第一話:召喚理由
第一章:回想Ⅰ
全ては、ここから始まった
願望器。
それは、ある一定の条件を満たし、辿り着いた者たちの願いを叶えることが出来、時には代償を必要とする、様々な形でこの世に体現した道具である。
地位や名誉、名声、男に女などなど……可能な限り、その場へと辿り着いた者たちの願いは叶えられてきた。ただ一つーー『神になる』『神と接触』といった、『神』という存在が関わる願いを除いては。
では、そうなると、『辿り着いた者たちの願いを叶える』ということに矛盾が生じる訳だが、その点に関しては、今でも詳しいことは分かっていない。
「だから、君には今代の『願望器』ーー“聖なる果実”を見つけてもらいたい」
「“聖なる果実”?」
薙沙芹奈は、内心首を傾げる。
そもそも、辿り着いていないからこそ、こうして彼らは頼んでいるはずであり、何故、今代の願望器が“聖なる果実”だと分かったのかという疑問については触れない方が良いのだろうか、と。
☆★☆
薙沙芹奈という少女は、何の前触れもなく、異世界に召喚された。
その目的が、異世界召喚定番の勇者だとか聖女だとかではなく、世界のどこにあるのかが分からない願望器を探すというものだったとしても。
そして、芹奈は召喚されてしまった以上、右も左も分からない世界で、召喚者である彼らのために働かなくてはならない。
「あと、分かっているとは思うけど、もし拒否したり、途中で逃げ出したりなんてしたらーー死んでもらうから」
たったその一言は、芹奈にとって、脅し以外の何者でも無かったのだが、理不尽だとか、言っている場合ではない。
何としても“聖なる果実”を見つけ出さなければ、芹奈はこの国ーーいや、この世界の者たちに殺されてしまう。
ーーそれだけは、阻止しないと。
殺害予告を出された時点で、芹奈にとっての召喚国は味方ではなく、敵となった。
だが、逃げ道が無いような世界で生き抜くためには、この世界での常識が必要となる。
芹奈としては味方も欲しい所だが、殺害予告を出された時点で互いに信頼など無いに等しい上に、誰が(演技などではない)味方なのかを見極めなくてはならない。
「っ、」
彼らにとって、芹奈のような異世界人は保護や知識を提供させるべきなどの対象ではなく、(この世界について)何の知識もない、操ることができる体の良い人間ーー否、人形なのだ。
「誰か……」
異世界生活一日目にして、芹奈の心は不安定になり始めていた。
漫画や小説のように、物語のような展開を期待していた訳ではないが、それでも始まりぐらいはと思っていたのは事実だ。そして、それが最悪なスタートだったとしても、未来は次第に明るくなっていくのかもしれないが、芹奈に待っているのは、失敗時や脱走時による殺害予告のみ。
「っ、」
芹奈は窓に目を向ける。もし仮に、この部屋から逃げ出せたとしても、何一つ知らないこの世界で、地の利の無い芹奈が地の利のある彼らから逃げ切れるとは思えない。
ーーどうして、こうなっちゃったのかなぁ。
何か悪いことをした覚えはない。
普通に朝は学校に行き、授業を受け、友人たちと話し、部活もして、帰ったら家族とその日にあったことを話す。休みには、どこかへ出掛けることもあったりしてーー何一つ変わらない日々だ。
それなのに、神様は何故この世界への召喚対象者として自分を選んだのだろうか、と芹奈は思う。
たとえ、そこに何らかの意図があったとしても、何の力も無い自分に出来るとは思えない。
ーーけれど……
あと数日で、この場所から外に出られる。確かに殺されるのは嫌ではあるが、逃げ出せる好機を逃すほど、芹奈は馬鹿になった覚えはない。タイミングさえ見誤らなければ、逃げ切れるはずだ。
だから、その日が来るまでにやるべきことはーー
「文字を覚えて、知識を得なきゃ」
まずはそこからだ。
だが、芹奈は知らない。グラスワールドと呼ばれる世界群の西に位置するこの世界ーーグラスウェスト世界は、他のグラスワールドに属する世界とは違い、目的の神を降臨させるためなら、どんな手段も厭わない人間たちが集い、神々からは忌み嫌われている世界であることを。