脱出
男達は井戸の部屋へ突入した。
暗がりでよく見えぬが、数人倒れているようだ。
見張り達がやられている!
一気に緊張が彼らの間を走り、魔動陣の書かれた紙や杖を構え、きょろきょろと部屋を見渡す。
だが、誰もいなかった。
井戸を覗く。
ランプで灯してみると、底には人影はなかった。あるのは、無骨で冷たい地面だけであった。
「逃げられた!」
「まだ、近くにいるはずだ!探せ!」
男達は部屋を飛び出していった。
天井近くの窓際に立つ人影があった。
その窓は恐らく換気の為にあるのだろう、部屋に1つしかない高い窓で、窓のわずかな縁にゼラとサーマは立っていた。いや、足をかけていたというのが正しい。
壁に手をつき、法力で身体を支えているのだ。
「うまくいった」
ゼラはまるで悪戯っ子のように楽しげですらあった。
サーマは片手に少女を抱え、ほっと息をついた。
少女も囁きながら嬉しそうに言った。
「なんだか、わくわくするね」
「え!?え、ええ」
サーマは戸惑いながら応える。
「何と言うとる」とゼラ。
サーマが説明してやると、
「ああ、かくれ遊びみてえだ」
ゼラが笑った。
「……かくれもじょ、の事?」
サーマが首を傾げた。
「なんだ、それ。カツマではそう言うんか」
ゼラがまた笑う。
サーマは頬を膨らますが、ゼラがそっと窓を開け、外の様子を伺うのを「誰かおるか?」と問いかける。
ゼラは首を振った。
「誰もいねえ。……今だな。その子大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。むしろわたしより元気でごわんど」
サーマは少女に囁く。
「今から、飛び降りるから。大丈夫、安心して」
少女は頷く。
ゼラが先に飛び降りた。
サーマもそれに続く。
男達の怒鳴り声が入り乱れ、ランプの明かりが乱舞している。
2人は物陰に隠れながら走った。
だが、そう甘くはなかったようだ。
「いたぞ!」
男達の怒声が響いた。
ゼラは手をかざし、サーマは杖を男達に向けた。
男達を倒し、身を隠しながら、進む。
魔動銃にさらされながら、2人は中庭を突っ切った。
背後で、魔動銃の空気を切る音が聞こえる。
度々振り返り、木陰に隠れながら、ゼラは法術で、サーマは魔動で応戦した。
身を隠した木が粉砕されるのを幾度か経験して、2人は塀に差し掛かった。
ゼラが先に塀の上に飛び乗り、サーマが続く。急いで杖を懐にしまい、ゼラが差し出した手を空いた方の手でぐっと掴み、塀の上に乗った。
2人は即座に飛び降りた。
まだ走る。
しかし、サーマが遅れ始めた。
少女を片手に抱え、魔動を使っての戦闘、そのうえ全速力で走り続ける。極限状態といってよかった。
見かねたゼラが「おらに任せろ」
と少女を背中に背負った。
路地裏の暗がりの中、照らすものは月のみであった。
サーマはぜえぜえと息をする。
「走るぞ」
ゼラはサーマを一瞥する。
「追っ手の気配はまだする。こちらの居場所に気づいているかは分からねえが」
「…け、気配……?」
息も絶え絶えのサーマが呟くように言った。
しばし走った。
「ここがどこか分かるか?」
走りながらゼラが言った。
「いえ、分からん」
サーマは応える。
「見たことの無い町並みじゃ。多分パラスのどこかと思う……」
もはや明かりは道を照らす街灯のみで、人家は暗闇に溶け込んでいた。
「目印の建物があれば……」
サーマは見回す。
「あ!」
サーマが声を上ずらせて、指差した。
その先にはレンガ造りの建物があった。
両開きのドアの上に看板が薄っすら見えた。カナリス文字が書かれている。
「ポリスじゃ!助かった!」
サーマはゼラと少女を見て、「保護してもらおう!」
ゼラは一瞬逡巡して頷いた。
その建物のドアを叩くと、3人の前に腹の突き出たポリスが現れた。
サーマが事情を説明すると、ポリスは彼女達を中に案内した。
「よかった、これで助かった……」
サーマは息をつき、膝から崩れ落ちた。
ゼラが少女を降ろし、頭を撫でてやる。
「怖かったな。でも、もう大丈夫だ」
少女には無論言葉は通じていない。
しかし、安息の時はすぐに終わった。
突然、数人のポリスが現れ、彼らを取り囲んだ。
そして、ゼラの手を掴んだのだ。
「何すんだ!?」
ゼラがぎろっと睨みつける。
「ゼラ、駄目、相手はポリスじゃ」
サーマが必死にでポリス達に訴えた。
「何故彼女を!?」
「この娘が誘拐犯だと、上から報告が届いているのです」
「そんな!?」
サーマは息を飲んだ。
「彼女は、誘拐犯ではありません。共に誘拐されていたんです」
彼らは戸惑いを隠せないようだった。
確かに、この赤髪の娘は、被害者の1人とされていた少女を背負って駆け込んできたのだ。
「あなたを信じましょう。とりあえずここにいなさい」
ポリスの1人がそう言った。
「ありがとう、感謝します」
「どういう事だ」
ゼラが静かに言った。
待合室の長椅子に並んで3人は座っていた。
「何故、おらが犯人って事になってる?」
サーマは深刻な表情で俯いている。
「おはんは利用されたとじゃ。おはんが誘拐犯となれば、トトワの使節団も政治的に危うくなる」
彼女は大きく息を吐く。
「そのうえで、わたし達を始末し、おはんが、わたしとこのカナリスの少女を殺し、自害したと見せかけるつもりだったに違いなか」
「誰の企みだ」
「……。考えられるとすれば、ミンブリン伯爵……」
サーマはカツマを援助する青年伯爵の名をぽつりと呟いた。
「そいつか」
ゼラが吐き捨てる様に言った。