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松の木は残った  作者: おしどりカラス
第1章 パラス編
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到着

 線路の彼方から、黒い鉄の塊が、轟々と音を立ててやってきた。

 行きかう人々にとっては、それは当たり前の光景であり、気にするに値しない事だった。

 構わず葉巻を吸い続ける小太りの金持ち。ステッキを石畳に打ち鳴らして歩を進める紳士、日傘を並べて語り合う貴婦人、それぞれが日々の生活を過ごしていた。

 魔動機関車はそこにいつものように、煙突から魔動のエネルギーの残りカスである色鮮やかな虹色の煙をモウモウと噴き上げて停まったのである。

 いつもと違ったのは、異国の珍客を乗せていた事だった。

 ヨウロ諸国の1国、カナリス国の首都パラス。そのパラス駅に遠き異国の集団が降り立ったのは、讃歴にして867年の事である。

 彼らは、遠くサパン国からの使節団であり、パラス駅の人々は、異国の者達の異様な出で立ちに視線を集めた。

 1人2人なら、ちょっとした注目で済んだろう。パラス駅にはいろいろな人間がおり、異国の人間もそこかしこに見受けられる。何せ、世界を帝国主義で征さんとするヨウロ諸国の有力国、カナリス国を代表する規模と歴史を有する駅なのだ。 

 その集団がぞろぞろと降り出し、それがだんだんと一つの塊のように横に広がって並ぶや、人々は次第に彼らに注視した。彼らが歩き出すと、彼らの行く先には波が割れるかのように、異物を避けた。何十人もいただろうか。中央には少年が歩いており、水色の羽織る様な服を着ている。周りを男達が固めていた。男達の羽織るそれは黒っぽい色調で、駅中行き交う人々と比べると奇異そのものであった。

 中央の少年が、サパン国を支配しているトトワ王朝の王太子の実弟、トトワ・カルプと知る者は竦穴かったであろうし、例え知っていたとしても、遠き異国の異人など見世物興行程度でしかなかった。

 

 ヨウロ諸国において、自然のエネルギーを利用する魔動の技術が普及して以来、ほんの100年もせぬうちに世界はヨウロ諸国の伸長にさらされる事となった。それはサパン国においても例外でなく、トトワ王朝の長き治世が揺らぎ始めたのである。

 トトワ・カルプを中心としたサパン国の使節団の目的は、「魔動機」の発明に端を発した産業革命の真っ只中にあるヨウロ諸国への視察であった。しかしただの視察という訳でもなく、トトワ王朝こそがサパン国の表であるのだとヨウロ諸国に知らしめる為であった。

 何故か。サパン国からは既に先客があったからである。

 

 

 その光景を目撃して、物陰に隠れる者があった。

 異人を見て、畏れたのではない。むしろ彼女にとっては同胞であった。しかし、同胞といっても敵対関係にあるのであったが…。

 エルトン・サーマはたまたま駅前のパン屋に寄ったところだった。

 彼女は3年前の864年、12歳の時に降り立っている。エルトン・サーマは大藩カツマから派遣された留学生だった。カツマ藩はサパン王家つまりトトワ王朝と対立関係にあり、敵に先んじて留学生を送り込み、カナリス国内で政治的つながりを得ようとしていた。サーマは政治的な役目は任されていないが、見識と見分を深める留学生として日々遠き異国で研鑽に励んできたのである。彼女は、非常に可憐な風貌をしているが、今は固く強張った表情であった。カツマ藩と「対立」しているサパン王家の使節達と出くわしたのは予想外だったからだ。

 王家の使節団をやり過ごし、宿舎に戻ると、集まるように言われた。帰った矢先招集がかかったのである。


「王家の使節が到着した」

 

 イワラは開口一番、そう言った。

 彼はサーマを含むカツマ使節団を統率するしており、背こそ高くはないが剛健な印象の男であった。

 部屋の中は、調度品が設えてあり、ソファや安楽椅子、さらにはヨウロ酒の類も棚に納めてあった。

 サーマには関わりのない事だが、大人の男達はよく夜宴会を開いているのだ。

 カツマの使節団の面々は、おおと声を上げ、都パラスで流行の口髭を震わせて闘志を漲らせた。

「ついに、来たか」

「じゃが、もう遅いわ。我らが何もかも先んじと」

 サーマが口を開いた。

「はい、わたしもこの目で見もした」

 他の男達がサーマを一斉に見る。

 サーマ

「そうか、サーマも見よったか。どげんじゃった!?」

「威風堂々だと思いまもした。さすがにトトワの公使なだけはあると」 


 イワラはニヤリと笑った。


「トトワも慌てて寄越したのであろう。じゃが、今更遅い。我らがカツマ藩は既に、カナリス国大統領と面会済みである。我らこそ、新たな国の代表であると見なされておる!」

「はい!」

 

