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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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疑惑の伯爵

 ゼラ、サーマ、そしてカナリス人の少女。3人が誘拐犯の屋敷からの脱走に成功し、ポリスに保護を求めた夜が明けようとした頃であった。

 ポリスからの連絡を受けた少女の両親が駆けつけてきた。


「エマ!!」

 

 少女の名を呼び、抱きすくめる。

 サーマが涙ぐんで、「よかった」と言った。

 ゼラは頷いた。


「この2人が助け出したのですよ」

 

 ポリスがそう説明すると、若夫婦はゼラとサーマの手を取った。


「何とお礼を申し上げてよろしいやら」

 

 父親の方は髭を生やして、それなのに印象の薄い雰囲気があった。母親の方はやや小太りで、人懐っこそうな顔をしている。


「今度、ごちそうしますわね」

「そんな……、恐縮です」

 

 サーマは戸惑ったように返事をした。


「いいから、お礼をさせてあげて頂戴」

「それなら、この者に」

 

 とサーマが言うと、母親はゼラを見た。

 ゼラは軽く頭を下げる。


「この者はわたしの友人なのですが、今回は彼女のおかげで助かったんです」

「おい」

 

 ゼラが囁く。


「何て言っとる」

「お礼がしたかと言うとる」

 

 サーマはエマの両親を見ながら、横のサーマに答えた。


「ぜひ、お礼を……」

 

 サーマは丁重にそれを受ける旨を伝えた。

 そして、ポリスから許可が出たので、ゼラとサーマもいったん帰宅する事になった。




 ゼラは浮かない顔だった。

 2人、夜道を歩く。


「その伯爵とやらは、もう諦めちまったのか。おら達を簡単に解放して」

 

 サーマはゼラを見た。


「おらを人攫いの人殺しに仕立て上げるっつのはもう諦めたのか?」

「解放したのはポリスじゃ。伯爵が解放したのではなか」

 

 サーマは言った。


「そいどん、まだ油断は出来ん。ミンブリン伯爵が犯人というのもわたしの推測にすぎもはん。そも、今回の事件の目的が何なのかも、はっきりとは分からん」

 

 ゼラは唸った。


「この事件を、どう終着させる気なのか、分からん。恐らくはポリスにも圧力をかけてくると思うておったが」

「どちらにしろ、おら達は今自由の身だ」 

 

 ゼラはにやりと笑った。


「確かに」

 

 サーマも微笑む。


「だが、これでは終われねえ」

 

 とゼラ。

 サーマは頷いた。


「伯爵の事を調べよう」

「だが、ぬし……」

 

 ゼラが突然戸惑ったような表情を浮かべた。


「カツマの事は大丈夫なのか?」

 

 サーマは頷いた。


「心配はなか。わたしは今怒っとる。やりたいようにやらせて貰う」

 

 そしてにっこり微笑んだ。

 だが、その微笑の中に、不安が混じっているのにゼラは気づいた。



 ゼラとサーマがそれぞれの陣営に戻ると、仲間達が駆け寄って来てもみくちゃにされた。

 無事に戻ってきた事、怪我も無さそうな事、それらがあまりにも喜ばしく、安堵させる要素となっていた。

 そして、新聞記事によってサーマの仮説がある程度は的を射ていた事が判明し、2人を慄然とさせたものだった。

 リュカから訊いたゼラは、彼女らしからず呆然と立ち尽くし、リュカから頭を撫でられさらにびっくりした。

 飛びのいた彼女に、「いや、つい」とリュカは応え、彼は「にしてもさっきの反応はなんだ」とからかうのだ。

 サーマは話を聞いた時も絶句したが、ゼラを犯人とした記事を読み、改めて悪謀に心底震えが止まらなかった。

 これ程の悪意に晒されたのか、と身が縮む思いだった。


 

 この事件は結局、新聞の記事によると、誘拐事件というのは誤報とされ、異国の使節団同士の政治闘争の末の暴力沙汰として片付けられそうだった。

 カナリス国は使節団に対し厳重注意を行い、しかしながら基本干渉せず、を貫くとの事。


「エマの事はどこにも載ってなかったというだか!?」

 

 ゼラは語気を荒げた。


「ええ、一言も。このままうやむやにする気じゃろう」 

 

 サーマは溜息をついた。

 ミンブリン伯爵邸を訪れてみると、主人は休暇に出ているとの話だった。


「じゃあ、戻るまで待つ」

 

 ゼラは椅子に座って腕組みをした。


「……仕方ない。帰ろう。恐らく、居ないのは本当だと思う」

 

 サーマはゼラを連れて屋敷を出た。

 2人は馬車に乗った。

 留学生となれば、そこそこ金の支給があるのだ。


「で、やっぱ雲隠れしちまったと思うか?」

 

 とゼラ。 

 サーマは頷く。


「そうは言わんが、一時身を隠すのも在り得る。この事件の黒幕なら」

「なら、客間までは通さず、追い返さねえか?おら達だと分かったからこそ、奴は出てこなかった」

「ああ!」

 

 サーマは、はっとしたように声を上げた。


「それもそうか……」 

 

 考え込むように顎を掴む。

 そうこうしている内に、馬車が着いたので、2人は降りた。


「メルシーボークー!」

 

 ゼラがニコニコしながら手を振って、馬車を見送った。

 あの馬車には無理を言って、屋敷前まで往復して貰ったのだ。


 


 トトワとカツマの話し合いは数日後もたれた。

 当事者のゼラとサーマは参加を許されなかったが、トトワ代表のタムとカツマ代表のイワラが顔を合わせ、タムは追求した。


「此度の件、カツマの策謀にござらぬか。我がトトワの者を犯人に仕立て上げ、カツマを優位に立たせんとした、違うか!」

 

 イワラは苦笑を浮かべた。


「まったくの濡れ衣にござる」

「ゼラの話では、誘拐犯はトトワの者を狙い撃ちにして、カツマの者はたまたま攫ってしまっただけと言っておったそうだが?」

「言葉の綾でござろう。現に我がカツマの者も攫われ殺されかけた。犯人に仕立て上げられそうになったはむしろ、トトワだカツマだではなく、サパン人そのものではないか?」

「お主のところの娘が言った事には、誘拐犯と話したそうだ。そしてその者はミンブリン伯爵なる人物と言うではないか?」

 

 タムの眼光は鋭い。


「直接、サーマから訊いたとでも!?」

 

 イワラも穏やかな表情を崩し、怒った様な表情になった。


「とかく、こちらも調べておりもす。しばらくはそちらも控えて頂きたか!!」

「ならば、伯爵に自身に疑いがかかっておると話して見ることじゃ」

 

 タムとイワラは視線で火花を散らせた。


 結果として、両陣営の会談は互いに譲らぬまま、不毛に終わった。


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