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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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手紙と頼み

「とにかくまた会いもんそ」

「ええ」


 3人は朗らかな微笑みを湛え、再会を誓い合った。


「ゼラどん」


 ムネルが瞳に涙を滲ませながら言った。

「おはんはわしらにとっても大事な人じゃ。生きて再び会って、まずはサーマを喜ばせてくいやい」


 胸に来る者を覚え乍ら、ゼラが冷静でいられたのは、ムネルが涙を浮かべているのに対して、彼の娘を思い出し、


(親子だな)


 と思っていたからであった。

 こうした場面で泣いたところで、恥でもなかろうし、涙もろいというのは偏見かもしれないとも思ったが、仕方あるまい。


「ええ、約束しやす」


 ゼラはニカっと笑った。

 そして、手をブンブンと振りながらムネルやコノリと分かれ、進発組に合流した。


「遅くなってすいやせんね」


 ゼラがへいへいと頭を下げ乍ら兵士達の中に入っていくと、兵士達は一様にゼラを睨み付けるのであった。

 そんな時であった。

 馬蹄の音が響いてきたかと思うと、馬に乗った伝令が陣に駆け込んできた。

 馬から降りて周囲を見回していたが、ゼラの姿を見咎めるや、慌てて走ってきた。


「ゼラというのはおはんか?」


 青年伝令は言った。彼はサーマに手紙を託されたカイヤマであった。


「ああ」

「手紙じゃ!」


 さっさと渡すや、踵を返して本営に駆け込んでいく。

 本営への報告よりゼラを優先したらしい。

 今まさに進発しようとしていたからであろう。

 サーマからのだと気づいたゼラは、あの青年が恐らくはサーマからの約束を果たそうとしたのだと思い至った。

 手紙を広げ、中身を読んだゼラは、ふふと笑って懐に収めた。

 ミンブリン製のゴーレムには、ゼラを襲うよう魔動が仕込まれている。そして間違いなく、此度の戦争で出て来る、大雑把にはそう書いてあった。

 無事でいて欲しい。いざとなったら逃げて欲しい。そう書き連ねてあったが、ゼラは友人の想いを理解しつつも、また別の事を考えていた。

 つまり、ゴーレムはまっしぐらにゼラに向かって来るのである。

 不敵な笑みがゼラの口元に這わされた。


(悪いなサーマ。いざとなったらその話、役に立つかもしれねえよ)


 そうこうしているうちに、行軍が始まった。

 ゼラも兵士達と共に歩みを進め始める。

 既に日は高くなり始めていた。


 


 カツマより端を発した大乱は、王都アカドにすら影を落とした。いや、落としたと思っているのは自分の様な官吏だけかもしれぬ。

 エアイ・ズンマはとある人物を訪問した。

 世間一般の民衆が、此度の乱をどう見ているか、よもや政府に一矢報いんとするカツマもといタイゴ・マカナルに対して溜飲を下げているのかもしれぬ。

 エアイは魔動省の長として、今回の政府軍とカツマ軍の戦いに関わっている。政府軍が魔動兵器を運用するに辺り、魔動省の働きは大であった。

 その成果が今回現れるであろう。

 それに、ゴーレムの真価も。

 彼はそれに最後まで反発を示した部下を思い出していた。

 彼女は今から会う人物に率いられ、ヨウロ諸国の1つカナリスに渡っている。


「よう、来て下された」


 イワラ・サンジベエは鷹揚にエアイを迎えた。

 イワラの屋敷はさすがに政府の要職だけあって、応接間も見事な調度品で溢れていた。

 しばし、世間話を行って、いよいよ本題に入った。


「エルトン・サーマの事は覚えておいでで?」


 エアイが尋ねると、イワラは目を大きく見開き、次いで快活に笑いだした。


「覚えるも何も、忘れる訳がない。サーマがどうかしたのですか?」


 イワラは多少カツマ訛りが残ってはいるものの、朗々とした声色がそれを気にさせなかった。


「彼女は貴方の下で世話になっていると聞いたが?」


 イワラが身を乗り出し、油断ならぬ視線をエアイに向けた。


「イワラ殿。単刀直入に聞きますが、ミンブリン伯爵はどういうお方でしたか?」


 その名を聞いた時、イワラは目を細めた。


「何故、そんな事を訊く?」

「……エルトン君が非常に彼の事を警戒しておりましたので」


 エアイは、はっきりと言い切った。

 するとイワラが腕組みをし、


「ほう……」


 と油断ならない視線を這わせた。


「エアイ殿はどう思われる?彼は信頼のおける人物か?」


 エアイは首を振った。


「彼のもたらすヨウロの品々は魅力的です。ですが、やはり異人の実業家ですから、一番に自身の利益を考えておるのは間違いないかと。このサパン国に情は持っていないでしょうな」


