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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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新たな事件、そして……

 新サパン暦7年10月12日。


「ゼラどんが来てくいて助かったあ」

 ゼラは鍬を振り上げ、畑に振り下ろす。


「いえ、なに、暇だもんで」


 ゼラはニッカリと笑った。

 その畑が済むと、別の家の畑を手伝いに行く。


「こいでも食いやい」


 老婆がニコニコと笑いながら、赤い芋を渡してくる。

 真ん中あたりで割ると、湯気が立ち昇った。


「おお、これは旨え」


 ゼラは口にホクホクと広がる甘味に舌鼓を打つ。


「カツマ芋はアカドでも食ったことあるけんど、本場のは違うようだ」

「そんなに違うんかい」

「ええ、全然違いやすね」


 ゼラは少し嘘をついた。というより適当な事を言った。実際、味の違いは分からないが、労働の後だから余計旨く感じたのは事実である。


「水、水と」


 芋の後は水分が欲しくなって、水筒から流し込む。


「さて、もう一仕事」


 ゼラは腕を改めてまくった。

 こうした事を始めたのは、最初、エルトン家の畑仕事を手伝ってからだった。

 サーマの見様見真似であったが、朝から初めて昼過ぎくらいには、


「うちの娘より筋がよか」


 とムネルに褒められるのであった。


「父上」


 サーマは不満げに苦笑していた――。

 それから、いつの間にか他の家族の畑の手伝いもするようになった。思えば、何か旨い物を貰って話が弾み、あれよあれよという間に鍬を振り被って畑の中にいた。

 日が傾き始めたので、撤収しようとしている時だった。

 ゼラは鍬を振り被ろうとした腕を下ろした。感じるものがあったのである。得体のしれぬ、ぞっとする予感に似たものが複数。

 それが魔動の力の膨張によるものだと気づいたその瞬間、轟音が遠くで幾度も響き、地を揺らした。

 ゼラと同じ畑にいた家族が、


「うわあ」

「ぎゃあ」


 と悲鳴を上げ、地面に手をついた。

 音のした方角を見やると、煙が上がっていた。

 ゼラは眉間にしわを寄せ、溜息をついた。

 畑仕事に精を出していた者達も、通りかかった行商人も、畑の側の集落の人々も、ぞろろぞと道沿いや高台に集結した

 街の方で煙がいくつも上がっている。

 あれは、私塾学校の方ではなかろうか。

 ゼラはそう思った。

 麓へ降り、街へ戻る。私塾学校の方面へ向かって歩き、煙の上がっている方向へ歩くと、大勢の人々が声を荒げ、時には泣き叫びながら、煙とは反対方面へ逃げていく。さらに近づいて行くと、瓦礫が散乱し、あちこちに血を流したり、灰に覆われ顔を白くしたりした人々がいる。

 ある人は逃げまどい、ある人は立ち尽くし、ある人は地面に横たわっていた。

 瓦礫に埋もれた人を救助せんと、人々が集まり、木材や瓦などを持ち上げたり、声を掛け励ましたりしている。

 ある場所で、大きな木材が浮かび上がり、側に横たえさせられた。

 ゼラは歩み寄る。

 振り返ってこちらを見やった者が、悲鳴に似た声を上げた。


「ゼラ!」


 深刻と驚愕差に満ちた友人の顔があった。


 サーマ曰く、私塾学校の生徒が政府から収奪したゴーレムが複数、いやその全てが突如爆発したという。

 爆発によって、生徒達だけでなく街の人にも死傷者が多数出ており、これは政府の罠だと生徒達は激高し、蜂起の声さえ聞こえてくるという。

 爆発に慌てて飛び出し、父ムネルと婚約者コノリを探しにいったサーマは、爆発現場と離れたところで2人と再会した。2人共離れたところで救助活動を行っていた。

 ゼラも手伝った。

 瓦礫をどかし、人々を救出し、運ぶのは、2人の法術や魔動を以てすれば容易い事だった。しかし、怪我をし苦しむ人には何も出来ない、そのもどかしさには友人共々痛めつけられた。


「こんな事なら、医療も学んでおけばよかった」


 痛々しくサーマが呟くのに、ゼラも言葉にならず頷くしかなかった。

 ゼラと一緒に留学に行ったリュカという青年は、確かヨウロの医療を学んでいたはず。自分も真面目に少しなりとも勉学に励んでいれば……。


(今更そんな事思っても、仕方ねえか)


 自嘲している暇などない。無論サーマもそれは分かっているだろう。

 昼夜の救助活動と瓦礫の撤去を続け、エルトン家の屋敷に帰ったのは明け方近くだった。


「生徒達がゴーレムを動かそうと魔動を起こしたら、いきなり……じゃ」


 灰を被り疲労困憊した様子のムネルが言った。


「おいは、こいは政府の罠じゃなかかと思いもす」


 同様に灰に塗れたコノリが言った。

 サーマが何か口を開こうとしたところ、


「皆、無事でごわしたか!」


 屋敷から母サウが飛び出してきた。

 ムネルに抱きつき、次いでサーマに抱きついた。


「おはん……」

「母上……」

「サーマもいつまでたっても、戻らんかったから、どげんかしたとじゃろかと……」 


 母は泣いていた。

 サーマが苦笑し、


「申し訳ございもはん」


 と言って、母を宥めている側で、ムネルもコノリも思い詰めた表情を浮かべているのを、ゼラは見た。


 4人は泥の様に眠り、目覚めたのは夕方近くだった。

 その夜、ゼラとサーマはサーマの部屋で膝を付き合わせた。


「恐らく、とある魔動陣や魔動式以外で起動しようとすると、爆発を起こす仕組みだったのかもしれん」


 サーマは言った。


「とすると、罠か」


 ゼラが顎を擦る。


「そいは断言できん」


 サーマは首を振った。


「敵勢力に、自陣営のゴーレムを使用出来んようにするのは、考えられる事じゃ」

「何もこんな時期にカツマに運び込まなくても」

「憶測に過ぎん。タイゴ殿がカツマに在って、生徒達を抑え込めた可能性もあった」


 ゼラは顔をしかめた。


「生徒が決起し武器庫を襲撃したのはあくまで結果に過ぎん。こいを予測していた者がおったとしても、行動に起こしたのは彼らじゃ」


 サーマの言は少し冷淡にも感じられた。


「……ぬし、怒っとるか」

「……」


 ゼラが目を細め睨むと、サーマは険しい表情になって頷いた。


「ここで収まってくれれば良かが……。この分だとどの道……」

「タイゴさんが抑え込めばいいだろ」

「タイゴ殿が立たんでも、もはや彼らは立つと思う」


 2人がこんな会話をしているその夜、一つの事件が起きた。

 生徒達の間で、私塾学校内のみならずカツマ内に政府の犬が潜んでいるとの疑念が高まり、一部の激徒達の手によって、数十人が捕えられた。彼らは多くが警察官で、この年カツマへ帰郷してきていた。

 激しい尋問と拷問の結果、生徒らが得た『自白』によれば、彼らは政府より密偵として派遣され、私塾学校やタイゴの監視を行っていたという。また、ゴーレムの爆発は政府が意図的に仕組んだ事であり、目的の1つがタイゴ・マカナルの暗殺であったという。

 これには生徒達は激高し、武器を取り集結する者もあらわれ、もはや暴発寸前かと思われたが、そんな折、ようやくタイゴは旅行から戻ってきた。

 10月14日の事である。

 折り悪く、悪天候であった為、陸路を余儀なくされていた。


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