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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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戦いの磁力

ゼラとサーマの2人は、丘への小道を歩いていた。


「あの向こうからの景色が素晴らしかとじゃ」


 サーマが微笑みながら、横を歩くゼラに言った。


「すまねえな、暇つぶしにつき合わせて」


 ゼラは頭をかいた。

 7月下旬、暇を持て余したゼラに、サーマがこれぞという絶景を見せようと提案すると、すんなり乗ってきた。


「野点でもしようか」


 と冗談交じりに気障っぽくサーマが言うと、


「それすんなら、飯食いながら良い景色観てえな」


 と言うのであった。

 サーマが塩むすびの弁当の箱を背負う。


「というか、ぬし、野点なんで出来んのか?」


 ゼラがニカっと笑いながらからかうと、


「蒸し返さんでくいやい。所詮は田舎のおなごじゃあ」


 サーマは応えた。

 背の高い草木の間を抜け、丘の上に出た。


「ほう……」


 ゼラが嘆息した。

 丘の上は平たく広がっており、その下には海原が広がっていた。清々しくも美しい青い色が広がり、陽光に照らされてきらきらと輝いていた。遠くに水平線が見える。

 2人の脳裏に、カナリスへの途上に船上で眺めた大海が思い起こされた。その時はそれぞれ別々の船と立場にあったが、今はこうして肩を並べて同じ景色を見ている。

 相も変わらずムコウ島が存在感を放っている。


「さて」


 サーマが腰を下ろし、ゼラも腰を下ろす。

 2人で並んで海原をじっと見ていた。波の動きや、遠くで聞こえる波しぶきの音。ゆったりとした時間が流れる中、塩むすびを頬張った。

 程よい塩加減だ。


「ん、旨い」


 ゼラが頷くと、サーマも頷いた。


「良か景色ば見ると、余計旨く感じる」


 そうして、何個目かのむすびを口で頬張っている時、ゼラの目線がちらと背後にいった。眼光鋭い様に、サーマが、


「どげんした?」


 と訊いた。

 ゼラが竹筒の水筒をグイっと傾け、ゆっくりと立ち上がる。

 サーマも、咽ながら塩むすびを飲み込み、立ち上がった。

 ゼラが不敵な笑みを口角に浮かべ、


「こんなとこにお出ましとはな」


 と言うや否や、サーマの視界に、信じがたい人物が映り込んだ。

 丘の下から、恰幅の良い男と数人のお供が昇ってきている。

 やがて相手も、こちら側に気付いた様子であった。


「エルトン殿でごわしたか」


 かつての政府参議タイゴ・マカナルは何気ない様子で話し掛けてきた。


「これは、タイゴ殿。その節は」


 サーマが丁寧に頭を下げると、ゼラも頭を下げた。

 タイゴが柔和に微笑み、


「おはんがゼラか?」


 と言った。


「ええ」


 ゼラは即答した。

 タイゴはサパン服を着流し、悠々とした態度であった。お付きの者達がゼラとサーマを警戒の目で見ているのとは対照的である。

 無理もない。赤髪のゼラとヨウロ服を着たサーマは、カツマの地では目立つ。


「それにしても、タイゴ殿はないごてこちらに?」


 サーマが声の調子を明るくして言った。

 明らかに、場の雰囲気を変えんとしたサーマに、タイゴは親しみやすさを言外に放ちつつ、


「気が向いたらここに来るようしとる。ここは景色が良か」

「これは奇遇でございもした。わたしも友人にここの景色を見てもらおうと」


 サーマが微笑んだ。

 タイゴがゼラに向き直った。


「どげんじゃ?カツマでの暮らしには少しは慣れたか?」

「あまりカツマの人と話してないんで、分かりやせん。受け入れられた、と感じられなければ、おらはまだ余所者だと思いやす」


 ゼラは一見友好的だが、どこか不敵さを滲ませて言い放った。


「そうか」


 タイゴが微笑んだ。


「ムネルどんから大抵の事情は聞きもした。おはんもいつでもおいを訪ねてくいやい。いつでも助けになりもんそ」

「……タイゴ殿のお言葉なら、信じてよさそうだ」


 ゼラが口角を僅かに吊り上げ、サーマの方をちらりと見た。

 サーマは慎重な様子を見せつつ頷いた。


「父がいつもお世話になっておりもす。タイゴ殿のようなお方と懇意にさせて頂き、わたしの父も幸せ者でございましょう」


 頭を下げ乍ら言うサーマ。

 タイゴは頷いた。


「ムネルどんは素晴らしか人物でございもす。良識に富み、柔軟な人柄じゃ。娘にも一流の教育をつけ、その才能を伸ばし、サーマどんの様な方を育てられた。そしてゼラどんも……」


