面白いもの
ゼラは床の上に座りながら、友人の両親の話を聞いた。
「部屋屋が1つありもしたな、そいをゼラさんに」
と母が言えば、
「そいがよか。誰も使っちょらんし、丁度よか!」
父が頷く。
「タイゴさんに前1度サーマの友人について話した事がある。会ってみたいとも仰せじゃった!」
「ちょっと待ってくだせえ」
ゼラが手を軽く上げる。
「話が勝手に進んでいるみたいですが」
「よかよか、こちらに任せてくいやい」
父ムネルはにこやかに言った。
「おらは……」
ゼラが閉口して、しばし絶句した後に、言葉を続けようと再び口を開こうとしたその時、屋敷の主が帰って来た。
「おお、サーマ殿、今大事な話をして居ったのですよ」
母サウがサーマを手招きする。
話を聞いたサーマも絶句するのであった。
「わ、わたしは別に構いもはんが……」
サーマが目配せして、ゼラが小さく頷く。
「少し考えさせて下せえ」
「父上母上、ゼラにもアカドでの生活がありもすし、ここはしばらく時間をくいやい」
2人が去った後、部屋に残ったゼラとサーマは声を抑えて話し始めた。
「タイゴってどこかで聞いた名だぞ」
「タイゴ殿はセアクボ卿と並ぶカツマ藩の重鎮かつ、政府の要人だった」
「だった?」
「そう、先の政変で下野された。大きな事件だったと思うが……」
「ああ、何か騒いでたな。店に来る客も話してた気がする」
ゼラは顎を擦った。
「あまり興味ねえんで、聞き流してた」
「……つまり、政府内の争いで敗れたといってよか。ただ、タイゴ殿の事だから心配はいらんと思うが……」
サーマはさらに身を乗り出し、声を潜めた。
「あと、確かこれは話したと思うが、実はわたしは、タイゴ殿から命を受けた事が有る。おはんを捜索しろという密命じゃった。丁度、政府軍とヤイヅ藩軍の戦いも落ち着いてきた頃じゃ」
「ああ、そうだったな」
ゼラは少し顔をしかめた。
「何故タイゴ殿がそうお命じになったかは分からん。ただ、おはんのその……」
サーマが顎をくいってやると、ゼラが自らの髪を触り、目を指差した。
「これか」
「おはんがナーブ王の血筋かもしれぬと言っていた。事実そうだった訳だが」
「まだそうと決まった訳じゃねえよ」
腕を組むゼラ。
「あいつがそう言ってただけだ」
ゼラとサーマは、かつて死闘を繰り広げた赤髪青目の男を思い出していた。今思い出しても、背筋に慄然としたものが走る程の恐ろしい男だった。ゼラを同じナーブ王の血族と呼び、彼女と子を為し、ナーブ王の再来を誕生せしめんとした男。
サーマなどは思わず身震いしたが、ゼラなどは吐き捨てるだけの余裕はあった。
「おらをそう呼ぶ奴はこれまでもいたよ……あ、ああ思い出した!タイゴといえば!」
ゼラは膝を打った。
そして次の瞬間には、笑みを顔に刷いていた。
「やっと思い出した。ヤイヅでそのタイゴ殿にお目に掛かった事があるぞ」
ゼラの口調は皮肉気だった。
「恰幅の良いお人だったな。なかなかの法術使いでおらも逃げる事にしたんだった」
「ゼラ、タイゴ殿と一線交えたとか!」
サーマが思わず身を乗り出し声を荒げると、ゼラが人差し指が口の前で伸ばされていた。
「あっ……すまん」
「ぬしが静かにしないでなじょする……」
顔をしかめ、しかしすぐにニカっと笑って、
「それでおらに興味を持ったという訳だな」
「そうかもしれん。ただ、タイゴ殿はゼラをどうこうしようという気はあったとは思えん。少なくとも害するつもりは無かったと思うとる。今もそれは変わらんと思う」
サーマは頷いた。
ゼラは腕を組んだまま、
「いや、あれは場合によっちゃ殺すのに躊躇しない男だ」
「……それは確かに、タイゴ殿は清濁併せ呑むお方。トトワ王朝打倒の際も、硬軟策を使い分けたときく。わたしも相対して、気圧されたり背筋が冷えたりするところがあった。タイゴ殿自身は泰然としとるだけなのに……」
サーマは少し怯えも見せつつ言った。
「ふうん」
ゼラが天井を見上げた。
しばし見上げたまま、じっとしていたが、やがて含み笑いを浮かべ、それが快活な笑い声に変わった時、サーマは唇を噛み締め目を見開いていた。
「ゼラ……」
「逃げ回る生活が待っているかと、やるせねえ気分だったが、なかなか面白いものに出会えそうだ」
不敵さを口元に瞳に宿し、眼光をぎらつかせるゼラに、サーマが不安そうな表情を浮かべ、ふうと息をついた。
「おはんのそれが性分なら仕方なか……」
「なにしろ、向こうも会いたいそうだからな。ゴーレムの黒幕さんは居場所分からねえし、その分うっ憤晴らさせてくれるならいいんだが」
「…おはん、戦いに行く訳ではなかど」
サーマが呆れたように言った。彼女はゼラにダウツの事は話していない。話せば即復讐に行くに決まっているからであった。
それを知ってかしらずか、ゼラはニヤリとして言った。
「サーマはおらが政府とやり合うのは嫌なんだろ?なら、それ以外なら幾らでも自衛していいじゃねえか」
「……そっちから喧嘩は売らんという約束だな?」
目を細め、疑わし気な視線を送るサーマ。
「ああ。でもカツマの文化は知らねえから、知らず喧嘩を売っちまう場合もあるかもな」
ゼラがおどけて、今度こそ睨み付けられる事となったのであった。