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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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キルマの訪問

  玄関前にしばらく座り込んでいたサーマとその母サウであったが、やがて居間に戻った。


「母はもう寝ます」


 と寝室に引っ込んだサウと違って、サーマはじっと座り込んで俯いていた。

 からかえる状況ではなく、ゼラもひたすら見守るしかなかった。とは言いつつ、手持無沙汰で時折屋敷の外に出てぶらぶらしては戻ってきたりしていたが。


「さすがに寝ろよ」


 とゼラはサーマを心配した。妙に冷える夜で、身体にもよくない、と思ったのである。顔を上げたサーマにゼラは驚いた。

 目を赤くし、涙の跡があった。そしてその表情は子供が泣きすがるのに似ていたのである。


「サーマ」


 ゼラは肩を掴んだ。そして抱きすくめた。


「もう寝ろ。ぬしはこのまま黙ってるような奴じゃねえだろ?休めるうちに休んどけよ

「ゼラ……」


 サーマの声はもう泣き声だった。

 ゼラは苦笑した。

 しかしやがて、サーマがゼラの腕に抱かれながら声を上げて泣くのを、ゼラはじっと受け止めた。        


 普段醸し出している不敵さも快活さはそこにはなく、神妙な表情と時折宥めすかすような苦笑があった。

 16日の昼近くになっても、父ムネルと婚約者コノリは戻って来なかった。代わりにやって来たのは、キルマ・タシである。

 彼はタイゴ・マカナルの腹心とも呼べる人物であった。その彼が数人の供を従えてエルトン家の玄関口に現れたのである。


「エルトン殿、そしてゼラ殿」


 キルマは礼儀正しく要件を話し始めた。

 要は、間もなくタイゴを中心としてカツマより決起する為、2人にも力を貸して欲しいとの事であった。


「しかし、何故そんな急に決起為さるのでございもす!?政府に対して反旗を翻す事が、どれ程の重大事か……」


 サーマの声色は平静さを失ったものだった。


「政府に反旗を翻すのにあらず。国王陛下に上奏奉る為に兵力を以てする必要があるだけじゃ」


 キルマは言った。


「そうは言いもすが……」


 サーマが困惑の表情で言葉を続けようとすると、ゼラが口角を吊り上げて言った。


「それは反乱としか言いようがねえですよ」

「そいとは違う。タイゴどんもその意はなか。あくまで、止む無く起つだけの事」


 キルマが語気を強めた。


「政府が先に我らに仕掛けて来たとじゃ」

「ならば、起つのは政府の思う壺ではございもはんか?」

「サーマ殿、おはんの父上は我らの仲間じゃ。しかしその娘が父と意を異にするとは、不忠不孝の極みではなかか!」


 キルマはサーマを痛罵した。しかしサーマは構わず、


「父はタイゴ殿への恩を返しに行ったのでございもす。わたしは父とコノリ殿の意思を尊重しもす。じゃっどん、わたし自身はカツマの為にも賛同しかねるだけでございもす」


 と言い放った。

 サーマの頑なさがここで出たのである。父や許嫁が決起軍に加わっているのに、彼女自身はそれに反対であると、寄りにもよってタイゴの腹心キルマに言い放ったのであった。


「決起すれば、政府は間違いなく反乱と捉えもす。そして全力を以て叩き潰しに来るでしょう。政治的妥協はあり得ないからでございもす。何故なら、政府の改革や政治への反感が増大するのを政府は避けたいから」


 サーマは身を乗り出した。


「政府はカツマを新時代の贄とするに違いありもはん。旧時代の遺物が新時代に敗れるというのは相当な政治的効果があるから。旧時代の藩士や法術師を中心とした旧式の軍が、新時代において徴兵された軍隊とヨウロ式の軍制や魔動兵器に敗れる。これは政治的にも軍事的にも政府には大きな意味がありもす」

「政府の兵は戦が何たるか知らぬ民百姓の部隊でごわんど!我らが負けるはずがなか!」


 キルマは畳を拳で強く叩いた。


「タイゴどんを旗印に、天下に号令をかける!さすれば全国の志士が再び立ち上がり、こいには政府も一たまりもなかろ」


 キルマは語気強く続けた最後に鼻を鳴らした。

 サーマの表情が一気に冷たいものになっているのを、ゼラは見た。


「そうでなくとも、あの被害を見たおはんが、政府の肩を持つというのがおかしか話じゃ」


 キルマは本気で怒って、しかも呆れたような顔をでサーマを見やった。


「あの爆発で、大勢の人々が家を失い、身内をも失った。怪我に臥せる者や、命すら危うい者達……。その者達におはんは顔向け出来るとか!?


 さらに、政府の者共はタイゴどんすら暗殺しようとした!タイゴどんは激派を慰撫してきたというのに、政府はその恩を仇で返しおった!」

「……ぬしの怒りは分かる。ぬしらが怒っているのも分かる」


 ゼラが口を開いた。その声色は諭すような様子があった。


「だげんじょ、その怒りを他人が等しく持っていると思わねえ事です。いや、よしんば持っていたとしても、共に戦ってくれるとは限らねえと考えて下せえよ。そして戦ってくれねえ奴にまでその怒りを向けてはなんねえ。ぬしら敵を増やすだけだ」


