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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第4章 新時代陰影編
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訪問者

サーマが執務室のエアイ卿のもとを訪れたのは、4月の中旬であった。


「何事だ」


 エアイは柔らかな雰囲気でサーマに対した。


「お忙しい所、恐縮でございます」


 サーマは丁寧に頭を下げた。


「先日、ハンリー殿と話す機会を得まして」

「ほう、ハンリーか」


 エアイの表情は固くなった。


「何と言っておった?」

「ゴーレムの導入について、憂慮を示しておられました」

「君はどう思った?」

「一理あると思いました」

「わしでは埒が明かんと考えてエルトン君にいったか」


 エアイは吐き捨てるように言った。


「あれはな、野蛮の国が自分達と同じようにゴーレムを手に入れるが癪だと言っているに過ぎん」

「……。そうでしょうか!?」


 サーマは目を丸くした。


「そうだ。エガレス国もカナリス国も、ゴーレムを所有し活用し、軍事大国となっておる。それをどうして我が国はしてはならぬというのか?奴は頭ごなしに否定しておるに過ぎん。我が国にはゴーレムはふさわしくないとな」


 エアイの思わぬ強弁振りにサーマは面食らった。


「我が国は新たな時代へと歩み出して行く為に、あらゆる技術を習得せねばならん。我ら魔動省はその中でも魔動に関してヨウロから貪欲に吸収してきた。ゴーレムもその一つだ。暴走の危険があるからといって、導入そのものを反対される筋合いなど無い」

「……これをご覧ください」


 サーマは切り抜きの新聞記事や書物を取り出し、エアイの机の上に置いた。


「ヨウロでのゴーレムの暴走事件の記事や話が載っているものを集めました。例えばこれはカナリス軍が自軍のゴーレムの暴走で壊滅した事件が載っています。ハンリー殿の反対も一理あるかと思われますが」


 指で指し示し、エアイの反応を伺ったが、彼の反応は頑なだった。


「ヨウロで未だゴーレムが使用されている以上、我が国がせぬという訳にもいくまい。エルトン君、君にも分かるはずだ。馬鹿正直にヨウロの人間の言う事をきいて軍事上ひいては外交上の不利益を招くのは愚策だ。それにこれは魔動省を越えた話であって、わしに言ったところで無意味だという事も分かっておろうに」


 サーマは思わず拳を握りしめた。正論であった。エアイの言う事は確かに国家運営の次元においてある側面では正しいのであった。


「それに、魔動カノンですら導入できた我が国に、ゴーレムを導入出来ぬ謂れはない」


 魔動カノン。これは既に政府軍とトトワ王朝との戦の時点で既に使用されている。かつてゼラがヤイヅの山で破壊したのがそれであったが、サーマもヤイヅ城攻めの魔動カノンの砲撃を遠くで聞いている。

 その砲撃音を思い出しながら、サーマは口を開いた。


「シャラル殿が本国から持ち込もうとしているゴーレムですが、元々はレオンス・ミンブリンという人物が売り込もうとしているものだとは御存じでしょうか?」

「……知っておる。彼の会社の製造と聞いておる。ミンブリン伯爵はカナリスでも君達カツマの人間によくしてくれた方だそうじゃないか。特に君は留学中会った事が有るのではないかね」


 サーマは唇を噛み締めた。ミンブリン伯爵はゼラと現地の罪もない少女と自分の3人を誘拐したうえで謀殺し、カツマ陣営とトトワ王朝陣営を揉めさせ、漁夫の利を得ようとした人物である。そんな人物であると知っているのは、サーマ以外にはゼラしかいなかった。

 そう、彼を信用せず警戒しているのはサーマだけであり、それ以外の者にとってミンブリン伯は長年カツマとも親交があり信頼がおけるカナリスの実業家なのであった。


「わたしは……」


 サーマは冷静さを失っていると自覚しつつも吐き出したくなった。

 ただ、証拠は何一つ残っていないのだ。目の前の相手を納得させる程のものは何もない。

 それが、サーマを躊躇させた。


「わたしは……。ミンブリン伯からゴーレムを購入する事は反対です!」


 やっと出た言葉がそれであった。


「わたしは、彼の人となりは信頼に値するものではないと思います」


 そうして、話を続けようとした。ついに暴露せんとした。証拠は出せないが致し方ない――

 しかし、


「くどい!」


 エアイが一喝と共に席を立ったのであった。

 つかつかと足早に歩きながら、彼はまくし立てた。


「わしはこれより、陸軍省に向かわねばならん。少なくとも、カツマ藩閥や政府からはミンブリン伯は信頼されておる。付き合いの長いカツマがそうであるのに、君1人が何を言うものぞ。この話はここで終わりだ!」


