戦いの磁力
ゼラとサーマの2人は、丘への小道を歩いていた。
「あの向こうからの景色が素晴らしかとじゃ」
サーマが微笑みながら、横を歩くゼラに言った。
「すまねえな、暇つぶしにつき合わせて」
ゼラは頭をかいた。
7月下旬、暇を持て余したゼラに、サーマがこれぞという絶景を見せようと提案すると、すんなり乗ってきた。
「野点でもしようか」
と冗談交じりに気障っぽくサーマが言うと、
「それすんなら、飯食いながら良い景色観てえな」
と言うのであった。
サーマが塩むすびの弁当の箱を背負う。
「というか、ぬし、野点なんで出来んのか?」
ゼラがニカっと笑いながらからかうと、
「蒸し返さんでくいやい。所詮は田舎のおなごじゃあ」
サーマは応えた。
背の高い草木の間を抜け、丘の上に出た。
「ほう……」
ゼラが嘆息した。
丘の上は平たく広がっており、その下には海原が広がっていた。清々しくも美しい青い色が広がり、陽光に照らされてきらきらと輝いていた。遠くに水平線が見える。
2人の脳裏に、カナリスへの途上に船上で眺めた大海が思い起こされた。その時はそれぞれ別々の船と立場にあったが、今はこうして肩を並べて同じ景色を見ている。
相も変わらずムコウ島が存在感を放っている。
「さて」
サーマが腰を下ろし、ゼラも腰を下ろす。
2人で並んで海原をじっと見ていた。波の動きや、遠くで聞こえる波しぶきの音。ゆったりとした時間が流れる中、塩むすびを頬張った。
程よい塩加減だ。
「ん、旨い」
ゼラが頷くと、サーマも頷いた。
「良か景色ば見ると、余計旨く感じる」
そうして、何個目かのむすびを口で頬張っている時、ゼラの目線がちらと背後にいった。眼光鋭い様に、サーマが、
「どげんした?」
と訊いた。
ゼラが竹筒の水筒をグイっと傾け、ゆっくりと立ち上がる。
サーマも、咽ながら塩むすびを飲み込み、立ち上がった。
ゼラが不敵な笑みを口角に浮かべ、
「こんなとこにお出ましとはな」
と言うや否や、サーマの視界に、信じがたい人物が映り込んだ。
丘の下から、恰幅の良い男と数人のお供が昇ってきている。
やがて相手も、こちら側に気付いた様子であった。
「エルトン殿でごわしたか」
かつての政府参議タイゴ・マカナルは何気ない様子で話し掛けてきた。
「これは、タイゴ殿。その節は」
サーマが丁寧に頭を下げると、ゼラも頭を下げた。
タイゴが柔和に微笑み、
「おはんがゼラか?」
と言った。
「ええ」
ゼラは即答した。
タイゴはサパン服を着流し、悠々とした態度であった。お付きの者達がゼラとサーマを警戒の目で見ているのとは対照的である。
無理もない。赤髪のゼラとヨウロ服を着たサーマは、カツマの地では目立つ。
「それにしても、タイゴ殿はないごてこちらに?」
サーマが声の調子を明るくして言った。
明らかに、場の雰囲気を変えんとしたサーマに、タイゴは親しみやすさを言外に放ちつつ、
「気が向いたらここに来るようしとる。ここは景色が良か」
「これは奇遇でございもした。わたしも友人にここの景色を見てもらおうと」
サーマが微笑んだ。
タイゴがゼラに向き直った。
「どげんじゃ?カツマでの暮らしには少しは慣れたか?」
「あまりカツマの人と話してないんで、分かりやせん。受け入れられた、と感じられなければ、おらはまだ余所者だと思いやす」
ゼラは一見友好的だが、どこか不敵さを滲ませて言い放った。
「そうか」
タイゴが微笑んだ。
「ムネルどんから大抵の事情は聞きもした。おはんもいつでもおいを訪ねてくいやい。いつでも助けになりもんそ」
「……タイゴ殿のお言葉なら、信じてよさそうだ」
ゼラが口角を僅かに吊り上げ、サーマの方をちらりと見た。
サーマは慎重な様子を見せつつ頷いた。
「父がいつもお世話になっておりもす。タイゴ殿のようなお方と懇意にさせて頂き、わたしの父も幸せ者でございましょう」
