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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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カツマの光景

 船が湾内に入り、海上でまず彼らの目に入ってきたのは、煙を噴き上げる美しい山だった。まるで海上に浮かんでいる島だと思ったが、それは正しかったようだ。


「あれはムコウ島」

「ほう」

「よく灰を降らせる」


 サーマはにこりとした。


「あれば見ると帰って来た感じがするじゃろ?」


 サーマの父がサーマに話し掛ける。笑顔で頷くサーマを尻目に、海原とムコウ島の雄大な景色を眺めた。

 この光景を、サーマは見て育ったのだ。

 港に降りて、カツマの街を行く。

 ゼラがまず感じたのは、その異様な物々しさだった。

 剣を腰に携えた若者や兵士体の者達が行き交い、殺気立ってすらいる。

 横のサーマを見れば、顔を強張らせ、ゼラの視線に気づいたのか、目配せしてくる。

 サーマの両親2人は平然と歩いているあたり、カツマの者には慣れっこの光景なのだろう。サーマは違うようだが。

 エルトン家の邸宅は、アカドのサーマの屋敷よりこじんまりとしていて、そんな家が何軒も並んでいる一画にあった。


「どうぞゼラさん」


 早速部屋をあてがわれ、


「好きに使ってよかど」


 サウが微笑み、ゼラも微笑み返す。


「ありがとうごぜいやす」


 部屋の畳は日に焼け、柱は傷だらけではあるが、手入れは行き届いていて、居心地は悪くはなさそうだ。


「さっそく、タイゴさんに挨拶してくっど」


 父が揚々と飛び出していくのを、サーマが神妙な表情で眺めていたので、


「なじょした、ぬし」


 と尋ねると、サーマは苦笑して、


「わたしの知らぬ間に、父上はタイゴ殿と親しくなった」


 と言った。


「悪くねえじゃねえか」

「……おはん、街の様子見たろ?あの殺伐具合は想像以上じゃった。タイゴ殿は政争に敗れて下野し、カツマに戻って来た。タイゴ殿はカツマでの信望は厚い。父上と母上の言う通り、ここならゼラも官憲の目を気にせずに済むとは思うた。思うたが、ゼラにはあまり深入りして欲しうはなか」


 サーマの表情は真剣そのものだった。


「わかったよ、気にかけておく」


 ゼラはそう応えておいたが、保証は出来ないとも思った。

 サーマやその両親の提案は、政府の手があまり届かぬカツマへ逃れるものであったが、政府の手が届かないのは別の勢力が存在するからである。政府が手を出せぬ程の強大なそれからの手が、ゼラに届かぬとどうして言えるであろう。

 カツマに着いた瞬間から、ゼラはある程度覚悟している。

 その夜、サーマの父ムネルが夕餉を囲みながら、


「タイゴさんも、ゼラにぜひ会うてみたいと仰せじゃった」


 と喜ばし気に語った。


「そうですか」

「ゼラさん、ようございもしたな」


 母サウが頷いた。


「これで、ゼラさんもカツマの人間じゃあ」

「そのタイゴさんってのは、簡単に会えるもんなんですか?」


 ゼラが尋ねると、


「ああ、タイゴさんは懐の大きか人じゃあ」


 ムネルが感じ入った様子で頷く。


「なら、おらもいつか会いたいですね」


 とニヤリとするゼラが、ちらと横目で見ると、サーマは神妙な表情を浮かべていた。


「ああ、それと」


 ムネルが思い出したようにサーマに向き直った。


「サーマ、ソキさんとこのコノリさんは明後日会う事になっとるぞ」 


 サーマがぽかんとしていたので、


「サーマさん、あなたのお相手ですよ」


 と母のサウが呆れた様子で言った。



 サーマが婚約者と初めて顔を合わせるその日、ゼラはその日、外に出ていた。一瞬だけサーマのお相手の顔を見たが、芋臭いが誠実そうな青年だと思った。トトワ王朝時代、参勤で上ってきていた地方の藩士があんな感じであった気がする。今日は顔を合わせるだけで、結納すらまだだという。


(このまま、カツマに身を落ち着けるつもりなのだろうか)


 サーマらしくもない。と思いはするものの、人の人生の決断に口をあまり出すものではない、とも思った。

 路地を歩いていると、すれ違う人々がゼラに視線をやってくる。やはり赤髪の余所者は目立つのだろう。

 通りの前方から、腰に剣を差し武装した若者達が歩いてきた。

 ゼラが横によけると、


「おい貴様!」


 その中の1人が居丈高に言った。

 まるで、王都アカドの官憲のようだ。

 どうやら、傍若無人に振る舞える立場と言うのは皆同じようになるらしい。


「なんでございやしょう」


 ゼラは周囲を見回した。

 この道には、ゼラと彼ら以外人影は見当たらない。

 ならば、構わぬだろう。

 若者達はきついカツマ訛りで、サーマの訛りは大したものではなかった事実をゼラに知らせた。


「おはん見ない顔じゃ!」

「もしや余所者か!」

「カツマの者じゃなかな!?」

「政府の手の者か!」


 ゼラが小首を傾げて、


「何そんな殺気立ってる」


 と尋ねるや否や、


「捕ゆっど!」


 ゼラの腕を掴み、引っ張ろうとした刹那、彼らは吹っ飛んでいた。

 地面に突っ伏す彼らを尻目に、ゼラは平然と通り過ぎて行った。

 

 山に駆け上って街を一望すると、相変わらずムコウ島が眼前に飛び込んでくる。あれを見ないで済むのは逆に難しいかもしれない、ゼラは思った。だが、嫌いな光景ではない。雄大で美しい景色だ。一転、下に目を向けてみると、街の中心に一際大きな屋敷が有り、目を凝らすと大勢の人間が屯している様子だった。


(成程、あそこが本拠地か)


 サーマにその夜尋ねると、

 あれは学校だと教えてくれた。

 今日の首尾はどうだった?と聞くのは何故か抵抗感があって、その代わりに尋ねたのがそれであった。


「タイゴ殿が中心となって建てた学校じゃ。例の物々しい者達はその学校の生徒達らしい」


 サーマは苦笑を浮かべた。


「政府のヨウロ化政策に反発しとる。話に聞いていた以上じゃ。タイゴ殿が抑えきれれば良かが……」


 少しの申し訳なさと恐れを瞳に映し、


「ゼラ……おはんをここに連れてきたのは正解だったとじゃろうか……」


 と言うのであった。


「正解も何も、おらが選んだ道だ。後悔は自分でする」


 サーマの肩をとんと叩いて、ゼラはニヤリと笑った。


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