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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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カツマへ

 ゼラとサーマの2人がカツマへ行く事を決めてから、最初に2人の間で上がった懸念が、アカドの人々への報告であった。

 何しろ、カツマに一度行ってしまえば、帰ってこられるか分からない。


「ゼラ、おはんの代わりに挨拶はわたしがしてくる」

「何言ってんだ。おらが行くよ」


 ゼラがぶっきらぼうに言った。

 サーマが静かに首を振った。


「おはんは顔を出しては駄目じゃ」

「ぬしこそ駄目だ。おらを匿ってるとバレちまうぞ」


 ゼラが目を細める。


「おらが、モメさんとしずく屋のゴンジとマウさん宛の手紙と残りの家賃を小屋に置いてくる。申し訳ねえが顔は出さねえでこっそり置いてくるつもりだ。ぬしの心配には及ばねえよ」

「既に敵の目が光っているかも……」


 サーマは敵と言い切った。相手は曲がりなりにも官憲である。しかし、サーマはその背後のミンブリン伯と元同僚のダウツを見ている。


「またあんな土人形が出たら厄介だな」


 ゼラは顔をしかめた。


「あんなのらちが明かねえや」

「ゼラ、あれは大気や地面などの自然から魔動力を集めとる。だからただ壊すだけでは駄目じゃ」


 サーマの言葉にゼラが目を丸くした。


「じゃあどうする?」

「吸収させぬようしてしまえばよか。ゴーレムは頭部と両手足それと胴体にそれぞれ、自然界に流れる魔動力を吸収する魔動陣がある。そのどれか一つでも残っていれば再生してしまう。全部いっぺんに壊してしまえばよか」


 ゼラが顎を擦った。


「成程な、それに何もいっぺんじゃなくとも、再生しようとする間に壊すという手もあるだろう。おらの見た限り、そんな一瞬で元通りという訳でもなかった」


 ゼラとサーマが2人して不敵な笑みを浮かべ合った。



 サーマはミラナ王女に手紙をしたためた。しばしカツマへ戻る事、婚姻を済ませるかもしれない事、しばし会えぬ事をつらつらと書いた後、ゴーレム導入への懸念とそれを進める魔動省やお雇い外国人のシャラルの行動は拙速であり、その背後にあるカナリス人実業家ミンブリン伯への不信を訴える文面を熱の入った筆で書き連ねた。さらに、ゴーレムの暴走の危険性やミンブリン伯のカナリスでの悪行を項目で並べ立て、最後に、このような文面になった不躾を謝罪した。

 ミラナ王女は聡明なお方であり、この手紙を書く意味はあるであろう。仮に無いにしても、サーマは書かずにはいられなかった。


(わたしの友人にぜひお会いになって頂きたかった。しかし今となってはそれがかなわぬのが残念でなりません……)


 この文面も、感情的になり過ぎやしないかとの思いもあったが、このまま郵便に出す事にした。

 一度書いて破り捨てているので、再びするのは気が咎めたのである。つい筆が進んで魔動省を辞さなければならないのが残念だと書き殴った1枚目は、サーマの脳内の片隅にあった封建的価値観がそれを捨てさせたのであった。