 タイゴがゼラの方に身体ごと向けた。それはあまりに自然で、丁寧かつ紳士的とさえいえる仕草であった。こうしたものの積み重ねが、タイゴ・マカナルという人物の信望に繋がっているのだと、ゼラもサーマも実感した。


「ゼラどんは悪事に法術を使わなかったと聞いちょる」

「…そうでしょうか」


 ゼラが微笑みながら言うのを、サーマがぎょっと目を丸くした。


「それに、法術の天才とも聞いとる。それにその赤髪。英雄ナーブ王のようではごわはんか?」


 タイゴは改めて微笑みを浮かべた。


「おらは孤児だったんで、よく分かりやせんね」


 本当半分嘘半分な返答をゼラはした。


「そうか」


 タイゴは頷いた。


「では、わたし達はこれで」


 サーマがゼラの手を引き、2人して一礼すると、丘を離れた。

 丘を降りていく途中、武装した青年1人が凄い勢いで駆けあがっていくのとすれ違った。

 サーマが振り返る。


「何事じゃろうか」

「さてね、大した事かもしれねえな」


 ゼラが笑うと、サーマはむっとして、ゼラを睨み付けた。


「ゼラ」

「サーマ、あの人と因縁があって良かった。そうじゃなければ、ころっといってしまっていたかもしれねえな」


 ゼラの口調は神妙だった。

 そして、にっかりと笑いながら言った。


「おらがタイゴさんの方に行ってしまうのが、怖かったんだろ?だから腕を引っ張ってでも連れ出した。まあ、そんな心配はねえからな」


 サーマがふうと息をつき、口を開いた。


「その心配はしとらんが、おはんは義理人情に篤いから……。少しでも関わるとその為に戦いに身を投じかねん……」


 それへの返答に、自嘲混じりの笑顔を浮かべるゼラであった。


「まあ、時と場合によるかもな」

「ま、そうじゃろうな」

「気を付けるからよ」

「気を付けているのは、分かる」

「おらは昔から気遣いの人だからな。サーマも知ってるだろ」

「おはんはいつもそうやって、途中からふざける」


 サーマが苦笑すると、ゼラが声を出して笑った。

 しかし、サーマは途端に真剣そのものの表情で、訴えかけるような視線をゼラに向け、


「わたしの願いは、ゼラが平穏無事に居ることじゃ」


 と言った。


「そいどん、ゼラが戦うというなら、わたしは止めん。じゃっどん、此度の事は、カツマの問題であって、ゼラの問題ではなか」


 ゼラが鼻を鳴らして、皮肉気な笑みを浮かべた。


「おらだけの問題じゃねえだろ。ぬしはどうするんだ?」

「……止めたい。参加しとうない」


 即答であった。

 その後数歩歩いて、


「ぬしの親父さんはどうする……?」


 ゼラが険しい表情でサーマを見、サーマも顔を俯かせ、首を振るしかなった。


「分からん……」



 タイゴのもとに駆け付けたのは、キルマ・タシというタイゴの腹心であった。

 彼が報告したのは、カツマの政府管轄の武器庫に、得体のしれぬ人形が運び込まれたとの事であった。


「報告によれば、そいはゴーレムなるものではないかと」


 それを聞いたタイゴは重々しい表情で、


「政府がヨウロの魔動兵器を管理するのは当然の事じゃ。じゃっどん……」


 タイゴは丘の麓辺りに視線を向けた。


「おはん先程、娘2人とすれ違わんかったか?」

「はい」


 首を傾げ乍らキルマが返答した。


「その片割れのエルトン家のサーマという娘じゃが、魔動省におったのを、政府のゴーレム導入に反対して辞めたそうじゃ」

「何と」

「そして、もう片方の赤髪の娘ゼラは、ゴーレムと戦こうた経験があると聞く」


 あくまで柔和な微笑みを浮かべるタイゴだが、しかしその心中は見た目には推し量る事は出来なかった。


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