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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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友人の両親からの話

 6月22日、サーマが魔動省の長エアイの執務室を訪れた。進退伺いの為である。


「職を辞したいと考えております」


 エアイはじっとサーマを見据え、事情を説明させた。

 婚姻の話し合いの為いったん地元のカツマに帰らなければならず、しかも戻れるかも分からない。職務を放棄し皆に迷惑がかかるくらいなら、いっその事自分が職を辞し、代わりの人材を登用してやって欲しい、というのがサーマの話であった。

 サーマはおなごでありながら、魔動に非常に詳しく、魔動式の組み立てや計算も正確かつ迅速であった。気質は穏やかであったが、時に頑固な部分が見て取れた。しかし、紅一点であり参議セアクボ卿の推挙でねじ込まれたという経緯もあって、仲間達からは距離をとられていた。

 最近は、さらに孤立を深めたようだが……。

 ゴーレム導入の方針は、エアイも含めた魔動省全体の総意のようなものだ。1人それに意を唱えればどうなるか分かっていようものを。


「エルトン君、君がそこまで言うのなら、止めはせん。今までご苦労だった」

「お世話になりました」


 サーマが丁寧に頭を下げてくる。


「あと、不躾ながら……」 


 サーマが差し出したのは、冊子であった。


「ハンリー殿の協力も得て、シャラル殿が推奨するミンブリン製ゴーレムの特性と、制御の方法を纏めておきました。あらかじめこちらが知っておいて損は無い内容だと思います」


 エアイは受け取って、ぱらぱらと捲ってみた。

 ハンリーといえば、エガレス国のお雇い外国人で、サーマにゴーレム導入反対を吹き込んだ男ではないか。エアイの認識はそれであった。


「有難く受け取っておくが……」


 どうせ必要ないだろう、との言葉はさすがに飲み込んだ。曲がりなりにも部下だった彼女だ。


「先方は売り込むのですから、良い点ばかり説明するかもしれません。まずい点をこちらがあらかじめ知っておく意味はあるかと思います。特に制御方法や暴走した時の対処法を知っておいて損は無いかと思われます。先方が説明してくれれば良いのですが」


 丁寧な言葉遣いだったが、その表情はミンブリン伯など信用に値せぬと言わんばかりの辛辣さすらあった。


「制御方法もある程度調べ研究しました。既成品には対応出来るかと。新作に応用利かせられるかは保証出来かねます」


 苦笑を浮かべるサーマ。


「分かった」


 エアイは本を机の上に置いた。


「検討してみよう」

「ありがとうございます……」


 サーマが丁寧に何度も頭を下げた。

 その後、元気でやるように、などの当たり障りのない会話が続いた後、サーマがいよいよ辞去しようとする際、


「……わしは君を買っていたのだがな」


 と思わず呟いたエアイに、サーマが感極まりかけた表情で見つめ、さらに一礼し部屋を辞去していった。 

 エアイは葉巻をつけ、ふうと吹かした。


「カツマか……」


 苦い顔で首を振る。


「ゴーレムの使用は、あくまで敵対国家相手であって欲しいものだ」


 と考え深げに漏らした独白は、無論サーマに聞こえぬ様にしていた。



 サーマは足早に廊下を歩いた。


(今更、あんな言葉……!)


 言葉に出来ない悔しさと悲しさが沸き上がり、渦となって胸中を暴れている。

 仲間達への挨拶もこの後済ませた。反応はそれなりにしてくれたが、最後まで彼らとサーマの間には見えない壁が横たわったままだった。

 ダウツが1人歩み寄ってきた。

 恐らく彼こそが、ミンブリン伯と共謀してゼラを官憲の手にかけさせようとした者であった。彼は微笑みを浮かべながら、


「ご友人にもよろしく」


 と囁いてきたのに、思わず頭に血が昇りかけるが、


「今度会った時に」


 と努めて穏やかに応えた。


「ほう、最近は会われてないのですか?」

「……婦女子の交友を殿方が詮索するものでありませんよ」


 サーマは苦笑を浮かべた。


「では、失礼いたします」


 頭を下げ、部屋を出る。サーマも先程ので取り繕えたと思っていない。

 極端な話、向こうが全て承知でも構わない心持だった。ゼラを匿っていると知った上だとしても、それがどうしたというのか。

 サーマは先刻から自身がかなり感情的に成っているのに気付いた。

 ただ、もうこの場を離れたかっただけだ。彼から離れたかっただけだ。

 


 サーマが魔動省に出かけている頃、サーマの屋敷にはサーマの両親とゼラと家政婦のバレラの4人が居た。

 ゼラは上半身を起こし、腕をじっと見た。


「あら、ゼラさん。起きていたんですか」


 サーマの母サウが襖を開け入って来た。


「おはようございやす」


 ゼラはにこりと笑って会釈した。

 回復も速い。ゼラの身体の傷も火傷も跡をほとんど残さず消え失せていた。

 ゼラ自身が驚く程であった。

 以前より、間違いなく治癒力が上がっている。体力もあの翌日にはかなり戻っていて、床にある自分を持て余したものだった。起き上がって走り回りたい衝動に何度も駆られたが、サーマの手前、じっと我慢した。

 サウが盆を下げていったところで、ゼラは再び腕を眺めた。赤い髪が輝きうねり始め目が青く煌々とする。それと同時に、腕の色も赤黒く染まり始める。

 しかしそれらはすぐに元に戻らされた。襖の向こうに再び人の気配が現れたのである。一瞬でゼラの髪がするりと大人しくなり、目も元の赤茶色に戻る。肌の色も何ら不自然なところのないサパン人の肌色に戻っていた。

 今度はサーマの両親が入って来た。ムネルとサウの2人は自分達の娘の友人にかしこまった様子で、ゼラはおかしく感じたが、神妙な態度をとった。

 感じ取るものがあったのである。

 2人は真剣そのものであった。


「ゼラさん」 


 サウに太腿辺りをぽんと叩かれ、促される様にムネルが口を開いた。


「娘にはまだ言っちょらんが……2人で話し合ったとじゃ……」

「ゼラさん」


 今度は母親の方が口を開いた。


「このままでは埒があかないでしょう。どこまでも追われる身です。ならいっその事……」

「カツマに一緒に来て頂けんでしょうか?」


 ゼラは口をぽかんと開けた。

「タイゴさんなら、ゼラさんも助けて下さるはず。政府もタイゴさんには手は出せん!」

「ぜひ。サーマの為とも思っていくやい」


 タイゴさん。その名にゼラはどこかで聞き覚えがあったが、やはり思い出せなかった。


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