウツのそれの方には陰惨さが込められていた。


「時代遅れの法術師共にはこれで引導が渡されるでしょう」


 ミンブリンは尚も微笑みを湛え乍ら、ダウツを見やっていた。

 ダウツが辞去した後、ミンブリン伯は彼が出て行った扉を見据えながら鼻を鳴らした。


「自分の物でもない力を、自分の力のように錯覚するとは。とんだ間抜けだ」


 紫煙を吐き出し呟く。そして顔にはっきりと嫌悪と侮蔑を現した。


「サパン人の分際で。あれはヨウロの、カナリスの、魔動だ。わたしの、ゴーレムだ。少なくとも、お前のではない。魔動師の紛い物にして、法術師の成り損ないめ」


 と1人吐き捨てた。



 ダウツは海路にて運び込まれたゴーレムがいったん集積される倉庫を見に行った。

 布を掛けられたゴーレム達が荷車に乗せられ、次々と運び出されていく。

 じっとその光景を見やりながら、ダウツは恍惚とした表情を浮かべた。言いようも知れない高揚感が湧きたってくる。

 しかしそれは、負の感情が根源にあるといっていい。

 ダウツは、その中でも一つだけ桁外れに巨大なものに視線を向けた。彼の瞳に一際渇望のようなものが滲み出た。


「……これが、最新式のゴーレムかね」


 近くにいた兵士に尋ねると、兵士は頷いた。


「ええ、まいったもんです。こんなにでかいと戦場に運ぶのも一苦労ですよ」


 普通のゴーレムが背丈からいっても成人のサパン男性の2倍程であるのに対し、これはさらにその5倍はあろうかという大きさである。横たわった姿を見るだけでも、その巨大さに圧倒される。

 これが立ち上がり、ゴーレムとしての恐ろしさと強大さを戦場で発揮すれば、敵にはあたかも魔神の如く映るであろう。


「素晴らしい……」


 ダウツはその巨体を撫でまわした。表面は滑らかで、岩のような硬さだ。いや、ただの岩より硬いに違いない。

 身体のあらゆるところに、魔動陣が施されており、数は数十を下る事はあるまい。

 その1つ1つが高度極まるもので、ダウツも見ただけでは解析出来なかった。


(これに僕が……)


 これに乗り込み、戦場を駆けよう。法術師共を蹴散らすのだ。旧時代の遺物共を。法力という古く弱々しい力を手にしていただけの法術師共に、自身の価値を思い知らせてやるのだ。

 良い時代になったものだ。

 ダウツは改めて噛み締めた。

 

 

 

 ヒカタから政府軍は到着次第に次々と南下を開始していた。それと同時に、魔動砲やゴーレムが行軍に混じって、荷車で運ばれていく。

 カツマ軍が北上を開始したという報告も当に受けており、それを待ち受ける為の軍もあれば、別方向から南下しコママト城への援軍として向かう軍もある。それ以外にも、別方向から南下していく軍もある。

 分かり切っている事ではあるが、政府軍の方がカツマ軍を上回る大兵力を以て鎮圧にあたろうとしていた。少なく見積もってもカツマ軍の2倍以上の兵力を政府軍は動員している。この見積もっても、というのは政府軍の動員兵数は公的な資料があるから判然としているのであって、カツマ軍の想定兵力がその半分以下と推定されるという話である。

 ただ、政府軍はカツマ軍の動員兵力をはっきりと把握していた訳ではなく、政府軍は余裕をもって、というよりは、全身全霊を以て叩き潰そうとしてこの兵力をこの戦争に注ぎ込んだ。

 11月8日時点ではまだ、その半分もヒカタに到着していない。なので、この瞬間においてはカツマ軍は多勢に無勢という訳でもない。

 ダウツとミンブリンは数日間様子見する事とした。戦況の把握に努めたのである。

 これは政府軍からの要望でもあるし、彼らとしてもゴーレムの投入は最高の舞台で行いたかったのである。

 しかし、戦況というものは刻一刻と変わるものであるし、手をこまねいていては機を逸する事になりかねない。

 軍に同行する日はそう遠くないであろうと彼らは踏んでいた。


 

 そして、南下を続けていた政府軍と、北上していたカツマ軍がついに激突したのが、10日の事でトカシという地においてであった。

 10日未明、政府軍はここ一帯では最大の河川であるカクチ川に辿り着き、その河川沿いに陣を張った。ここでカツマ軍を待ち受けようとしたのである。

 その時、カツマ軍北上軍の主力は実のところコママト北部を進軍中であった。コママト城攻めへの未練がそうさせたといわれるが定かではないし、先発隊が政府軍と遭遇した形ともいえる。

 トカシという地で始まった戦いなので、一連の戦いをトカシの戦いとも呼んでいる。


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