 キルマがぎろりとゼラの方に視線を向けた。


「キルマ殿」


 するとサーマが言った。


「陛下に上奏する為の決起という事でしたら、最終的に王都アカドを目指すのでございもすな」

「左様」


 キルマが頷いた。


「カツマには大軍を運ぶ艦隊もありもはんから、陸路で行くので?」


 キルマは多少顔色を歪め、頷いた。


「そいはこいから軍議で決める事じゃ。陸路や海路かはこいから決める」

「分進するにしても、船は少のうございもすな。一軍を運び海路を経て軍事作戦をとれる程の余裕はございもはんな。とすると政府軍と真正面からぶつかる他ありもはん」


 サーマの口調は多少の冷たさを孕んでいた。痛烈な皮肉を込められた事に、キルマも気づいた様子で明らかに気分を害した様子であった。


「真正面から正々堂々と戦えば、勇猛果敢な我らカツマ軍が勝つ!」

「恐らく、政府軍も、真正面から来ることは予測するはずでございもす」


 さすがに、険悪の度合いが増してきたので、ゼラが口を挟まざるを得なかった。


「さて、キルマさん、なじょするんです?おら達に何としても、与して欲しいというんですかね?」


 ゼラは身を乗り出し、キルマの顔をじっと見た。

 キルマは腕を組んだ。


「与して欲しいも何も、おはんらが自ら決起軍に加わらんのが解せんだけじゃ。サーマ殿もゼラ殿も、政府には因縁があると聞いておった」


 彼は目を細くした。


「そもそも、おはんらに選択肢などなか。加わらねば、この家がどんな目で見られるか。不義不忠の家として誹りを受けることじゃろうな」


 サーマの表情が微かに変わった。一気に沸き上がる怒気や軽蔑を懸命に抑え込もうとしている表情だった。

 ゼラの方は不敵な笑みを浮かべ、キルマを睨み据えた。


「成程な」

「最初から、選ばせる気など無かったのでごわしたか」


 2人は息をつき、キルマの申し出を受け入れた。





「ゼラ、どうか無事で」

 

 サーマの深刻な様子にゼラは思わず笑った。


「ああ、ぬしこそな。カツマは本拠地だからこそ危ねえかもしれねえ。ヤイヅ戦争の時も、おらが居た所より、ヤイヅ城と城下が酷え事になったと聞いた」


 サーマは唇を噛み締め、小刻みに身体を震わせていた。


「政府は、ゴーレムを大量に投入してくると思ってよか。ゴーレム数体程度でも厄介なのに……。さらに数多くの魔動兵器も使ってくるはず。それに……ミンブリン製の最新式ゴーレムが出てきたら……」


 ゼラはサーマの肩をぽんと叩いた。


「何とかなる。これまでもそうだった。これからもそうなる」


 そしてニカっと微笑んだ。


「ぬしの親父さんと婚約者はおらの目の届く限り必ず守ってみせる。もちろん、おらは自分の身だって守れる。何せ、英雄ナーブ王の末裔だからな」

「おはん……」


 サーマが顔を綻ばせた。


「この前まで違うと言うとったのに、ついに認めたか」

「旧時代のそのさらに旧時代の遺物なら、逆に新時代の申し子かもしれねえからな。それなら認めてやってもいい」


 ゼラの笑顔はこういう時、いつも不敵なのであった。イリダ・ナーブ王亡き後権力を握ったトトワ王朝が滅び、4藩連合を中心とした政府の時代となった今尚、赤髪の血はゼラに流れている。その血潮がそうさせるのであろうか。


「そん通り。ゼラは並の人間ではなか。絶対生き残るに違いなかど。ゴーレムだって恐るるに足らずじゃ!」


 サーマもゼラと同様に微笑み、2人は笑い合いながら、互いの健闘と無事を祈った。


「じゃあな、また会おう」 

「また会いもんそ」


 ゼラが踵を返し、私塾学校の方へ向かう。しばし手をニカニカと手を振ってくるゼラにサーマは手を振り返した。サーマも笑顔で大きく腕を振り続けた。ゼラがやがて手を振るのを止め、遠くに背中を小さく見せても尚、サーマはエルトン家の前で見送り続けた。その姿が見えなくなるまで。まるでゼラの姿を目に焼き付けんとするかのように。

 


 新サパン暦7年10月30日、私塾学校を本営としたカツマ軍はコママトに新発した。目下の目標はコママト鎮台の制圧である。

 兵を分散させて分進する案も出たが、海路で向かうには軍艦もなく船も数少ない事もあり、まずは陸路で兵力を集中させて政府の鎮台を落とすという結論に至った。

 11月2日、カツマ軍の挙兵を知らされた政府は征討を決定し詔を発した。つまり、ネルア国王による逆賊討伐命令が下ったのである。

 ゼラは新発軍に加わっており、武器は要らぬ手ぶらで良いと主張して、粗末な鎧程度の装備で従軍しコママト方面に向かった。そのままコママト鎮台制圧に参加するかどうかはゼラは聞かされていない。だとしても戦いは気が進まない。


(ゴーレムとかいたら、そいつらばっかり相手にするか)


 とも考えている。

 サーマはカツマにあって、私塾学校内のカツマ軍本営内にいた。後詰というのもあるが、魔動の技術や知識を買われ、魔動兵器対策や使用に関する研究をしろと命じられたのである。

 無論、カツマが攻められ火の海になるというのなら、戦うしかないとも思っている。


(新時代の為に生きたいと思っていたとが、こげん事になるとは)


 自嘲混じりに、カツマ軍により接収された武器庫に向かうのであった。


 後に「西南方面の役」もしくは「西南方面戦争」とも呼ばれる、サパン国新政府に対する最大の反乱に、ゼラもサーマも当事者として加わったのである。


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