 その日、大胆にも真昼間にゼラはしずく屋に顔をだした。


「ゼラ!」

「すみやせんね。こっちの都合で、しばらく顔を出せず」


 店主夫婦のゴンジとマウは唖然とした様子でゼラを見つめた。

 他の客は何事だといった風である。

 ゴンジとマウも警察からゼラがお尋ね人だと訊かされていたのであった。

 警戒の色を見せつつ応対する2人に、ゼラは胸に突き刺さるのを覚えつつ、表面上は平然として、


「ちょっと辞めさせてもらいやす。すみません勝手な事言って…世話になりやした…」


 頭を下げて、すぐに踵を返して店を後にする。


「ゼラ!」


 ゴンジの妻マウが後ろから声を掛けてきた。

 用心を示しつつも、ゼラを労わるような視線を投げかけて来て、


「元気でやるんだよ?」


 ゴンジも、


「ゼラ、おめえが居て助かった。またな」


 とぶっきら棒に言った。

 ゼラは込み上げるものをこらえ、改めて頭を下げ、そして走り去った。

 今のところ、何かしらの気配は無かった。

 昼間は予想の外だったのか。

 長屋に着き、大家のモメの家に行った。


「ああ、モメさんなら街だよ」


 長屋住みの婦人が言った。


「そうですか、家賃置いときやすから、伝えといて下せえ。おら、出てくんで」

「ああそうかい」


 婦人は何事もないようにゼラと会話した。

 ゼラが凶状持ちであるのを意にも解さぬ風であった。


「ゼラ、荷物はここだよ」


 別の婦人が、ゼラに袋を手渡した。


「……すみやせん」

「警察から隠すの大変だったんだからね」

「本当に恩に切りやす……」

「あと、あんたが来たら警察に知らせろって言われてる」

「構わねえですよ」

「それと、長屋のあちらこちらに……」


 夫人は言葉を詰まらせた。


「得体のしれないものを置かせろって……」

「ああ、構やしませんよ」


 ゼラはニッカリ笑った。

 悠々と歩き出し、長屋の並ぶ十字路に差し掛かったあたりで足を止めた。丁度そこは広場になっていて、普段なら子供が遊び回っている。

 しかし今はゼラ以外人っ子一人いない。

 ゼラの髪が赤くうねり始め、目は蒼く光り始めた。

 影からのそのそと出て来るものがあった。

 さらに、ゼラの右腕が赤黒く染まり始めたかと思うや、ぶんと音立てて振り下ろされ、一体のゴーレムがぐしゃりと圧し潰された。

 まったくの土塊となったそれを一瞥し、


「おう、いけるな」


 とニヤリと笑みを浮かべ、別のゴーレムの放った閃光をかわし宙へ飛ぶ。

 飛び上がりついてきたゴーレムの1体の前に、腕を突き出し、手の平を握りつぶす動作をしたその瞬間、ゴーレムを球体の赤い光が取り囲んだかと思うや一気に圧殺した。

 ばらばらと残骸が落ち行くのを尻目に別の一体が放った閃光を赤黒い肌へと変貌した手の平で受け止めたゼラが、足の裏で法力を爆発させその身を弾丸と化しつつ、閃光に抗するように自らも閃光を合わせ放つと、閃光を放ち続けるゴーレムの体躯はずるずると押し戻されていく。ついにはゴーレムの閃光は打ち破られ、ゼラの閃光がゴーレムの頭部を消し飛ばした。

 次の瞬間、そのゴーレムすらも圧し潰したゼラが、地面に着地し残りの2体を眺めながやらも、両腕を横に開き、それから両腕をぐっと万力を込めて閉じ手の平を合わせた。それに呼応するかのように、突如出現した赤き壁が2体のゴーレムを挟み、ぐしゃりと音立てて2体まとめて土塊へと変えてしまった。

 しかし最後の刹那の足掻きとしてゴーレムが放った閃光がゼラの頬を掠め、血を流させていた。


「ふう、これならいけるな」


 しかし、力任せ、いや、法力任せと言った方が良いだろうか。とても奇策上策と呼ぶべき代物ではない。ゼラ以外の法術師でこれが出来る者は少ないだろう。

 だが、とりあえずこれで倒せた。少しは鬱憤を晴らせたのである。

 腕がじいんとしているが、足取り軽やかにゼラは長屋を後にしたのであった。



 新サパン暦7年6月30日、ゼラとエルトン家一行はアカドを堂々と出発した。そのうちの1人がお尋ね者である。


「ええ、おらはサーマの姉でごぜえやす」


 頬被りで赤髪を隠したゼラがおどけながら言うと、サーマが即座に応えた。


「いや、妹じゃ」

「いや、おらの方がどう見ても酸いも甘いも知ったおなごだからな」

「いいや、おはんは妹じゃ。長子は素性を聞かれやすい。妹は妹と名乗ればよか」


 サーマはあくまでも生真面目にそう言うのであった。

 冗談を介そうとしない相手に顔をしかめるゼラとその一行は海原を進む。陽光の筋が照らす海上を帆船が行く。

 遠ざかる陸地を眺めるサーマの瞳に光るものを見たゼラは、何か言おうと思ったが、さすがに言葉は出なかった。


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