 イワラが頷いた。


「彼は野心家じゃ。いざとなれば血の通っていない事も出来る男だと思えた」


 エアイはイワラが口にしようとしない事を、こちらから口にした。


「エルトン君はミンブリン伯と因縁があるようですが……」


 イワラが目を細めた。


「エアイ殿がどこまで聞いておいでか、分からぬが……」

「ぜひ、知っておきたい」


 エアイは身を乗り出した。

 イワラは腕を組んだまま、しばらく視線を机に向けていたが、やがて口を開いた。


「分かった」


 かつて、カナリス国にてミンブリン伯の起こした陰謀劇をイワラは語った。カツマ側の者とトトワ王朝側の者の双方を誘拐し、さらには現地の年端も行かぬ少女をも巻き込んだ陰謀劇である。3人まとめて殺害した後は1人に残り2人の殺人の罪を着せ、カツマ側とトトワ側の争いを誘発して漁夫の利を得んとしたと思われるミンブリンの行いは、政治的にこそイワラは口を噤む他無かったが、心中では唾棄していたのであった。


「これは、わしとサーマの推測じゃがな。ミンブリン伯は結局罪を認めておらんし、サーマも犯人は顔を見せようとはしなかった、と言っておった」

「そうでしたか……」


 ようやく合点がいったのである。あの理性的な彼の部下が、あれ程までに感情を露わにした理由が。


「それと、あと1つお頼みしたい事があるのですが……」


 エアイは居住まいを正した。


「ほう、魔動省の長たるエアイ殿が、わしに何をして欲しいと?」


 イワラが油断なく目を細めた。


「エルトン君はカツマに在って、もしかするとカツマ側におるかもしれません。事と次第によっては厳刑も免れないでしょうが、イワラ殿のお力で穏便に済ませて頂きたい」

「それこそ、彼女次第でしょうな」


 イワラが苦笑した。


「エルトン君は望んで乱に与する輩とは違います。もし、加わったとしたら、やむを得ぬ事情故でしょう」

「それはわしにも分かる。だが、人間というのは分からぬものじゃ」

「エアイ殿、あなたは王室ともつながりがある。エルトン君は自ら親交のある王女に助命を乞う真似はせんでしょうから。先方から助けがいるかもしれません」

「それも分かる。だが、事と次第によっては、問題になろうな」


 魔動省の長たる人間が、法の公平を捻じ曲げようというのである。イワラは目を大きく見開いた。

 エアイの覚悟のほどが伺われた。もし、イワラがこの事を公にすればエアイは只では済まないのである。


「お願いいたします……」


 エアイは頭を下げた。

 かつてカツマの代表者として異国にあったイワラである。当時は藩主だったシミツ・ネルア王の信望が厚かった事がその一事だけでも分かる。


「分かりました」


 イワラは頷いた。


「しかし、わしがそうせずに済めば良いですな」

「全くです」


 数刻後、エアイは丁重に礼を言ってイワラの屋敷を後にした。

 彼は魔動省に戻る道すがら、考え込んだ。

 確かに、今はミンブリン伯と政府は蜜月であり、ミンブリンの提供するゴーレムは此度の乱を鎮めるのに役立つだろう。

 しかし、これ以上の蜜月は望むべきなのだろうか。道義的に見れば、ミンブリン伯は手段を選ばぬというよろしくない面がある。カナリスでのサーマ達との因縁しかり、此度のゴーレム導入然り。

 ゴーレム導入はこちらの方針でもあったが、彼は異国の人間でゴーレムの威力を試そうとしている。

 現に、彼はヒカタに向かったという。そこで政府軍に合流し、戦場でゴーレムが使用される様を見物する気に違いない。


(それに)


 彼に同行していったのは魔動省のダウツ・エルマイである。エアイの部下であるはずだが、いつの間にやらミンブリンと懇意にしていたらしい。


(それを見抜けなかったわしは、とんだ間抜けのようだ)


 ある時期からサーマとダウツの間に険悪な雰囲気が漂っていたように感じたのは、単にゴーレム導入という省の方針を巡って対立したからではなかったというのか。

 此度の乱でのゴーレムの活躍次第では、さらなる導入をという機運が生まれるやもしれぬ。

 たが、彼個人としては、ミンブリン伯と魔動省の関わりは断ちたいところであった。


(いや、断つ)


 そう腹に決めたのだ。エアイは力強く歩を進め、魔動省へ続く道を進んでいった。


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