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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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武器庫襲撃事件

  魔動省の長エアイは、ゴーレムの導入に関して、ミンブリン伯と会う機会を得た。魔動省近くの料亭で、ヨウロの青年実業家と会食をもったのである。

 各地で法術師等の小規模な反乱が続発して、鎮圧もすぐにされてはいるが、いずれ大規模なものが起きるのではないかという懸念はエアイの中で燻っていた。


「あなたの心配は分かります。そこで、私のゴーレムでこの国を手助け出来ればと」


 ミンブリンは優雅に微笑んだ。


「陛下の懸念は尤もです。ゴーレムの暴走事件は確かに起きております。それに自然界に流れる力を用いますから、大地や自然にどういう影響があるかは未だ研究が為されている途中でして」

「ミンブリン伯」


 エアイは居住まいを正した。


「伯のゴーレム運用に関して、安全策、制御方法、等の情報提供をお願いできないでしょうか?」


 ミンブリン伯は苦笑を浮かべた。


「こちらは売るだけです。技術云々はお雇いの魔動技術者がおられるでしょう」

「確かに、既存のゴーレムに関しては、彼らも知っているので教わる事が出来る。しかし、こちらは買う以上、その特性を知っておきたいのです。例の最新式なるものが如何なるゴーレムなのか」


 ミンブリンは口角を吊り上げた。


「エアイ殿は私のゴーレムが暴走する危険性があると仰っておられるのですかな?最低限の使い方は御説明致しましょう」

「そういう事ではないのです。物事もそうだが、良い面と悪い面の双方を知るべきです。運用に関して、魔動省を代表して情報提供をお願いしたい。」

「提供は致しますが、あくまで運用に関して我々は感知しませんよ」

「分かりました」


 エアイは頷いた。ここは肯定するしかないであろう。ミンブリン伯は技術者ではなく、実業家であるのだ。だからその理論でしか話さない。


「運用の失敗は、運用者の失敗であるに過ぎません。現に我らのゴーレムはこれまで一度たりとも暴走していないのです。ですから、万が一何かあれば、ヨウロ人の魔動師と違って、貴国の魔動師や魔動技術者が誤りを犯した、というだけの事です」


 ミンブリンは表面はかろうじて紳士ぶっていたが、傲然とした態度だった。

 馬鹿にされた、と思った。

 エアイ自身ではなく、この国そのものがだ。

 成程、サーマの言っていた意味が分かった。

 何も知らぬと思われている。であるから、伯はここまで強気に出られているのだ。


(エルトン君の置き土産がまさか役に立つ時がくるかもしれんな)


 サーマが魔動省に残していった、ミンブリン製のゴーレム制御方法や暴走した時の対処法等を調べ上げ、纏め上げた冊子は、エアイの机の中にしまわれていた。

 役に立つかどうかは分からないが、この眼前の青年実業家を優位に立たせておくのは得策ではない気がした。

 サーマは伯を信用ならない人物だと断じていた。

 エアイとしてはそれでも構わぬと思っていたが……。


「もちろん、導入の計画は変わりません。日時は事前のお話し通りに進めましょう」

「それがよろしい」


 ミンブリン伯は頷いた。

 

 

 カツマはトトワ王朝時代、近代化を逸早く推し進めた藩の一つであった。その過程でヨウロ兵器の武器庫を多数建てており、政府が興り新時代となった後もそのまま使用され、ヨウロから輸入した魔動兵器等が収められていた。

 そこにゴーレムを運んだ船が着き、港から多数のゴーレムが運び込まれた。

 俄かにカツマの過激生徒らがいきり立った。法術師の独立王国ともいえたカツマが謎の魔動兵器の保管場所となっている事実に、法術至上主義の生徒らは激高したし、また、ヨウロ化も魔動も受け入れ学んだうえで、法術王国を強化せんとする生徒達も騒ぎ出した。通称私塾学校の生徒達は、大勢の価値観や考え方の生徒が集まっているのだが、総意としての行動原理は決まっている。