 サーマは頷いた。


「これこそ外交じゃ!トトワにお株を奪われてはならん!」

「はい!」

 

 サーマを含め、使節団の面々は意気よく応えた。


 カツマ藩使節団は現在、カナリス国の教師を招いて留学生の指導にあたらせている。

 サーマを含め、カツマの若人達は、凄まじい習得能力を見せた。それは、国家を想う気持ちが、そうさせたのであろうか。

 サパンは遅れている。

 一刻でも早く、ヨウロ諸国に追いつかねばならない。そうした危機感が彼らにはあった。

 



 パラス駅にトトワ王朝側の使節が到着する数時間前。


 客車1つを使節団が占領して、彼らは初めて乗る魔動機関車に驚きを隠せなかった。窓を流れる景色の早いこと。これだけの大人数を巨大な箱が運んでいる。

「どうなっとるだね?」

 赤い髪が目立つ少女が、目を輝かせて席を立ち上がった。「魔動機関車」の内部を遠慮なく歩き回る。


「こら、座らねえか」

 

 見かねた様に、老壮の男が怒鳴った。


「申し訳ねえです」

 

 少女は苦笑いしながら、


「でも、ここで見たもんをサパンに持って帰りてえんです」


 彼女の名をゼラといった。

 老壮の男は、トトワ王朝から遣わされた使節団を実質監督している男であり、名をタムといった。


「いいじゃないですか、タムさん」

 

 そう宥めたのが、タカマ・リュカという人物で、20代そこそこに見えた。


「俺も、見て回りたいくらいですよ」

「すみません、リュカさん」

 

 ゼラは、リュカから教えてもらった機関室とやらに向かう事にした。というのも、リュカはその後こう言ったのである。ゼラの好奇心を刺激するには充分だった。


「機関室というところで、この魔動機関車を動かす、動力を生み出しているらしい」

「こんな、大きなもんを、ですか」

「理屈は分からないがな」


 彼女は目を輝かせ、ほうほう言いながら、客車を出、別の客車を横断し、他の乗客の白い目も無視して先に進む。

 この巨大な鉄の箱を動かす力の源とは…?ゼラは不思議でならなかった。


「法術じゃねえのか」


 国には、「法術」というものがあり、ゼラはそれを使えた。法術というのは、体内の「法力」というものを活用するものである。

 が、今彼女がいるカナリスでは、「魔動」という技術があるのだ。ゼラはまだ話半分にしか聞いていないが、法術と違い、自然から吸い上げた力を使うという。個人の素質や力量がものをいう法術と違い、技術さえあれば誰もが、使える力なのだという。

 この、魔動機関車もその力で動いているという。

 サパンではこんなのは見た事がなかった。法術を以て同じ事をしようとしても不可能に思われた。

 機関室の前に、まるで行く手を塞ごうとでもするように、カナリスの大柄の男が立っていた。

 首を振る。

 何か、怒鳴っている。

 言葉が分からない。


「ちょっとだけでも、見せてくだせえ」

 

 男はゼラを押しのけ、後ろに下がらせる。

 言葉が分からずとも、駄目だと言われているのは分かった。

 せっかくここまで来たのに。この箱を動かす力の源はこの先にあるのに。

 無理に通って、揉め事を起こす訳にもいかぬし(そう、きつく言い聞かせられていた)、ここは大人しく引き下がるしかないのか。

 しかし、この機を逃せば二度と拝めぬものがすぐ先にあるのであった。

 遠い異国のカナリスという国にやって来て、せっかくなので、自分も何か出来る事があればと思い、見たものや体験を国に持ち帰ろうと考えた。


「ちょっとだけでも」


 ゼラは頭を下げた。

 しかし、大男は唸るようにゼラの前に立ちはだかると、首を振った。

 彼女はしゅんとして引き下がった。

 仕方ない。これ以上は腕づくでの争いになってしまう。

「でも、ここまで拒絶せんでも、いいじゃねえか…」

 とぽつりと呟いて、伝わる訳もない、と戻ろうと思っていると、いくつかの客席から不審な気配を感じた。

 まさか、とは思った。祖国を出てからこの感覚は久しく味わった事が無かった。

 法力とも違う、別の力の発現を感じる。

 その出処に座っているのは、底の深い絹の黒帽子を被る男達だった。皆揃いも揃って下を向き、顔が隠れている。

 ゼラが彼らをじろじろと見つめていると、男の1人が帽子を深々と被り直し立ち上がった。 

 ゆっくりと廊下を歩き、眼前のゼラなど気にならないかのように、一点だけ見つめて機関室の方へと向かっていく。

 ゼラが真正面から見据えても、視線はひたすらに彼女ではないところを見つめている。

 ちらと背後を振り返る。

(機関室……!)

