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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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開戦

 カツマ軍は隊列を組んで、街道を進んでいた。ゆるやかな傾斜の坂道の上がり下がりが続く。

 夕方近くになって、近隣の村々に停泊する。総大将タイゴと幹部達は、綱紀粛正を徹底させてはいたものの、大勢の人間が突然村に押しかけて来るのである。村々にとってはお呼びでない客であった。事前に察知して多くの村民は避難していたが。

 村には建物があるとはいっても、数には限りがある。よって下っ端兵士は、僅かな食糧を頬張り、寝るのは地面の上となる。


「親父さーん、コノリさーん」


 ゼラと同様、一兵士に過ぎなかったエルトン・ムネルとその娘の婚約者ソキ・コノリのもとへ、ゼラが走り寄ってきたのは暗くなる前であった。


「おお、ゼラどん」


 ムネルが微笑みながら応じると、ゼラがニカニカ笑いながら、目の前に腰を下ろした。


「やっと会えやした」

「やはり、おはんも来とったか」


 ムネルが頷いた。


「サーマはどこじゃ?」

「サーマは、カツマに残ってやす。後詰ですよ。ひとまずは、魔動の知識を買われて武器庫に向かいやした。魔動兵器の研究とかでしょう」

「サーマどんは、この義挙にはあまり賛同されちょらん様子でございもしたが……」


 コノリが不安気に口を開いた。

 ゼラは神妙な表情を浮かべた。


「親父さんとコノリさんが心配だったんでしょう」

「死ぬのは惜しくありもはん」


 コノリが即答した。

 横で、ムネルが複雑な表情を浮かべつつも、頷き、


「サーマには悪かが、わしも死ぬ覚悟はしておる」


 と言った。


「そうですか」


 ゼラはもはや口を出すものではないと思っている。

 だが、サーマと約束してきた。2人を守ると。死なせずにあのエルトンの家へ帰らせると。

 さらに行軍が続いた。

 これまでのところ、敵軍と遭遇してはいない。カツマ軍側の予測では政府の援軍はまだ到着せぬとみていた。コママト鎮台との戦いは、コママト城内に立て籠もる敵軍との戦になるであろう。援軍が来るまで耐え忍ぶ為に、籠城戦を敵は選ぶに相違ない。


「攻城戦というやつじゃ」


 ムネルが言った。


「へえ」


 ゼラは歩きながら応えた。というより、ゼラが訊いたのである。これより先の作戦は何であるか。


「城に籠ろうが、構いもはん。カツマの者は皆勇士と自負しておりもす。そいに、法術師部隊もありもす。城の1つや2つ、物の数ではございもはん!」


 コノリが揚々と言った。


「そうですか」


 ゼラは言った。

 法術封じが無ければいいが、と思ったが口には出さまいと思った。

 いや、口に出した方が良いか。


「政府軍は法術封じをしてくるかもしれねえです。おらも危ないが、他の法術師も危ねえ。あまり当てにしねえ事です」


 と言うと、2人は冗談ととったらしく、笑いだしていた。


「ゼラどん、サーマどんから聞いちょりもす。相当な法術師だと。何の心配もいらんと」

「……ま、ただの法術師じゃねえのは事実ですよ」


 ゼラは胸を張って見せて、話を続けずにそのまま歩き続ける。

 いくつもの山や谷を越え、いくつもの村々を通り過ぎ、カツマ軍がコママト城を包囲したのは、新サパン暦7年11月4日の事であった。

 ゼラやムネルやコノリも、包囲軍の中にある。

 コママトまで敵軍との遭遇はやはりなかったが、カツマ軍の士気は非常に高く、殺気立った視線をコママト城の石垣とその上にそびえる天守へ向けていた。

 ゼラはムネルとコノリの側を離れず、じっと彼らと同じように城を眺めていた。とはいうものの、実際は城下町を挟んで、遠目に見える程度の距離に包囲軍はある。

 恐らく城下町の住民も、城内もしくはどこぞへ避難してしまったのだろう。街からは人気を全く感じない。

 城内にはいくつか、魔動の力を発するものがあるようだった。それが何なのか、ゼラにはしかと分かり兼ねたが、魔動砲や魔動師の類であろうか。


(魔動だと、あれが物なのか人なのか、いまいち分からねえ)


 これが法力ならば、法力を放つのは人間か人間の施した術式のみである。そちらの方が余程相手の戦力が分かるというものであった。

 しかし、魔動というものは分からない。魔動の術式そのものの放つ力は弱くとも、結局自然界から吸収した魔動を活用するのであるから。

 たとえ、ゴーレムがあったとしても、ゴーレムが起動せぬ事にはゼラには感知出来ないのである。

 ゼラ達が居るのは先鋒隊であって、いずれ本体が合流する。それを心強く思う兵達の士気はかつてなく高揚し、ついには先鋒隊の指揮官より砲撃命令が下った。

 魔動砲である。

 しかし、ここで使われたのは、トトワ王朝時代末期のものであった。

 轟音が鳴り響き、地鳴りを起きる。

 遠くにあっても、ゼラ達の身体をびりびりと揺らすのに、コノリは特に顔を強張らせていた。


「まあ、あんな音は戦じゃねえと聞かねえでしょうから」


 ゼラが言うと、気恥ずかし気にコノリは苦笑いを浮かべた。


「ついに、始まったかと……」


 そう口にし、黙りこくって城をじっと見つめる。

 幾発か放たれた砲は石垣や城を直撃したのであろうか。白煙を上げているのを遠目に、歓声が起こった。


「見たかあ!」

「城に籠ったまま、怖気づきよって!」


 すると、城の方角から空気を切り裂く音が聞こえて来たかと思うや、ゼラ達から離れた箇所のカツマ軍陣地の側の地面が破裂した。

 さらに数発。


「一旦退けぇ!」


 カツマ軍指揮官が叫び、一瞬恐慌状態になりかけた兵士達も気を取り直して、指示に従った。

 ゼラ達にも指示があり、ゼラは言う通りにする。

 戦端は開かれた。

 ゼラはやる気など起きはしない、と思っていた。しかしいざ事が始まってしまうと、妙な高揚感を覚えていた。我ながら良くない嗜好が久々に頭を擡げてきている。

 戦いそのものもそうであるが、相手が相手なのである。

政府軍である。

 政府軍を相手に遣り合える、という事実に喜びを感じている自分にぞっとすらした。

 確かに政府は何度も遣り合った因縁深い相手であり、何よりゼラの師であるシンエイ先生の仇でもあった。

 その日は散発的な撃ち合いで終わった。籠城する敵に対しては、本軍の合流を待つべきという判断もあったと思われる。

 翌日の11月5日、タイゴ・マカナル率いる本軍が到着し、本格的なコママト城包囲戦が始まった。


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