 扉を開け、サーマをじっと睨み付けるように視線を差した。

 サーマは黙って一礼した。そのまま肩を落として執務室から辞去したのであった。

 廊下を歩きながら、サーマは自己嫌悪に襲われていた。

 エアイの言う事は正論だ、と思う自分に失望すら感じていた。

 起こり得る多少の犠牲は覚悟のうえで、国家を運営するのは政の常道かもしれない。ゴーレムを導入しなかった為に起こり得る国家の危機に比べれば、暴走による犠牲などささやかな犠牲なのだろう。

 ささやかな犠牲!

 ああ!こんな言葉が思い浮かぶ自分が嫌になる。

 何より、武力によって政権を確立させた陣営にいる自分に何を言う資格があるのというのだろうか。

 拳を握りしめ、歯を食いしばり、サーマは歩を進めた。

 しかし、ミンブリン!

 あのミンブリン伯がこの国を利用しようというのは耐えがたいものであった。



 その翌日から、サーマの職責は多大なものとなった。というのはまだ聞こえのいい話で、


「エルトン君、君の魔動への知識の深さと、事務処理能力の高さを見込んでだが……」


 先輩格の同僚達からサーマへ仕事が割り振られる事となった。

 魔動陣の点検、魔動式の計算、その他雑処理、等の仕事がサーマに舞い込んでくる。

 サーマは断らなかった。誰かがする必要のある仕事であったし、全く無駄で無意味な仕事をさせられている訳ではない。

 膨大な書類の山を前にサーマの魔動省での日々は流れていった。

 毎晩遅くまで魔動省に残り、同僚達が芸妓との戯れに癒しを求めに行くのを尻目に、机に向かう日々。



「大変ですね」


 ダウツがその日は残っていた。


「いえ、わたし1人で大丈夫です。ダウツさんも早く行かないと。お気に入りの芸妓を取られますよ」


 サーマは渾身でおふざけを言った。

 すると、ダウツはかぶりを振り、


「ハンリー殿に味方をするからです。我々はシャラル殿と懇意にし指導を仰いでおりますが、ハンリー殿は我々に口を出し過ぎる」


 ダウツはサーマの机に手を置いた。


「お手伝いしましょうか?」

「……いいえ、わたしに任された仕事です。責任を持ってわたしが……」

「処理しきれない量でも?」

「ご心配なく、この程度でしたら処理しきれます」


 サーマは生来の頑なさがここで現れた。


「ご厚意は有難く受け取っておきます」


 ダウツは鼻を鳴らした。そして顔を近づけ小声で囁いた。


「ご友人に会いましたよ。あれは法術の天才ですね」


 サーマは一種耳を疑った。

 じっとダウツを見つめる。その表情は温和さを崩していないが……。声色といい底冷えがする。

 サーマは努めて冷静に振る舞おうとした。


「いったい、何の話ですか?」


 ダウツの口角を吊り上がり、その瞳は暗く澱んでいた。


「法術ご禁制の世に、あれは見事でしたよ」

「何がおっしゃりたいのです?」


 ダウツは高笑いした。


「ミンブリン伯とはご友人と共に因縁があるそうで……」


 サーマはさすがに愕然とした。

 明らかに、ダウツは何かしらの悪意か害意を向けて来ていた。

 これまで、同僚として、仲間として、その柔和さと手腕に好感を覚えていた相手が、豹変してきた恐怖すらあった。


「……。ダウツさん、それは誰から聞いたのです?」


 ダウツは柔和な笑みを湛えて応えた。


「シャラル殿からですよ」

「……。シャラル殿が?何故です?」


 サーマはダウツの表情を観察した。しかし何も読み取れない。


「確かに、わたしとゼラはミンブリン伯と因縁があります。しかし、それはこちらが勝手にそう思っている事です。顔も見えず、正体を隠していた相手は、最後まで名乗りませんでしたよ」