 機関室に何の用があるのだ?

 まさか、自分と同じように見物に来た訳でもあるまいに。

 男の足取りは確かで、迷いないが無い。

 他に違和感が無ければ、ゼラももしかすると見過ごしてそのまま客車に戻ったかもしれない。

 だが、この男、いや男達の異様なのは、男が動き出した途端、他の男達が客席から興奮と緊張の熱を帯びた視線で男をじっと見つめていたのだ。まるで見守るかの様に。

 そして、男の目が緊張と決意を滲ませ、口を開け呼吸も荒く、額から汗が流れ落ちるのを見て取って、ゼラの予感は、確信へと変わった。

 すれ違いざまに男が懐に手を入れたその瞬間、ゼラはすっと手を伸ばして、宙ぶらりんだったもう片方の腕を取った。

 あまりに自然かつ迅速な動きに、男は当初反応できずに腕をひねり上げられかけた。

男は驚愕の目をゼラに向け、懐から取り出したものをちらつかせ、彼女の手を払った。

 懐から取り出し、手に握られていたのは、ゼラから見るとただの木の棒としか見えなかった。思わず首を傾げたが、そこから異様な気配を感じ、咄嗟に振り払われるに任せたのは事実である。


「何しとる?」

 

 ゼラの言葉が通じたはずはないが、男は口角を上げ、棒の先をゼラに向ける。

 やはり、この棒先へと何かの力が収束しているのを感じる。

 思えば、機関室の方からも、同じような力を。

 ゼラは、はっとした。これが、魔動の力の気配か。

 つまり、その魔動の力が今自分に向けられている。


「ぬし、それで何かする気だったか?」


 残りの男達も立ち上がった。互いに目配せし、懐から取り出した棒をゼラに一斉に向けると、ゼラの横にいた婦人が悲鳴を上げた。

 悲鳴の次に訪れたのは沈黙だった。張り詰めた空気にも関わらずゼラは落ち着いていた。

 事は、まさに一瞬だった。

 ゼラが手を前に突き出したその瞬間、ばあんと空気が弾けた。気流が埃を舞い上げ、車内は騒然となった。

 男達は驚いた表情を浮かべたが、ゼラが怯んだ一瞬の隙に、窓に足をかけたかと思うと、飛び降りていった。


「お、おい」

 

 ゼラは走り寄って、窓の外を見た。

 景色が横に走り、下を見ると線路が後ろに向かって矢のように過ぎ去っている。

 進んできた方向を向くと、男達はもういなかった。


 


「どうだった?」

 

 席に戻ると、リュカが興味深そうに話しかけてきた。


「いえ、見れませんでした。でも、変な奴らが変な棒持って……きかなんとか室に向かって…」

「変な奴らが変な棒……?」

 

 リュカは首を傾げた。


「それからどうした」

「奴ら、窓から飛び降りちまいました」

「ほう」

 

 リュカは腕組みした。


「カナリスでは、魔動が普及した分、不逞な輩が珠にいるそうだ。大抵、こそ泥程度じゃそんな連中はいないが、いわゆる政治結社の連中には、魔動を駆使して反政府活動を行う輩もいると聞く」

「じゃあ、おらが出会った連中は……」

「そういう奴らだったんだよ。一応タムさんにも報告しよう。よりにもよって我々が乗ってる機関車に現れたんだ」

 

 だが、タムには一蹴された。


「我らを狙う理由がない」

「そうでしょうか」

 

 ゼラは食い下がった。


「お前は留学生なんだ。政に口出すな!」

 

 タムはそう怒鳴って、ゼラの言を退けた。

 彼の言い分には一理あるし、立場上ゼラは黙るしかなかった。

 そんな不穏な出来事もあったので、彼女は不安に思いながら、パラス駅に降り立ったのであるが。とにもかくにも、こうして、ゼラの留学生活は幕を開けるのである。


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