 心情的にはサパン式や法術を尊んでいるが、強かにヨウロ式や魔動も取り入れ活かしたうえで政府に対抗していくのである。

 そして、精神的支柱とも呼ぶべきはタイゴ・マカナルであった、

 彼らは、自身の理想をタイゴに投影していた。政府よりも国王よりも、タイゴを彼らの指導者と見ていたのである。現国王シミツ・ネルアが元カツマ藩主であった事実すら、彼らにとってはどうでもよかった。

 サーマの婚約者ソキ・コノリもまた、此度の事態に奮い立たされている。エルトン家を訪って、サーマと会った。

 その際、友人と思しき赤い髪の娘が、


「おらは席を外す」


 と言って、出て行った。


「よかったとですか?さっきまで話しておいでで」

「よかですよ。むしろ向こうは気を遣ったとでございもす」


 サーマは微笑んだ。

 コノリは、サーマを同志と思っていた。


「例の人形の件は御存知でございもすか?」


 サーマが頷いた。


「サーマどんは魔動省にお勤めであったと聞いておりもす。どげん思われます?」


 コノリは身を乗り出した。


「政府はゴーレム導入を進めておりましたので、ついにこの時が来たかと」

「サーマどんは、ゴーレム導入を反対されて、職を辞したと聞いておりもす」


 コノリは目を輝かせた。

 サーマは王女の教育係を勤め上げた後、魔動省の官吏となった。その事実はカツマの誰もが知るところであり、官職につけていないコノリは彼女を憧れの存在とみていた。そういう女性だと知った上でコノリは婚約の話を受け入れたのである。

 彼は純朴で純粋な青年であった。

 サーマが苦笑を浮かべた。


「細かい話をすれば、ゴーレム導入に反対したから辞めた訳ではございもはん」

「じゃっどん、そげん聞いておりもす」


 サーマはどこか寂しげな表情を浮かべ、遠くを見る目をした。コノリにとって、この時程婚約者を美しく思った事は初めてだった。

 目を見張り、息を飲んだコノリは、


「私塾学校の皆は、ゴーレムをこのままにしておけんと思うておりもす」


 と身を乗り出して言った。

 当然、婚約者も同じ考えだと思ったのである。


「このまま、とは?」


 しかし意外にも、婚約者は目を僅かに細め、怪訝な表情を浮かべた。


「激派の生徒達が何やら動こうとしておるようで」


 コノリはそれでも続けた。


「……。こいが罠でなければよかけんど。そうでなくば、まずか事になるかもしれもはん」


 サーマの口調は、穏やかだが、深刻さが底流にあった。



 

 新サパン暦8月12日、私塾学校の激派達がカツマの武器庫群を襲撃せんと企て、タイゴの知れるところとなった。


「落ち着かんか」


 タイゴは生徒達をそう諭した。

 はっきり、ならん、と言っていれば止まったのであろうか。いや、もはやそれで収まるものでもなかったのであろう。


「ゴーレムは危なか」


 とも言った。

 そもそも、タイゴの意思は奈辺にあったのであろうか。

 それから二か月程タイゴはカツマに在って激派達を慰撫し続けた。その間は何事もなく平穏な時間がカツマに流れた。

 10月9日、タイゴは僅かの共を引き連れて私的な旅行に出かけた。生徒達の説得に成功したと安心しきったのだろうか。それとも、何か別の思惑があったのか。

 その間隙を突くように生徒達が決起したのは、10月11日。

 武器庫を襲撃し、魔動砲やゴーレム等の魔動兵器を収奪せしめた。

 即座に政府も反応した。さすがに戦端を開くのは遠慮し、秘密裏に武器庫から収奪の手を逃れた魔動兵器等を船に乗せ、カツマを離れていった。

 この事態に、タイゴの腹心キルマは急遽使者を立て、南方のオキノという土地で自適に日々を過ごしていたタイゴに事態を報せた。

 タイゴは聞くや否や、立ち上がり、神妙な表情で、


「よう知らせてくれた」


 とだけ呟いて、急ぎカツマの帰還の途についた。


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