 ダウツの口角が少しぴくっとした。


「それに、商売相手であるシャラル殿にミンブリン伯が自らの汚点とも言うべきものを話すとも思えないのですが」


 ダウツはサーマを離れ、部屋を歩き回った。


「ゴーレムは素晴らしい兵器ですよ。あれがあれば、法術師ごとき者の数ではないでしょう。あれは必ず導入すべきだ。僕は命を捧げる覚悟で務めを果たしてみせる!それが君はどうだ!?」


 ダウツはサーマの机をドンと叩いた。

 サーマはじっとダウツから視線を離さずにいた。


「エアイ卿も君に呆れている事だろう。だから、部下の行動を黙認した。僕も君には呆れ果てている」

「ご心配には及びません。わたしは自分の責務を果たすだけです。意見すべきだと思ったから意見したまでです」


 サーマとダウツの視線がぶつかった。

 彼の心の奥底に流れる者は何なのだろう。口先から出る言葉以外に、別の何か根源的なものが彼を突き動かしているように思えてならなかった。


「……考え直してくれる事を期待しますよ」


 と捨て台詞に近いもの吐き、ダウツは去って行った。


「……仕事残っとるなあ」


 サーマは苦笑いして息をついた。机の上には書類がまだある。



 疲れ果てて家に着くと、思わぬ客があった。


「ゼラ!元気にしとったか?」

「ゼラ!手紙の返事をしてくいやい!」


 サーマは固まった。

 カツマにいるはずの、両親が王都の自分の屋敷に居たのだ。

 久しぶりの再会であった。父も少し白髪が増え、母は僅かにふくよかになっている。


「父上!母上!」


 サーマは荷物も放り投げ、2人に駆け寄った。


「ないごてここへ?」

「ないごてってほら、あれじゃあ」


 と父ムネル。


「あの人が案内してくれたのですよ」


 と母サウ。

 2人が示した先には、赤髪の友人がにこやかに腕を組んでいた。


「アカドの街は広いから」

「ありがとうゼラ。ああ!父上、母上、ゆっくりしていってくいやい」


 とあたふたとしながら2人を座布団の上に座らせ、茶を出すサーマ。


「料亭帰りか?」


 とムネルが杯を傾ける仕草を空の手でした。


「いえ、仕事でした。ずっと魔動省にいました」


 サーマは首を振った。

 父は口をぽかんとした。


「こんな夜まで……」

「そりゃあ、あなた政府のお役人さんは、藩の出仕とは違うんですよ。使命と責務があるんですよ」


 母サウは鼻を鳴らしながら言った。父はぎろりと母を睨みつけるも、睨み返され視線をサーマに戻して口を開いた。


「広かなあ。ここに1人でか」

「いえ、今日はおりもはんが、バレラさんという方に手伝いに来ていただいていもす」


 父は口をあんぐりした。


「家政婦のおるとか!?」

「うちより広かあ。うちの人もこれくらいの家に住めんもんかねえ」


 サウがぽつりと呟き、


「何ば言いよるか。今の暮らしが不満か!」

「あら、あなたこそ何を仰るのです。カツマ男子としての気概も無かとですか。娘の方が大きい家に住んでるなんて」

「サーマは姫の教育係じゃったんじゃ当然じゃろう。それに、藩も無くなって、出世の手段が無くなったとじゃ!」

「あら、タイゴ様を頼ればよろしいじゃないですか」

「簡単に言うんじゃなかあ」


 サーマは思わず顔を綻ばせた。

 変わらぬ両親の姿だった。


「そうじゃ!サーマ!話があるとじゃ!」


 父がついに言った、という感じで勇気を振り絞った様に口を開いた。余程の話らしい。


「そうですよサーマ、どうして返事をよこさぬのです?」


 あっ、とサーマは大事な事を忘却の彼方へ置いてきたのに気付いた。

 仕事に忙殺されて、ミンブリン伯の事もあり、すっかり忘れていた。


「母が先に会わせていただきましたが、良い人ですよ」


 母は満面の笑みで言った。


「その話でカツマから来たとじゃ。返事をよこさんから」


 父が腕を組み、こちらも笑みを浮かべながら言った。

 茫然とするサーマの横で、ゼラが茶を啜りながら高見の見物を決め込んでいた。


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