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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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ゴーレムの研究

 10月30日、カツマ軍が進発するのと前後して、サーマは倉庫に案内され、カツマ軍が接収した魔動砲や魔動銃、ゴーレムを見せられた。


「こいでごわす」


 私塾学校の生徒の1人が、サーマをじろじろと眺めながら、それらを指差す。


「たまたまこの数体だけは動かずに終わりもした。他のを動かそうとしたら爆発したもので。このまま倉庫に置かれたままでございもす」


 確かに、試しに動かしてみようとして、全部を動かす事はないだろう。


「ゴーレムはまたいつ爆発するか分かりもはんで、おい達皆、近づきとうなかでごわす」


 生徒は笑いながら言った。


「長い戦いになると、タイゴどんは仰せになられた。そいに備えて、魔動兵器の研究も続けなければなりもはんで」

「わたしもそう思いもす」


 サーマは微笑んだ。

 だが、当然作り笑いだった。

 未だ、胸の内は暗澹たるものだった。

 ゼラとの会話が思い出される。彼女は今、行軍の最中だろうか?

 ――進発前日の夜。エルトン家のサーマの部屋で2人は膝を付き合わせていた。


「逃げてくいやい」


 サーマは真剣そのものの表情でゼラへ言った。

 ゼラは小首を傾げた。


「何言っとる」


 サーマの手がゼラの両肩に乗せられる。


「おはんがエルトン家の為に戦う事はなか。姿をくらましてくいやい」


 悔しさを滲ませ、唇を噛み締めるサーマ。


「……。姿をくらますなと言ったのはぬしだ。おらには逃げ癖があると。渡世人になるなと言った」


 ゼラはからかうような声色だった。


「……ゼラ!」


 ゼラの肩を掴むサーマの手に力が込められる。


「今回は、本当に、死ぬかもしれんのに!」


 泣きそうな顔で声を荒げる。


「サーマ」


 ゼラの手がサーマの腕を掴み、肩からサーマの手を外す。


「いいんだよ。おらは戦いたいんだ。奴は言ったな。2人が参加しなければと。なら、おら1人が逃げても良い事はねえ。むしろ、そんな後ろ髪惹かれながら逃げるなんて真っ平だ」


 ニカっと微笑み、サーマの手の甲をパンパンと優しく叩いた。


「おらはもう、決めちまったから。説得は無駄だぞ。早く寝よう」――


(わたしのせいだ。ゼラをこの地へ連れて来たから)


 その思いが、どうしても胸の内から消えない。

 ゼラに平穏な暮らしを送って欲しいと思っていたのに、結局戦いに投じさせてしまった。

 ゴーレムに真っ先に近づく。他の生徒や技術者と思しき者達は、遠巻きにサーマの様子を見ていた。

 実は現物を目の当たりにするのは始めである。

 土くれを固めたようでいて、触ると鉄のように固い。ところどころに魔動陣が刻み込まれていて、背丈は成人男子の倍程もある。ヨウロ本土にはさらに巨大なものがあるという。

 それに……。


(ミンブリン製の最新式はこれより、さらに大きい……)


「エルトン殿、このゴーレムとやらが戦場に出てくれば、どげん戦えばよかとでしょうか?」


 サーマが戻ってくると、1人の生徒が言った。

 サーマは、目を一瞬瞑って息を吐いた後、応えた。


「私が魔動省に居た頃、少し調べた事がありもす。ゴーレムには魔動陣というものがいくつか刻まれていて、そこから自然界の魔動力を吸収しておりもす。だから1つ破壊……例えば腕や首を破壊したとしても、他の箇所の魔動陣から力が蓄えられ、またすぐに再生復活してしまいもす。故に、一気に破壊するのが1番でございもす」

「一気に……」


 彼らはざわついた。


「だからこそ、ゴーレムは非常に厄介な相手でございもす」

「何か、良い方策というのはありもはんか?」

「何かに弱かというものはないとか?」

「触ってみると、とても硬い。一気に破壊できる代物ではございもはん。簡単に言ってくれる」


 口々の反応に、サーマは一言、


「簡単に壊せるようなら、兵器として使用されもはん」


 とかなり冷淡な口調であった。

 数日の内に、倉庫から魔動兵器が運び出されていった。魔動銃や魔動砲が荷車に乗せられていく様をサーマは眺めた。

 サーマはゴーレムをつぶさに観察し、魔動陣の解析と運用方法の研究を行い始めた。

 これが後に、国産ゴーレムの開発に役立とうとはサーマは思いもしなかったし、望んだ訳ではなかった。ただ、有用な研究成果というのは当人の意思を離れて行くものである。殊にこういう新時代にあっては。