頭を下げ乍ら言うサーマ。
タイゴは頷いた。
「ムネルどんは素晴らしか人物でございもす。良識に富み、柔軟な人柄じゃ。娘にも一流の教育をつけ、その才能を伸ばし、サーマどんの様な方を育てられた。そしてゼラどんも……」
タイゴがゼラの方に身体ごと向けた。それはあまりに自然で、丁寧かつ紳士的とさえいえる仕草であった。こうしたものの積み重ねが、タイゴ・マカナルという人物の信望に繋がっているのだと、ゼラもサーマも実感した。
「ゼラどんは悪事に法術を使わなかったと聞いちょる」
「…そうでしょうか」
ゼラが微笑みながら言うのを、サーマがぎょっと目を丸くした。
「それに、法術の天才とも聞いとる。それにその赤髪。英雄ナーブ王のようではごわはんか?」
タイゴは改めて微笑みを浮かべた。
「おらは孤児だったんで、よく分かりやせんね」
本当半分嘘半分な返答をゼラはした。
「そうか」
タイゴは頷いた。
「では、わたし達はこれで」
サーマがゼラの手を引き、2人して一礼すると、丘を離れた。
丘を降りていく途中、武装した青年1人が凄い勢いで駆けあがっていくのとすれ違った。
サーマが振り返る。
「何事じゃろうか」
「さてね、大した事かもしれねえな」
ゼラが笑うと、サーマはむっとして、ゼラを睨み付けた。
「ゼラ」
「サーマ、あの人と因縁があって良かった。そうじゃなければ、ころっといってしまっていたかもしれねえな」
ゼラの口調は神妙だった。
そして、にっかりと笑いながら言った。
「おらがタイゴさんの方に行ってしまうのが、怖かったんだろ?だから腕を引っ張ってでも連れ出した。まあ、そんな心配はねえからな」
サーマがふうと息をつき、口を開いた。
「その心配はしとらんが、おはんは義理人情に篤いから……。少しでも関わるとその為に戦いに身を投じかねん……」
それへの返答に、自嘲混じりの笑顔を浮かべるゼラであった。
「まあ、時と場合によるかもな」
「ま、そうじゃろうな」
「気を付けるからよ」
「気を付けているのは、分かる」
「おらは昔から気遣いの人だからな。サーマも知ってるだろ」
「おはんはいつもそうやって、途中からふざける」
サーマが苦笑すると、ゼラが声を出して笑った。
しかし、サーマは途端に真剣そのものの表情で、訴えかけるような視線をゼラに向け、
「わたしの願いは、ゼラが平穏無事に居ることじゃ」
と言った。
「そいどん、ゼラが戦うというなら、わたしは止めん。じゃっどん、此度の事は、カツマの問題であって、ゼラの問題ではなか」
ゼラが鼻を鳴らして、皮肉気な笑みを浮かべた。
「おらだけの問題じゃねえだろ。ぬしはどうするんだ?」
「……止めたい。参加しとうない」
即答であった。
その後数歩歩いて、
「ぬしの親父さんはどうする……?」
ゼラが険しい表情でサーマを見、サーマも顔を俯かせ、首を振るしかなった。
「分からん……」
タイゴのもとに駆け付けたのは、キルマ・タシというタイゴの腹心であった。
彼が報告したのは、カツマの政府管轄の武器庫に、得体のしれぬ人形が運び込まれたとの事であった。
「報告によれば、そいはゴーレムなるものではないかと」
それを聞いたタイゴは重々しい表情で、
「政府がヨウロの魔動兵器を管理するのは当然の事じゃ。じゃっどん……」
タイゴは丘の麓辺りに視線を向けた。
「おはん先程、娘2人とすれ違わんかったか?」
「はい」
首を傾げ乍らキルマが返答した。
「その片割れのエルトン家のサーマという娘じゃが、魔動省におったのを、政府のゴーレム導入に反対して辞めたそうじゃ」
「何と」
「そして、もう片方の赤髪の娘ゼラは、ゴーレムと戦こうた経験があると聞く」
あくまで柔和な微笑みを浮かべるタイゴだが、しかしその心中は見た目には推し量る事は出来なかった。