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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
111/130

前夜

 10月15日の夜遅く、コノリがエルトン家の玄関先に現れ、応対したサーマに私塾学校での事件を報せた。

 サーマは愕然とし、血の気が引く感覚を覚えた。

 事態は彼女の予想を超えて急速かつ苛烈に進展したのである。

 サーマの父にして、コノリの義父となろうというムネルを迎えに来たと言うので、


「コノリ殿、しばしお待ちを」


 サーマはそう応えるので精一杯だった。

 いつの間にか傍に居たゼラから、


「おい」


 と肩を掴まれ、


「落ち着け、しっかりしろ」


 と言われてようやく、こくこくと頷いた。


「……まさかそこまでするとはな……」


 ゼラは忌々しげに吐き捨てた。

 この言葉からは、私塾学校の生徒らに対してか政府に対してかは判別しかねた。

 エルトン家は騒然となった。

 母サウが興奮しきりで、


「ワキさん家の旦那も行ったそうですよあなた!」


 と言うと、


「ああ、分かっとる!カツマ男子として行かん訳にもいかん!」


 と語気強くムネルは怒鳴るような声で応え、廊下をどたどたと歩き、床の間から剣を持ち出した。

 そして剣を腰に差し、出て行こうとしたその時、サーマが足を揃え両手を重ね、玄関前の床に座り待ち構えていた。

 玄関先には、サーマの婚約者コノリが物々しい格好で佇んでいる。


「父上、コノリ殿」


 サーマは背筋を伸ばし、微動もせず、顔色も変えず、ただ悲しげにそう言った。

 ムネルとコノリはじっとサーマを見た。


「サーマ、わしは行くど」


 ムネルは、突き放すようでいて、どこか優しさを感じる声色で言った。


「どげんしても行くとでございもすか?」


 サーマの声は悲痛さで溢れていた。


「タイゴどんには恩がある。カツマの者としての矜持もある」

「父上……万が一政府と戦になろうものなら、勝ち目はございもはん……」


 サーマは、はっきり言い切った。


「確かに私塾学校も法術師を多く抱え、ヨウロの魔動兵器もいくつか所有しておりもす。しかし、それは政府も同じでございもす。それどころか、遥かに多くの兵力と兵器を所有し、その運用も比べるべくもないでしょう」

「そう言うが、士気が違う。タイゴどんが我らにはおる。カツマの誇りを守ろうともしておる。政府が軍を送り込んできたとて、彼らにはそいが無かろうが。我らが敢闘せしめれば、各地の有志が立ち上がってくれるはずじゃ」


 ムネルは口調とは裏腹に悲しげな目をしていた。


「父上、そいは政府も分かっておるからこそ、全力を以て叩き潰しにくるでしょう。万が一戦となろうものなら、悲惨な戦争へと身を投じるしかありもはん」


 サーマも、悲痛そのものの表情と声色だった。


「死は覚悟せねばならんとじゃ!」

「父上!」


 2人の応酬が絶叫寸前までいったところで、


「サーマ、父上の立場を分かっておりもすか」


 母サウが横から諭す口調で言った。


「ここで加わらぬのは、カツマ男子の恥じゃ。父にこれから恥さらしとして生きよと申すとか?サーマ」


 母の厳しい声と表情がサーマを射った。思わず、サーマはぐっと顔を強張らせてしまう。絶対的な価値観がそこにはあった。父も母もコノリも、それに従おうとしている。サーマ1人だけが、同じエルトン家の人間でありながらそれに反しようとしていた。その断絶を自覚するしかない。

 いや、予想出来た事ではないか。このような事態になった際、彼らがどう考えどう動くか。全て分かっていたからこそ、常に晴れぬものが胸の内にあったではないか。

 そして、彼らの価値観や行動は尤もだと思う自分が居るのだ。

 そして、それは間違いだと叫ぶ自分も居た。


「サーマ、どうしてもってんなら、おらが止めてやろうか」


 ゼラが廊下の壁に寄り掛かりながら、神妙な面持ちで口を開いた。

 サーマにはゼラの思いが読み取れた。彼女はムネルらの意思を尊重こそすれ、サーマの強い想いがあれば、腕づくでも止める手助けをしようというのだ。結果、恨まれる事となっても、止む無しだと思っている。

 しかし、やはりゼラには見透かされている気がした。自分がどう返答するか相手はもう分かっているのである。

 サーマが黙って横に首を振った。ゼラは、


「分かった」


 とだけ言った。


「父上……母上……」


 サーマは苦しげに彼女の両親を見やった。


「サーマ、分かってくいやい」


 母は涙を浮かべた。

 隣で父が、覚悟を決めつつも娘を労わらんとする眼差しをサーマに向けていた。


「必ず死ぬとは限らん。じゃっどん、とにかくタイゴどんやカツマに義理立てをせんないけんと思うちょる。止めんでくれ」


 ムネルは微笑んだ。本当に優しげで慈しみを湛えた笑顔だった。

 サーマが唇をきつく締めた。

 もはや、これまでだと思った。父を止める事こそ残酷なのだ。いや、止めようとする事こそが。父も、娘の気持ちは痛い程理解している。それでも行かねばならない。

 サーマの表情から、先程までの険しさが消え失せ、涙を湛えながら微笑みを父親に向けた。


「……父上の決断を支持しもす。ご武運を……」


 そう言って項垂れ、俄かに肩を震わすサーマ。

 その横をムネルが通り過ぎ、通り過ぎ様にサーマの頭をポンと叩いた。


「……おはんが祈ってくれれば、わしも安心じゃ」


 玄関前で一部始終を目撃しながらじっと待っていた娘の婚約者に、


「コノリ殿、お待たせした」


 と軽く会釈してみせ、エルトン家の主は屋敷を後にした。

 


 16日未明、私塾学校の敷地内などに、私塾学校の生徒や、その身内、知り合い、さらには有志らが集結した。

 タイゴを中心に夜通しの議論を紛糾させた結果、何はともあれまずは決起以外に無しとの結論に達したのであった。


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