 ゴーレムは本当に土で造られていたが、陶器のような質感の表面に魔動陣が刻み込まれているようだ。こうする事で、魔動陣が自然消滅する危険を回避しようとしているとみた。

 陶器程度の硬さなら、破壊できない事もあるまいが、表面だけでなく内部に至るまで同様だと思われた。だとしても、ゼラ程の法術師や通常兵器で破壊は可能のはずだ。

 魔動陣は、ゴーレムを形作ったり、魔動の発動を行ったりする為のもので、再生効果を発揮する為に、1つ1つの魔動陣が驚く程複雑かつ精緻なものであった。さすがに感嘆を漏らさざるを得ない。

 これが、ヨウロの魔動技術かと改めて思い知らされる。


(この魔動陣は難しい……)


 人の手で書き上げられるものなのだろうか。少なくとも、今の自分には不可能だとサーマは思った。極限にまで細緻でかつ正確無比な技術が無ければ、この魔動陣は刻み得ないだろう。

 それと、ゴーレムは離れていても操作可能である事が分かった。自律と操作の両方が可能であり、魔動陣にはそこまでの内容が刻み込まれていたのであった。

 ゼラの話を聞くと、明らかにゴーレムは『自分で』行動を取っている。いくら探しても近くに操作者らしき人物は見当たらなかったと言っていた。その裏付けが取れたのであった。

 サーマは額を抑え、息をついた。


(ああ……熱が出そうだ)


 魔動陣の解析などというのは、翻訳作業と計算作業を同時にやるようなもので、かなり頭を使う。しかも、始めて見る魔動技術ばかりであった。

 さらに数日研究すると、もう1つ気づいた。陣の中に隠れ潜むように、しかも後から加えられたかの 如く、それは異彩を放った内容があったのである。

 それに気づいた時、全身が総毛立った。吐き気すら覚えた。


「赤い髪……娘……破壊……」


 茫然と、その言葉を呟く。


「エルトン……サーマ……破壊」

「エルトン殿」

「サーマどん」


 その時、生徒や研究者らがにこやかにサーマに近づいてきた。ここ数日でだいぶ親し気な雰囲気になっていたのは事実である。

 サーマは振り返って彼らに微笑み返したが、次の瞬間はっとした。背後に名状しがたい怖気を覚えた。

 背後にもう一度目をやると、目を疑うような光景があった。寝かされていたはずのゴーレムが起き上がろうとしていたのである。

 頭部には大きく不気味な目がぎょろりと開かれ、その視線は明らかにサーマを射ていた。

生徒や研究者の叫び声が響く最中、サーマは一瞬我を失っていたが、気を奮い立たせて懸命に走り出す。

 そのおぞましい目から、閃光が放たれようとした刹那、サーマの身体が宙に浮き、閃光をかわした。

 サーマは宙にあったまま、必死に懐を探って、着地と同時に1枚の紙を取り出してかざした。

 すると、空気の塊が5つの線状となって、ゴーレムの頭部と両手足を同時に貫いたかと思うや、ゴーレムはぐしゃりと音立てて崩れ落ち、ただの土塊と化すのであった。


「エルトンどん!」


 生徒らが走り寄ってくる。

 サーマは地面に尻もちをついて、寄ってきた彼らに笑いかけた。


「1体駄目にしてしもいもした」


 口調は冗談じみていたが、声は震えていた。

 生徒らが一斉に心配の声をかけてくる中、サーマはついに確信した。

 ミンブリンはカツマにゴーレムを運び込んだだけではなかった。ゼラと自分への報復をも狙っているのだと。


(……ゼラ!)


 サーマは、今や遠くにある友人の無事を祈る事しか出来なかった。


 


 内乱の勃発に騒然となったのは、港町ヨコハミも同じであった。外国人居留地の一角にあるミンブリン伯の邸宅は一見いつもと同じ静けさを保っていた。。

 ダウツ・エルマイは応接間にて、ミンブリン伯その人と、何度目か分からぬ秘密裏の会談を行っていた。


「ついに、時が来たようだな」


「はい、我が国の戦乱を喜ぶのは不謹慎ですが、ついに機会が来たかと、胸が高鳴っております」


 ミンブリンの笑みに、ダウツは声を立てて笑い返した。


「さて、ダウツさん。我々も行くとしようか」


 ミンブリンが紫煙をふうと吐いた。


「我が子の晴れ舞台を君にも間近で見て貰おう。もちろん、約束は覚えているよ。君が乗るといい」

「感謝に堪えません」


 ダウツが丁寧に頭を下げた。下を向いた顔には陰惨かつ恍惚とした笑みが刻まれていた。


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